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 先日と打ってかわって晴れた本日、発電少女たちは元気に外で跳ね回っています。くたくたになるまで遊び回って水浴びをしたらすぐ寝てしまう(注:空腹を覚えるまでそのまま)点などまるで人間の無邪気な子供のようであるのに、本当、なぜ発電少女たちは発電少女なのでしょうか(注:それを目下研究しているのは我々です)。ん、おや。室内に発電少女が何人か残っていることはいつも通りなのですが、一人だけ明らかに他個体とは違う行動をしている発電少女がいますね。何をしているのでしょうか。


「何をしている」

「勉強だ。今やっているのは二次関数だ」

「にじ、かんすう。算数か」

「数学だ。この教科書をあと三ページやればテストだ」

 あれは……ああ。いつも本ばかり読んでいた二人ですね。彼女らには三年ほど前から読書量の増加が観測されていました。直近では人間の中学生向け文学などを読んでいましたね。しかし直接的に勉強をしている発電少女は初めて見ました。もしかすると他個体よりも知能が発達しているのかもしれません。

「楽しいか、数学」

「正直に言えば苦手だ。どうもこの曲線の式に納得がいかない」

「私に言われても。私は数学わかんないし」

「それもそうだな。よし、今日の数学はこの辺にしておこう」

「あと三ページはどうする」

「明日やる」

「なら私と将棋をしよう」

 少し上ずった声(注:私見です)で発電少女が提案しました。

 なるほど、確かに手に将棋盤(注:駒が内部に格納できる折り畳みタイプ。ファミリー価格)を持っています。勉強をしていた発電少女に話しかけていた発電少女は遊び相手になって欲しかったのですね。読書の傾向もぴったりですし、やはりこの二人は気が合うようです。

 と、思ったのですが。

「いいや。今はやらない」

「なぜだ。将棋が嫌いになったか」

「将棋は好きだ。あなたには勝てるから」

「この間は私が勝っただろう」

「私が勝った数の方が多い。ともかく、私は今から英語を勉強するのだ」

「英語……」

「だから今は駄目だ」

 うわあ、真面目ですねぇ。この調子でいけばきっと英語の次は古典でしょう。

「英語の勉強はいつ終わる」

「あと二時間はかかる。その次は古典だ」

 やっぱりね。

「英語は今やらなくてもいいじゃないか。古典も」

「今やらないと、今日の分が終わらないのだ」

「夜から将棋はできないぞ。他のみんなが外から帰って来てうるさくなるし、寝てしまう」

「それは勉強も同じだ。うるさくては集中できない」

「それは、そうだが……」

 将棋盤を持ってきた発電少女はしぶしぶといった様子で引き下がりました。勉強を再開した発電少女の隣で拗ねたように座っています。

 いつも仲良くしていた友から急に冷たくあしらわれると怒りというより戸惑いや悲しみがこみ上げてきます。何となく相手の主張が分かるから、結局友を恨むことができないから拗ねるしかないという状況。私事ですが高校生だった時分、ありましたよこんなこと。お互いに忙しくて中々時間が取れなかった友とようやく一緒に遊びに行く約束を取り付けたのに、友にはその五日前に彼女ができてしまい、結局約束をすっぽかされました。正直に言って、あの日の夜は泣きました。

 しかし拗ねている発電少女もさすがに暇なようで一人詰め将棋を始めました。そして詰め将棋をしていて頭が冴えたのか、急に明るい顔をして(注:私見です)勉強をしている発電少女に再び話しかけました。

「なあ、勉強は終わりそうか」

「まだだ。次は聞き取りの問題なんだ、静かにしていてくれないか」

「じゃあ聞くが、どうして勉強しているのだ」

「この間読んだ本に書いてあったのだ」

「何と書いてあった」

「勉強をしないと将来苦労すると書いてあった。勉強しなかった者は苦役をさせられるようになると」

 なるほど。勉強をしている発電少女はそれを読んで怖くなったのですね。確かにここの発電少女たちは発電所が稼働して以来ずっと遊んでばかりです。ただ、発電少女たちは発電という大仕事を毎日こなしているのですから将来の職に関して何も心配は要らないでしょうに。

