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誕生

「父親だって?」

「そ。父親、オヤジ、お父さん……俺は自分の名前が嫌いでね、それ以外なら呼び方なら何でもいい。とにもかくにも、父親というのはつまり俺が発電少女誕生の片棒を担いだ男だということだ」

 老い衰えを感じさせないハッキリとした言葉を、白衣の男は吐き出すようにゆっくりと踏みしめながら喋った。

 すぐにボクらを確保する気は無かったようで、後ろに控える二人の男は硬直したように動かなかった。白衣の男とは違い、控えている二人は簡素なガスマスクを着けていた。

「父親……いきなり出て来てどういうつもりか知らないけれど、そんな簡単な装備でボクらを止められると思っているのかい?ボクらはこの日のために計画してきているし、武器だって持っている」

 本当は武器を入手することが出来ていなかったためハッタリを混ぜつつ、隙をつく機会を伺った。武器を発見できなかったことがこのときになって強く響いてきた。ボクらは体格に差異はあれども少女、大人の男たちに単純な腕力では絶対に勝てないと分かっていた。

「なるほど。お前たちもやみくもにここまで来たわけではない、と言いたいんだな。確かに軽装過ぎたな。これでは殺されても文句は言えまい……正直なところ、俺は事態を把握している訳じゃないから、お前たち発電少女が何を目指しているのか見当がつかない」

 そう言った白衣の男はため息をつき、顔をあげてボクの後ろにあるケースを見た。このとき、ボクは男の顔には老いとは違う、何か別の疲れを読み取った。その男はもしかすると見た目通りの年齢ではないかもしれないとさえ思った。

「ただ君が……そう、君が何かをしているということは分かったのだよ。君がどれだけ気を遣ってもね、俺には伝わるのさ。昔もそうだっただろう?最初からそうだったじゃないか……」

 入ってきたときと同じようにケースへ語りかける白衣の男。

 その隙にユリの方をちやりと見ると、男たちが入ってきたままの姿勢で硬直しているようだった。ユリには聞こえるらしい『声』がさっき警告してくれたように、何か状況を変えるアドバイスをしているかもしれないと期待し、ユリがそれをしっかり聞いていてくれていることを祈るしかなかった。

「おい、ボクたちの父親だと言ったよな」

「ああ。そうだ」

 白衣の男がそっけなく応えた。時間稼ぎがどれだけ有効かも分からなかったが、隙を伺わないことにはどうしようもない状況ではそれしかすることは無かった。


 父親。そして母親。自分たち発電少女の発生起源を知ることが出来るかもしれないという知的好奇心はボクに甘言をささやいたが、このときはそれに耳を傾けているべき場面ではなかった。

 そう、頭では理解しているつもりだった。

 だけど抗えなかった。

 心の底から押し寄せる好奇心の濁流は、塞き止められることなく脳へと流れ込んできた。ボクは時間稼ぎだと自分に言い聞かせつつ、自分の好奇心を満たそうとしているだけだった。 【a076/2057】


「じゃ、じゃあ後ろのケースの中にいるのが、本当にボクたちの母親なのかどうかも知っているのか?」

 白衣の男が視線をこちらに戻した。だが、まるで後ろの床でも見ているかのようにその眼の焦点は合っていなかった。

「もちろん、そいつはお前たちの母親だ。発電少女をこの世に産み出した母体、文字通り(みなもと)。だが全ての原因ではない。お前たち発電少女に罪はない……」

 白衣の男は再びボクらの母親へと顔を向けた。ボクに向けた目線同様に、きっとその焦点すらも定まってはいなかったのだろう。

「罪を背負っているのは君と、俺。そして俺たちだけではないよな?……否定するのか。君とて現状を知らないわけではないだろうに。全員同罪。関わった者たちはすべからく罪人だよ」

 白衣の男はどこか楽しそうにボクには聞こえない『声』と会話していた。もっとも、果たして本当に会話が成立していたのかどうかは分からないが。

 片棒を担ぐ、罪、罪人。

 聞こえた言葉は、まるでボクら発電少女が存在することが悪いことであるかのように言った。頭をよぎるのはあの部屋にいる他の発電少女たち。そしてボクたちの世話をしていた職員さんたち。

 シャーリーも、あさりも、あゆむも、保健室の先生も、あの厨房にいた男の職員さんも、あの場においてボクたちに関わった者は皆すべからく悪者だと言いたいのだろうかと、苛立ちにも近い怒りが沸き上がった。

「何が言いたいんだ!ボクらをあんなところに閉じ込めておいて、外に出ようとしたらいきなり現れて罪がどうとか、勝手すぎる。そして話をそらすなよ。ボクはボクがどうやって産まれたのかを尋ねているんだ。本当に後ろの女性がボクたちの母親だったとしたら、どうやって産んだ?人の誕生にはものすごい時間がかかることをボクは知っている。そしてボクには産まれたときの記憶なんて無いけれど、最初から大人だった発電少女が居たようには思えない。皆一緒に育ってきたんだ。だからこの女性が、この女性だけがボクたちの母親なのだとしたらそれはおかしい。なあ、答えろよ。父親なんだろ?」

