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 夏も終わりに近づき、クマゼミの声はもう聞こえません。気温が徐々に下がってきており、どんどん過ごしやすくなっていきます。人間ではない発電少女たちでもこの過ごしやすさは実感できるようで、あちこちで昼寝を楽しんでいる姿が見られます。しかし季節の変わり目には風邪を引きやすいものであり、エアコンが作り出す冷涼快適空間にこの夏じゅうずっと居た発電少女たちのなかには、例えば私の目の前にいる個体のように、体調不良を訴える個体が増えてくるのです。


 それじゃあ、はい。しばらくは手首にこのリング(注:風邪薬が処方されていることを示すリング。これを着けた個体が食堂で食事を注文する際に職員が入力されている情報を読み取り、必要な薬を服用に適した状態で出すことで服用漏れを防ぎます。一定期間が経過すると自動的にちぎれます)を着けておいてね。これを着けている間はお風呂にきちんと入って、よく乾かすこと。そしてきちんと食堂で食事を摂ること。そうしないと治らないからね。

「あの、入浴の際には外すべきだろうか」

 大丈夫、それは水に濡らしてもいいよ。むしろ自然にちぎれるまでは、外れないとは思うけど絶対に外さないこと。分かった?

「了解した……失礼する」

 はい、お気をつけて~。えっと、次の子はどんな子だったかな。これか。特筆するべきことはない、と。

 はぁ。これで何人目ですかね。全員揃いも揃って冷房病だなんて、干渉するのが良くないことであるとはいえ少し位は指導をするべきですよ。保険室の先生(注:養護教諭。発電少女発電所では専門の研究グループの判断により大事ではないと判断された場合に限り、養護教諭が発電少女たちを診断することができます)の身にもなってください。

 確かに私は児童を相手にするのには慣れていますけれど、彼女らはれっきとした国家プロジェクトの一部なんですからもっとしっかりとした医師の方にお願いするべきなのではないのでしょうか。

 それとも、やはり彼女らが人ではないからなのでしょうか。

 ん、今の子が最後でしたか。きっと今ごろ大浴場は混雑していることでしょうね。彼女らはみんなせっけんのような良い香りがしましたけれど、もしかしてお風呂が好きなのでしょうか。とするとやはり、お風呂上がりに要注意というわけですね。

 さて、要診察の子は最後だったようですが、実はまだ一人だけ簡易ベッドに寝ている子がいます。

 彼女は群を抜いて鼻炎がひどく、熱っぽくて夜も寝ていないと訴える姿があまりにも苦しそうだったので鼻炎薬(注:市販の医薬品)とスポーツドリンクを与えたのですが、よかった。すうすうと寝息をたてて寝ています。

 安らかな顔ですね。鼻水も今は止まっており、しっかり鼻で息ができるのが快適なのでしょうか。それとも端に寝不足だからでしょうか。

 ふふっ。まあどちらもでしょう。

 少し汗をかいて湿っているおでこに手を当ててみると、熱はもう下がっているようですね。あとは夜の睡眠に影響が出ない程度に寝かせて、きちんとお風呂に入れて、湯冷めを防げば完治はそう難くありません。

 ああ、疲れました。彼女のベッドを少しだけ借りることにしましょう。ああ~、いいマットレスですね。私のアパートのそれより数段いい質があごから伝わってきます。

 私の個人的な意見ですが、やはりこうしてみると彼女らは人にしか見えません。専門の方も私が関わる範囲では人の子とほぼ同じだとおっしゃっていましたし、当たり前ですかね。

 ただ、なんというか、こんなに小さい子でも一人いれば一世帯分の電力くらい余裕でまかなえるというのはにわかに信じがたい話です。エアコンで風邪を引いてしまうような、至って普通の女の子にしか思えないのです。

 浅く布団をかぶった胸が呼吸に合わせてゆったりと上下しています。

 この子からもやはり香るせっけんのような匂い。

 清潔感があって、とても心地のいい香りです……

 ふと気がつくと、少し寝てしまっていたのでしょうか。目の前にいたはずの子が居なくなっています。

 布団はきれいにそのまま。どうして気がつかなかったのでしょう。

 きちんとお風呂に向かっていれば良いのですが、もしかするとまたその辺で遊んでいるのかもしれません。寝起きであるせいか頭は少しぼやっとしていましたが、私は仮に設けられた保健室から出て辺りをざっと見回ります。

 居ません。

 人っ子一人。

 声一つ。

 少なくともこの辺りにはもう居ないようですね。

 なんだか放課後の、それも完全下校時刻が完全に過ぎてすっかり静かになった学校のような、ちょっと淋しい雰囲気を感じます。

 しかし、ここは学校ではなく発電少女発電所。こうして静かなときに少し注意を向けるだけで、至るところにある監視カメラと集音マイクがそれに気がつかせてくれます。きっと今も私を含めた全てを覗いている人がいるのでしょう。

 出口のない平和な箱庭で、人間にとって一番都合のいい形で管理され暮らす彼女たちは不幸なのでしょうか。

 ふとそんなことを考えてしまいます。

 きっと幸せでしょう。

 電気を起こす発電少女たちは、ここにいる限り外の危険にさらされることはないのです。たくさんの兵器と、管理された箱庭の壁が彼女たちを守ってくれます。あるいは、電気を必要とする人たちや、私のように彼女たちを生活の糧にする人たちによって守られています。

 やはり彼女たちは幸せなのです。

 羨ましいとは、思いませんが。

 ああ、余計なことを考え込んでしまいました。

 とりあえず今日の私の仕事は終わりですし、帰る準備をしましょう。

 保健室の扉を開けると、彼女たちのせっけんのような香りがふわっと漂ってきました。

「あ、先生。ありがとうございます。たくさん寝ちゃいました」

 簡易ベッドに腰かける発電少女がえへへ、と笑っています。あれ?さっきは居なかったはずなのですが……戻ってきたのでしょうか。

 ごめんなさいね。私もちょっと寝ちゃってて、あなたは外に行ったのかと思ったんだけど。

「え、私は今起きましたよ?先生、寝ぼけていたんじゃないですか」

 そういえば、そうかも。ちょっとボーッとしていたかもね。ともかく、鼻炎がおさまったようでよかった。はい、このリング着けてて。使い方は?

「分かりますよ。以前も使いましたから」

 そう、ならあまり体を冷やさないように気を付けていなさいよ。油断するとまたぶり返してしまうから。あと私はもう帰るけど、何かあったらまた診てあげるから変だなって思ったらここの人にちゃんと言うこと。

「はーい。何かあったら管理人さんに電話します。では、さようなら先生。いってらっしゃい」

 扉を閉めて出ていった彼女の、いってらっしゃいという言葉が妙に心に残りました。彼女たちにとって、ここは帰る場所なのです。

 では、いってきます。

 一番最初の職員用出入口をくぐる際、ためしにそう言ってみましたが違和感はぬぐえません。彼女はきっと私に共感していってらっしゃいと言ったつもりなのでしょうけれど、やはりこちらから彼女たちに共感を得ることは難しそうです。

 人に似て、人ならざるものの彼女たち。発電少女。

 施設から出る一歩手前で気がついたときには、そのせっけんのような香りは消え去っていました。今にして思えば、果物のような匂いでもあった気もしますが。


 こうして今日も、発電少女たちの何気ない生活のおかげで、地球は明るく輝いているのでした……

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