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第10話☆容疑者:内山陽子23歳

 内山陽子(うちやまようこ)は、事件があった次の日の朝一番に四谷署に呼ばれた。

 肩まである髪には緩いウェーブがあり、大きめの瞳で鼻筋が通った顔立ちは、陽子を美人に見せていた。

 箕浦と小川の取調べにより、陽子は新宿4丁目のビルで働いている会社員で23歳だと答える。

 陽子が朝一番に呼ばれた理由は、真鍋幸彦の携帯電話にあった通話履歴に明記されている時間が殺害推定時刻に一番近かったためである。

 箕浦は向かい合うように椅子に座り、内山陽子を注意深く観察しながら、言葉のどの部分で陽子が反応するのか、ゆっくりめの口調で真鍋幸彦の殺害状況を説明した。

 犯行推定時刻は午後2時半ごろ。現在目撃情報は無し。遺体解剖の結果、体毛が発見されたのと、細く鋭い凶器で鳩尾から斜め上に向けて最低でも2回以上は刺されている。と。

 その話を聞いた時、陽子は身を前のめりにし手の平を机の上に置いて体の上体を支えながら言い始めた。

「私、幸彦を殺していません。確かに昨日の2時ごろに携帯電話で幸彦と話したけど、それは次に会う約束をしたかったからで」

「次に会う約束ですか?」

 箕浦のオウム返しの質問に、陽子の動きが一瞬止まるが、陽子は箕浦の言葉を肯定してまた話し始める。

「そうです。だって、幸彦は、もう会わないって言うから」

 箕浦と陽子の間にある机に手をついて立ちながら話を聞いていた小川は、陽子の話に割って入り質問をする。

「もう会わないって言ったから、口論となって彼を殺害したんじゃないんですか?」

「私、そんな事しません。どうして会いたいのに殺さないといけないんですか?」

 箕浦は、興奮する陽子を落ち着かせるために、質問の方向を少し変える事にした。

「確かにそうですね。それでは2時半前後のあなたの行動内容を教えて頂けますか?」

「まだ私を疑っているんですか?」

 箕浦は手を横に振って言う。

「いえいえ。これは殺害された真鍋幸彦氏の携帯電話の登録名簿にあった方全員に伺っておりまして、できれば2時半前後といわず、昨日1日の行動内容を分刻みで教えて頂きたいのです」

 現実の取調べは、かなり緻密に行われる。例え犯人といえど自分の行動を分刻みで覚えているはずもなく、陽子自身も緻密な取調べ環境を知り、取調室に入れられた腹立たしさも手伝って、怒りが篭った言葉で言った。

「分刻みで、ですか?」

「そうです。できる限り分刻みで教えて頂きたいのです。これは内山さんの無実を証明するためにとても大切な事ですから」

 箕浦にとっては、いつも取調室に来るたびに言ってきた言葉だった。だから陽子と似た心理状態の人間は何人も見てきている。そしてベテラン刑事である自分自身が、容疑者にどれほど精神的圧力を与える存在である事も重々承知していた。

「小川。俺はほかの奴と交代する。あとを頼むわ」

「分かりました」

 箕浦はコンビを組んでいる小川にあとの取調べを任せると、内山陽子に会釈をして取調室を出た。

 署内に設置してある自動販売機でオロナミンCを買い喉を鳴らしながら飲む。体をのけ反らし全てを飲みきって、上体を元に戻し前を見た時に、突然鑑識官の姿が目に入り、驚いて咽た箕浦は咳き込んだ。

「急に、ゴホッゲホッ、俺の前に現れるな」

「あ、すいません。気づいていると思っていたので」

 鑑識官は若く、ベテラン刑事の箕浦を前にして、腰を引き気味にして言う。

 箕浦は、低姿勢の鑑識官の態度を見てとりあえず腹立ちを収めた。鑑識官が手にしている紙袋に注目する。

「それはなんだ?」

 鑑識官は紙袋を箕浦に手渡す。

「DNA採取キッドです。今回害者の口の中から、体毛が発見されたので、現在あがっている容疑者からDNAを採取して欲しいんですよ」

 箕浦は袋の中に手を入れて中にあるものを取り出す。

「DNA採取は、検便と対して変わらんな」

 箕浦が持っているのは長さ10センチくらいの半透明の細長い筒だった。中に綿棒が入っており蓋を取った時に一緒に綿棒が取り出せるように、綿棒と蓋はあらかじめ連結してある。

 鑑識官は、DNA採取キッドを確認している箕浦を見ながら言う。

「必ず立ち会って確実に容疑者の口内の粘膜からDNAを採取するのを見届けて下さいね」

「ああ、分かってる」

 箕浦は面倒くさそうに返事をした。

「じゃあ、今から内山陽子さんのをお願いします」

 箕浦の動きが止まる。

「それぐらい、お前が行けよ」

「僕がですか?」

 鑑識官は嫌そうに言う。

「当たり前だ。ちゃんと仕事をしろ」

 ベテラン刑事の箕浦に言われ、若い鑑識官は「自販機の前で仕事をサボっていたくせに」とは言えず、渋々箕浦の言葉に従った。

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