 捲し立てると白衣の男は少し目を大きくして、いわば少し驚いたような顔をしてこちらを向いた。あまりに不気味な表情だが、印象以上の恐怖を感じることはなく、むしろ見慣れているとさえ思った。

「ああ、答えよう。指摘の通り俺は父親だからな。だがその前にひとつだけ、お前の思い違いを正させて貰おう」

「何だよ」

「確かに、お前たち発電少女は人間にそっくりだ。身体の作りには本当に同一である部分も数多い。だがなぁ、それでもよ」

 白衣の男は少し間をおいて、言った。

「発電少女は人間じゃない。どれだけ、どこまで人間に似せたとしても、明確に別の生物だ。発電少女は人間から産まれないし、人間を産まない」

「……うん?それは分かっているよ。発電少女は人間じゃない。ずっと聞かされてきたことだ」

 ボクは白衣の男がなぜそう言ったかをわざと考えずにいた。素直に言葉を言葉通りに受け取ったふりをした。深く考えてしまうと、何か間違った答えにたどり着いてしまいそうだった。そんなボクの心中の動揺などお構い無しに、白衣の男は言葉を続けた。

「そうか。それでは、すまなかったな。お前たちは今そうやって教育されていたのだな。ならば受け入れることもできるだろうか……では、お前たち発電少女がどうやって産まれたかを教えてやろう。分かっているだろうが、お前の知っている人間の産まれかたとは少なくとも違う。そして全く科学的でない産まれかたをする。俺も未だに信じたくはないが……お前たちはそうやって産まれる」

「はぐらかすな!具体的に、どうやって!?あの母親の胎内から出てくるなら、科学的ではないにしろどうやって産まれてくるかを説明しろよおっ!!」

 ボクは怒っていた。何に対して怒っていたのかはもはやわからなくなっていたが、自分の本来の目的も忘れて、自分の好奇心を満たすため、恐怖心を拭うために絶叫した。ヒステリックに、非合理的に、内情に駆られるままに。


 こうなる前に一度でも、隣を見ていれば良かった。

 当然このときにその考えが無かったとは言わない。

 だけれど、不可能だったのだ。

 それはずっと以前から決まっていたことに違いなかった。

 どこか一つでも違っていたら避けられたこと。

 避けられなかったのは、そうなるしかなかったから。

 そう思っていないと、ここまでやってこられたはずはない。 【a076/2057】


「そうだな。だが、時間が無い」

 白衣の男はそういうと、白衣の内側から何か小さな装置を取り出して操作した。同時に低く唸るような音と共に、球場の壁が怪しく輝きだした。

 そして、悲鳴。

 金切り声とも形容できる甲高い声が部屋に響き渡り、ボクは思わず耳を覆った。白衣の男は明らかに先程の装置で母親の入った機械に対して操作を行ったのだ。

 とすれば悲鳴は恐らく母親のもの。

 そう思って母親の方を振り返って、その途中でユリが目に入った。

 目を奪われた。

 釘付けになった。

 ユリは、硬直していたはずのユリは。

 恐怖に怯えた眼差しを白衣の男の隣で待機する男に向けていた。

 手に持った、拳銃の銃口と共に。

「なっ!?ゆ、ユリ!何をしているんだ!」

「……」

 ユリは答えなかった。

 その手には大きすぎる拳銃をただ、男の方に向けているだけ。

 どこで拳銃なんか手にいれたのか、という疑問に対し、不自然に早く答えが浮かんだ。

 出口付近でシャッターのスイッチを探していたとき。懐中電灯の明かりに目が眩んで、ユリの様子が見えなかったあの一瞬。ユリの様子がどこか安心したようになっていたあのときに、だろう。

 だとしたら使い方は知らないはず。映画にあったのを見よう見まねで真似しても上手く使えるものなのだろうか?まだ発砲していないため分からなかったが、その構え方に不安があるようには見えず。

