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四季折々の顔を持つ日本列島も今や夏。何重もの立ち入り禁止の立て看板、ペイントボール発射装置、獰猛な番犬、落とし穴、巡回警備員、電気柵、監視カメラ、赤外線センサー、通信スクランブル装置、催涙煙幕、識別対人跳躍地雷、自律駆動式小型対人車輌、自動対空機関砲、高出力地対空レーザー砲、【この情報は一般公開されていないため閲覧できません】、等々まるで要塞のような重武装に囲まれた当発電少女発電所とて例外ではなく、発電少女たちが汗を流すグラウンドにはクマゼミの声が鳴り響き、彼女らの暮らす室内は一日中エアコンが効いています。ですが今日に限ってはそんな室内も快適とは言えそうにありませんね。
「あづい~」
「涼しい浅瀬のホタテになりたい」
「これ以上は耐えられないね、絶対……」
外気温三十四度に対し気温二十三度の室内が暑いとは、発電少女たちもなかなか贅沢を言うものです。もっとも、ここの空調だって彼女らの起こした電気で成り立っているわけでございましてあまり非難できる立場でも無いのですけれど。それに彼女らは、別に気温の高さを嘆いているわけではないのです。
すなわち、部屋の中でうるさく鳴くクマゼミの声に不満を述べています。
「えっ、だめかな。夏と言えばセミでしょ?だから採ってきたんだけど……」
「そういうことじゃないでしょ~」
「お前絶対馬鹿だろ」
「黙って」
「あ、その『黙って』って私に向けて?それともセミに向けて?」
「黙れ」
「ごめん……」
周囲に同調する能力に乏しい個体は静かになりましたが、依然として虫かごの中のクマゼミたちは狂ったように鳴きわめいています。普通虫かごに捕らえられたセミはあまり鳴かないのですけど、どうしたのでしょう。
「あ~、涼しいのに暑い~」
「さっさと外に逃がしてやりなよ。絶対誰も得していない」
「本当に信じられないくらいうるさいね」
「じゃ、じゃあここでセミについての豆知識クイズを……」
「しなくていいよ~」
「してもいいんだね?」
「あ、いやそういうことじゃ」
「第一問!」
「絶対セミを手放さない気だな」
「クイズ?楽しそうだね」
「ほら、ちゃんと聞いてよ!」
あれよあれよとクイズ大会に。いつも共に行動している他の三人よりも知能が低いと思われる彼女がどのような問題を出すか疑問ですね。少し参加してみることにしましょう。
「セミの脚は何本でしょう?」
「ろっぽ~ん」
「絶対六」
「六本」
これは簡単ですね。セミも立派な昆虫ですから、脚は六本です。
「ふっふっふ、今のは序の口さ!むしろ正解してもらわないと困るね。続いて第二問」
「何問あるの~」
「第五問までだよ」
「全問正解してやる……その時にはそれ絶対全部逃がしてね」
「私も全問正解目指そうかな」
「ぐっ……自信がおありのようで。分かった、条件を呑もう。その代わり問題もとても難しくしちゃうからね!」
発電少女たちは出題している個体も含めてがぜんやる気になってきたようです。平和でいいですねぇ。あまり気を張っているとノイローゼになると聞きますし、私も息抜きがてらもうちょっとだけ、彼女らのクイズに付き合ってみるとしましょう。
「第二問!」
私の専門は化学ですが、セミのことくらいここに勤める者なら誰だって分かります。よし来い。
「クマゼミの単眼はいくつでしょー!!」
「え~?」
「は?」
「たん……がん……?」
うわっ、急に難易度が上がりましたね。全問正解すると息巻いていた発電少女たちが硬直しています。どうやら単眼の存在をそもそも知らないようですね。
「タンガン、ってなに~」
「たんがん……たんがん……あれは、複眼か。だったら」
「もう好きな数字を言うしかないねこれは」
「はい!時間切れでっす。正解を左から順にどうぞ」
「わかんないけど三個~」
「絶対一個だ。たんがんのたんは単純の単に違いない。なら一つだろう」
「私が好きなのは三!」
三個です。
「正解は……だらららららららららら」
「茶番は絶対要らないから早く正解を言ってくれ」
「……三個のかた、せいかいでーすおめでとー」
「やった~」
「何だとっ!?絶対嘘だ!」
「やはり三は私のラッキーナンバーに違いない」
真ん中の個体の推理は中々惜しいものでした、残念。単眼(注:セミ等の昆虫にある器官で、おおむね三つほどの点として観察されます。目としては機能しておらず、明暗の知覚やバランス感覚などを司ると言われています)の説明は編集で入れておくことにしましょう。しかし彼女、すごくマイナーなことを訊くものです。もしかすると結構なセミマニアなのかもしれません。