「それは人間の場合だろう。私たちは人間ではないのだから案ずることはない」

「そうかも、知れないけれども……」

「私たちの将来はきっと本に書いてあるような事では決まらないさ。勉強を必死にする必要はない。だからほら、私と将棋をしよう」

 この発電少女、賢いですね。明るい顔の意味はつまり、勉強をやめさせて自分と将棋をさせる良い口実を思い付いたということだったでしょう。

「でも……」

「どうした。まだ何かあるのか」

「じゃあ、私たちの将来はどうなるのだ」

「二年後も、三年後もここにいるだろうさ」

「そうじゃない、もっと先のことだ」

「先、とは」

「十年、二十年、あるいは百年後だ」

「それは、まだここにいるんじゃないか……?」

「大抵の人間は七十年あまりで死ぬと本には書いてあった」

「でも私たちは人間じゃ……」

「関係ないよっ!」

 将来への不安を語る発電少女の剣幕に、将棋盤を持った発電少女がたじろぎました。ふむ、これはなかなか興味深い展開になってきましたね。今日のモニタリング映像は削除しないように要請しておかなければ。もしかすると半減期(注:【この情報は一般公開されていないため表示できません】)が始まる瞬間を捉えることができるかもしれません。

「よく考えるんだ。私たちは何を食べている」

「ご飯とか、パンとか」

「人間と同じ食べ物だ。そして私たちが話す言葉は何だ」

「……日本語」

「そう、人間と同じだ。私たちは人間と殆ど同じようなことをしている」

「ということは……」

「いずれ死ぬ。あと何年先かは分からないけれど、おそらく」

「……」

「だったら人間がやらなきゃ駄目だと言われていることをしないと、私たちも将来不利益を被るかも知れない」

「確かにそうだけど、でも、じゃあ」

「なんだ」

「勉強はいったい、私たちのどんな将来の不利益を取り除いてくれるのだ」

「だから言っただろう。苦役から逃れられるんだ」

「それは私たちもなのか」

「人間と殆ど同じなんだからそうだろう」

「でも私たちは言われているじゃないか。私たちはずっとここで生きているだけでいいんだ。私たちも永久には生きられないかもしれない。だがこの状態が続けば全く苦役の心配はない」

「確信はない。でも、私が一番心配なのは……」

 その発電少女は口に出すのをためらっているようでした。時間にして二秒弱でしたが、そのわずかな逡巡(しゅんじゅん)こそが、我々が観測したいものでもあるのです。

「もしかすると、今の状況は簡単に変わるものかもしれないだろう?」

「そんなはずは……いや、でも。そうか」

「そうだろう」

「なら、訊いてみるか」

「誰に」

「私たちの管理人さんだ。何か欲しいときあの電話で頼みごとをするだろう」

「でも応答するのは機械音声じゃないか」

「あれは機械では答えきれないときは人間に繋がるんだ。以前わけあって題名が分からない本を頼もうとしたときに、機械じゃ判断できないらしくて管理人さんが代わりにさがしてくれた」

 そう言うやいなや二人の発電少女は壁掛け電話の方へと歩いていきます。管理人さん、と言えば今日は私のことですね。システムがこちらに繋ぐ前に、私も本部に連絡を取っておくことにしましょう。勝手な判断のせいで首が飛んではたまったものではありませんし。

「はい、コチラ、コールセンター、でございます。ご用件をどうぞ」

「知りたいことがある」

「しばらくおまちください……はい。データベース、に接続しました。何を知りたいですか?」

「私たちの将来について」

「将来、の単語を含む、書籍、が、千冊、以上見つかりました。絞り込みの条件、を指定してください」

「違う。本を探しているわけじゃない。今の私たちの将来について知りたいんだ」

「しばらくおまちください……はい。よくある質問、に接続しました。将来、の単語を含む、質問、は見つかりませんでした。よろしいですか?」

「駄目だ。私たちは将来について知りたいんだ」

「……」

「黙ってしまったぞ。本当にこれでいいのか」

「焦らなくていい。もう少し待とう」

「デスク、に接続しています。しばらくおまちください……」

「ほらきた」

「おお」

 はい、はい。了解しました。ではそのように……。さて、もうこちらまで来たか。えっと、応答のボタンは……これだ。

 はい、こちら管理人さんだ。ご用件は?