 だとしたら、『声』か。

 ユリは、もしかしたらその瞬間も『声』の指示を受けて行動していたかもしれなかった。

 悲鳴は途絶え、再び低く唸るような音が聞こえだした。時が止まっているかのように、しばらくなにも動かなかった。

「よし。そこの二人を確保してください」

 白衣の男が言い、背後に立っていた男たちが動いた。片方はこっちに、もう片方が拳銃をもつユリの方に向かうのが見えた。

「ユリ!逃げよう!こんなところで捕まるわけにはいかないだろう!?早く、外へっ!!」

 必死に叫んだ。逃げ場があるかどうかなんて気にもかけなかった。ただ、ユリがその拳銃を発砲するのが怖くて、そうはさせまいとして。

 するとユリは拳銃を構えたまま、首だけを回してこちらを見た。目と目が合い、再び時間の流れが遅くなった。

 ユリは笑っていた。

 笑って、笑顔のまま、ささやくように言った。

 とても小さな声だったが、ボクにはよく聞こえた。

 ありがとう、と。

 液体が弾けた。

 激しく耳をつんざくような音はなく、聞こえたのはぽすっと何だか軽い冗談のような音だけ。

 正確には弾けたのは液体ではなく、それがつまっていた入れ物の方だった。

 大きすぎる拳銃が大きくのけ反って、ユリの手から離れて床へと落下した。

 それよりも早くユリに向かっていた男の肩が黒く染まり、頭を半分失った身体が黒色の液体を撒き散らしながらコミカルにずっこけて転がった。

 人が一人、死んだのだった。

「ユリいいいいぃっ!!!」

 自分のものではない気がする声が叫び、時が動き出した。身体に衝撃が走り、突き飛ばされたと分かった。ボクの身体を男が押さえつけていた。

 そんなボクとは対照的になんの束縛もなくなったユリが球壁面に向かって駆け出した。するとその先にある壁が切り抜かれたようにせりだし、スライドして開いた。

 隠し扉だった。

「くそっ、どけよっ!」

 全力で男の拘束をぬけ、ユリの後を追った。

 開いた壁はユリを通すと、だんだんと閉まり始めた。どうやら通してくれるのは一人だけのようだった。

 がむしゃらだった。

 完全に閉まる前であれば、隙間からその向こうへと行ける。隠し扉を開けたのが『声』の主、母親であれば外へと直接通じているはず。

 間に合えっ、間に合えっ、間に合え!!

 呼吸さえ忘れて、聴覚さえ封印して、走った。


 だけど。

 ちりん、という音と共に目の前に影が割り込んだ。

 驚き、足がもつれる。

 それでも前に、前に進もうと足を動かしても無駄だった。

 絡まった足につまずき、派手に転がる。

 どしん、と大きな音をたてて扉が閉まった。

 割り込んできた影は、あの部屋から出るときに見た猫だった。


「そんな……どうして……?」

 ボクは追い付いた男に取り押さえられた。猫はそれを見て、白衣の男の方へと歩いていった。呆然としていたボクに、男は素早く手錠をかけて立たせた。白衣の男がこちらを向かせろと指示を出し、視界に白衣の男が映った。不思議なことに猫はいなくなっていたし、白衣の男も猫には気がついていなかったようだった。

「お前の兄弟が一人、逃げ出してしまったな。お前にはちゃんと見えていたか?」

 言われるがまま、ボクは頷いた。床に転がった男の死体が見えた。

「そうか。なら、もうだいぶ進んでいるようだな……」

 白衣の男はそう言うと、はぁ。と一度ため息をついて、それからこう続けた。

「見えるか。今からそのあたりに発電少女が誕生する。もちろん父親は俺だ。だが、心して見ておけ。お前にとって、自分の生誕を知る最後の機会になるだろうから。自分の目で見て、信じてみるといい」

 男は母親の方を指した。首を捻りその方向を見る。

 何もない。

 なんにも。

 ケースに浮いている母親と、うなり声のみがある。


 そして瞬きをした。

 そこには、裸の少女が一人、立っていた。


「えっ……」

 もう一度瞬きをした。

 依然として、裸の少女が一人立っていた。

 身長がボクと同じくらいで、恐らく年齢も一緒。

 目は虚ろ。猫背ぎみで、少し痩せていた。そして股に毛は生えていなかった。この辺りの特徴もボクとあまり変わらないように思えた。

「それが、今産まれた新しい発電少女だよ。これが発電少女の誕生だ」

 白衣の男は少女に近づいていき、取り出したタオルで少女の顔を拭いた。少女は全身が、まるで雨にでも打たれていたかのようにびしょ濡れだった。顔を拭かれた少女は、ボクと同じように白衣の男をぼうっと見つめていた。

「では、行こうか……」

 白衣の男が再び装置を操作し、うなり声が消えた。そして白衣の男に手を繋がれた少女が歩く度にぺたっ、ぺたっと音が響いた。

「歩けるか?」

 ボクに手錠をかけた男が初めて話した。ボクは無言でうなずき従う意思を示した。歩き出した男につれられて、ボクは球状の部屋を出た。

 死体はいつのまにか消えていたが、その事は少しも気にならなかった。

 ただ喪失感だけがボクの心を満たしていた。


 気がつけばボクはいつもの部屋のような場所に居た。

 ただ違うのは、ボクしか居なかったってこと。

 発電所を脱出する計画は失敗に終わった。

 悲しさは無かった。

 それからしばらくの出来事に対する記憶もほぼ無い。

 だけど涙が止まらなかったことだけは、忘れていなかった。

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