「嘘じゃないよ。この虫かごのね……ほら、ここからなら見えるよ。大きい眼の間にある赤っぽい点が三つあるでしょ?」
「ほ、本当だ…『単』眼なのに三つとか、絶対矛盾してるのに。信じたくはないが、敗けを認めるしかないのか」
「ま~ま~。私だってカンで当てたんだし」
「心配せずとも、無念は私が晴らしてあげよう。明日のおやつに懸けて」
「済まない……」
解答している発電少女たちの間に奇妙な結束力がうまれました。これではまるでクイズを出している個体が悪役のようですが、この騒ぎの原因も彼女ですからあながち間違っていないのかもしれません。
「よっしよっし!いい調子だぜ。ここから先は全員不正解にしてやろう」
そもそも彼女自身、自分に向けられる敵意がクイズを始める前よりも増加していることに気づいていませんし。
「セミうるさいなの」
「またちびっこたちが騒いでいるのね……」
「ボクが見たところ、クイズに全問正解したらセミの声がなんとかなるみたいだね」
「なら応援しなくちゃね!」
ほらほら、周りをよく見てください。セミの声に耐えられなくなった他の個体までわらわらと集まってきていて、解答する側に全力で味方が増えています。
「第三問!まあ私もやさしいからね。少し簡単にしてやろう」
「よ~しこい!」
「簡単にしてくれるとは、ありがたい話だね」
「二人とも頑張ってくれ。でも、どうか絶対に注意を忘れないでくれ……罠かもしれない」
どうやら不正解者は脱落、ということになったようですね。全問正解以外に意味がないのですから、当たり前と言えば当たり前ですが。
「ふつうセミの羽は何枚でしょーっか!?」
「二ま~い!」
「いや、四枚だ」
四枚です。
「正解は……四枚!」
一瞬口でドラムロールをしようとした発電少女に数多の視線が突き刺さり、とくに溜めることもなく正解が読み上げられました。
「あちゃ~」
「よし。あと二問」
「はいさらに一人失格!不正解者は虫かごのセミを見てもっと勉強しておくように!」
「そう見えたんだけどな~」
セミの羽は二枚。これまた惜しい考えです。確かに飛行しているセミや木にとまっているセミはぱっと見た感じでは二枚の羽しか無いように見えますが、きちんと小さめの羽がもう一対、大きな羽の下に隠れています。意外に重要な役割を果たしていて、コレが無くなるとうまく飛べなくなります。ああ、そういえばまだ幼かった時分、私の同級生たちは残酷にもセミの羽をわざと二枚だけむしり取り、そのセミを弾に野球などしていましたね。変則的に飛ぶのが面白いとのことでしたが、嫌なことを思い出したものです。
「とうとう一人になったな?」
「あと二問は当てちゃうけどね」
「そうはさせないよ、第四問!」
「頑張れ~」
「絶対負けるな!」
とうとうクイズも佳境に。どんな問題でもどんと来い、です。
「セミの寿命は」
「一週間」
「ですが!」
ああ、お決まりのやつですね。ここから少し捻った問題が出るまでが定型です。
しかし、確かセミの寿命は正確には一週間ではなかったはずですし、地中も含めれば五年は軽く生きていることになるはずですが、彼女たちの知能ではそこまでの知識を求めるのは酷と言うものでしょうか。
「実はセミはオス、メスのどちらかは少しだけ長生きです!三週間くらい生きています。さて、どっちが長生きでしょー!」
「えぇ……?うーん」
雌です。生物は基本的に卵を持つ雌個体の方が長生きの傾向にあり、セミもその例外ではありません。しかし、わかるんですかね?これ。少し難しすぎる気もしますが……。
「さあ制限時間も残り少なくあと十秒!」
「え~!?制限時間とかあったの?」
「絶対卑怯だぞ!」
「酷いのです」
「最低だね」
「そうね」
「な、何とでも言うがいいさ!」
あ、少し涙声ですね。流石に総攻撃は辛そうです。
「はい時間切れ!答えをどうぞ」
「メス」
「はい?」
おお。
「メスの方が長生き」
「理由は?」
「人間は女の方が長生きらしい。だったらセミも同じかなって」
「せ、正解でーす……」
観衆が一斉に沸き上がります。これには私も正直感心しました。自分の知っていることを整理して他に応用する力がありますねこの個体は。
これはよい発見です。
もしかすると、発電少女たちは本当に純粋な科学者になれるかもしれません。
うわあ、これは前途多難な道ですが、不可能ではないのかも。素晴らしいです。この発電少女たちほど人類の科学に貢献する存在はおそらく他にないでしょう。行き詰まった科学のその先を、発電少女たちが切り拓くのです。