『知りたいことがあるんだ』

 おお、いつもと違って音質がクリアではないので発電少女の声も少し違って聞こえますね。当たり前のことなのですが、少し感動してしまいました。

 知りたいことの内容を言ってみろ。

『私たちの将来についてだ』

 具体的にはどういうことが知りたい?例えば明日君が誰と喧嘩するかとかは分からないぞ。

『違う。まず、私たちはどのくらいここにいられるんだ。ずっとか、それとも期限つきか。あと、私たちはどれくらいで死ぬのか。そして、勉強をしないからといって苦役をさせられることはあるのか』

 ふむ、そうだな。まず最初の質問だが、これに詳しく答えることはできないのを理解して欲しい。ただ、基本的に君たち発電少女はずっとここにいられる。ここまでは分かったか?

『了解した』

 よし、じゃあ次だ。この質問にも確定的な回答はできない。もともと君たちの寿命には激しい個体差があると言われているからね。つまりはまだ詳しいことがわかっていない。でも君たちの様子を見る限り、向こう一、二年で死ぬような個体は居ないように見える。

『だってさ』

『なるほど』

 そして最後の質問だけれども、うーん、これも個体差があるからなんとも言えないが、やらないよりはやっていた方がいいこともある。ただ、あまり詰めてやるものでもないし、やらない方がいいときもある。ただ、今は大丈夫だから安心して将棋をしていなさい。

『な、言っただろう。将棋をしよう』

『うん……でもなぁ』

 イマイチ合点のいっている様子でもありませんが、今はこれくらいで良いでしょう。それよりも私には彼女たちに伝えなくてはならないことがあります。ある意味、これを伝えることが彼女たちへの適切な回答であるような気もします。

 まだ切らないでくれ。私からも、君たち二人に伝えておくことがある。

『なんだい、管理人さん。私がまとめて聞こう』

 今から話すことはなるべく他の発電少女には話さないように。禁止とまでは言わないけれど、あまりしゃべってもらっても困るような話だ。

『了解した。話とは何だ』

 近いうちに、君ら二人には発電所見学(注:一般の方々に発電所の内部を公開するイベント。詳細は発電少女発電協会日本支部ホームページ「見学のごあんない」リンクからどうぞ)に参加してもらう。

『何だそれは』

 簡単に言えば、たくさんの人が君らを見学しに来る。ただ、その時に全員を見せるわけにもいかないから君らの中から数名選んで、見学しにきた人たちが見るモジュールに移動してもらうんだ。その選ばれし数名のうちの二人が君らというわけ。

『了解した』

『ちょっとまて。詳細も聞かずにそんな唯々諾々と了承するのはまずくないだろうか』

 確かにそうだね。他の個体がもうじきグラウンドから帰ってくるから少し手短になるけれど、見学の際には君らと見学者でちょっとしたコミュニケーションの場が設けられるかもしれない。その心づもりだけはしておいて欲しいかな。

『例えばどんなことをする』

『将棋か?』

 あはは、それもありだね。例えば今言ってくれたみたいに将棋をしてみたりとか、あるいはただのおしゃべりとかね。

『おお、人間と将棋をしてもいいのか』

『それだけなら、杞憂(きゆう)だっただろうか』

 ともかく、見学の日時は追って連絡させてもらう。もちろん君たち二人だけに、内密にね。だからその時が来るまではいつも通り、健康に過ごしていてくれ。分かったかな?

『はい』

『了解した』

 では、切るぞ。

 通信を切ると、二人の発電少女はさっそく将棋を始めました。こちらからも駒の動きが見えます。やはりというか、将棋盤を持ってきた発電少女の方が一枚も二枚も上手ですね。しばらく眺めていると五戦中五戦を将棋盤を持ってきた発電少女が取りました。

 おっと、もうこんな時間ですか。そろそろ交代する頃合いですね。今日も疲れました。残業はごめんですし、さっさと帰り支度を済ませてしまいましょう。


 こうして今日も、発電少女たちの何気ない生活のおかげで、地球は明るく輝いているのでした……

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