「ぐぬぬ……じゃあ最後の第五問だ!」
おっと、熱弁している間に第五問ですね。涼しい一日が掛かっていますから、解答する発電少女も応援する発電少女たちも無言の緊張に支配されています。私も最後でミスをしないよう、集中しましょう。
「問題」
発電少女が、重々しく口を開きます。
「オスのセミのお腹には、何が入っているでしょうか」
そう来ましたか。
黙りこくる発電少女たち。それはそうでしょう。質問が少し抽象的です。それ以前に、これは答えを知らないとまず答えられません。
正解は、少なくともあの発電少女が意図する正解はきっと『何も入っていない』です。どういうことかというと、雄のセミはその大きな音を発するために腹に一部空洞を持っており、そこで振るわせた空気の振動数を何倍にも増幅します。ですから、正確には完全な空っぽではないのですが、セミのお腹は空洞というわけです。
「さあ、あと十秒です」
「負けるな~!」
「絶対正解してくれ……頼む!」
いやあ、これは流石に無理でしょう。これを連想できたら大したものです。彼女専用のカリキュラムを組んで教育を施すレベルですよ。
ん、いや。
教育では駄目ですね。彼女には自身で学んでもらわなくては。せっかくの特異個体(注:発電少女のなかでも特に異質な特性を持つ個体のことです。ジーニアスという呼び方もしますが、日本国内ではこの呼び名で統一しています)をこちらの介入で無駄にするわけにはいきませんからね。
ただ、正解してくれて初めて考えるべきことですので、妄想に終わる可能性もあるーーー
「空っぽ」
「へっ?」
えっ!?ま、まさか……
「セミのお腹は、空っぽ」
「ど、どうしてそんな……」
「太鼓を考えてみたんだ、太鼓も大きな音が出る。耳に響く音だ。そしてセミの声も耳に響く。そして太鼓は中が空っぽだから大きな音が出ると本で読んだことがある。セミも一緒でしょ?」
「せ……」
元はといえば別にする必要のなかったクイズ大会に、彼女らは全力で参加しました。空気の読めない個体でも、発電少女たちの世界にはちゃんと仲間に入れてもらっているようで、文化の観点から発電少女を観察するのもいいかもしれませんね。
しかし、それ以上に科学の進歩が見込めるようになったのは素晴らしいことです。早速報告書を書きましょうかね。
「正解……です」
「なあ、本当にお腹は空っぽなのか?絶対信じられない」
「そうだよね~。お腹が空いてはイクサが出来ないというもんね~」
無事クマゼミを何匹か逃がし終わり、最後の一匹を逃がす直前で発電少女が疑問を発しました。
「本にはそう書いてあったけど……」
「でもホタテには中身あるよね。空っぽに思えるのに」
「……」
「……」
「……」
「……」
「切る~?」
「切るか」
「開けてみようか」
「ちょっと待った!」
疑問が行き着く先は、もちろん行動です。
ドタドタと部屋に戻ってきた発電少女たちは、早速セミを解体しにかかります。
「持ってて。絶対離さないでよ」
「はいは~い」
「私が手伝うことはある?」
「やめてやめてストップストップストップ!!」
「あ、おい!」
空気の読めない発電少女が暴れ、発電少女の手を離れたクマゼミは壁の、しかも高いところにとまって鳴き始めました。部屋内に夏が舞い戻ってきます。
「あ~あ」
「余計なことを!」
「またうるさくなったね」
「ご、ごめん。でもかわいそうだよ」
「捕まえていたやつが何を言うんだ。絶対おかしい」
「うっ……」
「ま~ま~。どうするの?あのセミ」
「私たちじゃ届かないね」
「仕方がない。管理人さんを呼ぼう」
おや、私にお呼びがかかりましたね。モニター越しに壁に備え付けられた電話を操作する発電少女が見えます。私はきっかり一コールで応答します。
はい、こちら管理人です。今からはしごと補虫網をもってそちらに向かいます。
『助かる』
というわけで出動です。もうそろそろ交代する時間でしたし、丁度いいでしょう。今日は実に充実した観測でした。
ところで、私は今ひどく上機嫌ですから、今回の記録の最後としてこれを見ている方々に少しだけ豆知識をお教えしましょう。
発電少女たちには独特の匂いがあります。何かの花とも石鹸の匂いともとれるような香りで、これを嗅いでいると不思議と彼女らのことをうまく認識できなくなります。私たちはこの匂いに『霧』、起こる現象に『霧中効果』という名前をそれぞれつけて、目下研究中です。近々開催される予定の見学イベントや通常の見学の際は是非とも観察してみてくださいね。
こうして今日も、発電少女たちの何気ない生活のおかげで、地球は明るく輝いているのでした……




