開始点
仕掛けは打った。施設はいまだ暗闇の中で、計画がきちんと進行しているのかいないのかは不明。だけれど、きっとみんなうまくやっていると思う。そうでなくてはならない。ボクたちに隠されていること。私たちの知ることができないこと。自分に正直に考えれば、そんなものの存在、知らなければよかった。自分が知らない、ということを知るというのはつらいことだった。
でもそれ以上に、ボクにとってのユリが離れていってしまうのが嫌だった。
ユリはある日から変わった。
急な変化なんかじゃない。徐々に、だんだんと、気づかないくらいにゆっくりと。まるで今までのユリが全部偽物だったみたいに。
いや、違う。
今までのユリが、崩壊していくようだった。
「どうしたの、レン?」
「あ、ああ。いや、なんでもないさ」
暗闇の中で、かぶりを振る。慣れてきた目に映るユリは、少しだけ昔のようだった。
「ふっ。ご気分がすぐれないのですか?レンさん。わたくしこの時のためにと、水を使わずに摂取できる酔い止めを持ってきていますのよ?」
後ろに映っているシャーリーは、いつも通りだった。
「シャーリー。きっと持ってくるなら頭痛薬だったと思うのだけれど……」
「ふっ、ふっ!?も、もちろんですわ!こんなこともあろうかと、風邪薬とか消耗品は持てるだけ持ってきましたの!なんでも聞いてくださいませ。なーんでも揃っていますわよ!」
こんな時にも関わらずいつもの調子なシャーリーに苦笑いしてしまうがユリにはウケたようで、口から本当にえへへと漏らしつつニコニコ笑っている。いつものように。
「ユリ、シャーリー……喋るなとは言わないからさ、せめてこう、もう少し緊張感を持っていて欲しいなって」
「何を言っていますのレン!こんな時だからですわ。がちがちに緊張していては成功するものも成功しなくってよ」
そんなことを言ったシャーリーはあながち的外れでもなかった。この次の段階こそ、現段階で予想できる中では一番神経を使わなくてはならない部分だった。そこで失敗してしまっては元も子もない。今こそ落ち着くべきなのだ。
そう。あながちどころか、的を射ているのだが……
「アレだけは無理ってさっきまで隠れていた子が何を言っているんだかなぁ」
「……それだけは、触れないで」
シャーリーの素が少しだけ出ていた。
保健室のドアを開けると、バットを持ったあさりが出迎えてくれた。
「レン。他の二人も一緒だよね」
「うん。ユリ、シャーリーも後ろに」
「よし、これで集まったね」
保健室に入ると、先生があきれ顔で椅子に座っている。どうやら説得は成功したようだ。
とりあえずここまではつつがなく進行している。なんだかほっと一息つきたいところだが、ここで止まってはいけない。最後の作業が残っている。
「さて、先生。今ここにいるのはユリ、レン、シャーリー、まこと、そして私を入れて五人なの。見ればわかると思うけれど、ここに残る私とシャーリーを除いても三人もの発電少女がここから出るのには少し苦労する。それはなぜなのか、先生は分かるよね?」
「……監視カメラ」
「そう。私たちをずうっと見ているカメラがある。私たちのことを管理人さんが見ておくためのもの。こうなるまで気にしたことなんてなかったけれど、結構いろんなところにあるんだね。まこととあゆむが探してきてくれたから、計画に関係ある部屋のうちこの部屋以外の監視カメラの場所は大体わかっているんだけれどね」
「本当に苦労した。あちこち見て回ってその数に驚かされたよ。壁だけじゃなくて机の下、挙句の果てには脱衣所にまであるとは」
「だついじょっ!?」
「え、ええええええええっ。そんな、それではわたくしもしかして……」
ひどい、とつぶやいた先生も驚いたようであったが、声から察するに一番驚いたのはユリとシャーリーだろう。二人は監視カメラを探す活動には携わっていなかったから脱衣所および風呂場のカメラの存在を今知らされたのだ。私も最初に報告を受けたときは驚いた。どうりで私のことを何もかも知っているような手紙とともにお菓子が冷蔵庫に置かれていたわけだと妙に納得したことが印象的だ。ユリの脳裏には私とのハジメテのことが、シャーリーの脳裏には早めにお風呂に入っていた日々が、それぞれ焦燥とともに思い出されていることだろう。私はともかく、二人の見られたくないものを覗き見ていた管理人さんにはぜひ謝罪してほしいものだ。
「なんだ先生、そして二人も知らなかったのか?」
「……知っていたら、いえ。私に何かができるということではないのだけれどね」
「あ、わわわわどうししょうっ」
「お、落ち着いてくださいユリ。もう昔のことですわっ」
ため息をつく先生に、慌てふためく二人。私のまだ知らないオトナとコドモの違いとやらはこういうところに見て取れる気がする。
ところで、慌てふためくユリはなかなかかわいい。もう少しいじめたくなってしまう。
はっ。いけない。早く計画を進めないといけないんだから二人には落ち着いてもらわなくては。
「ユリ。シャーリーの言うとおりだ。もう過去のことなのだから、今は前を向こう」
「で、でもアレが全部」
「ふ、ふっ!そうでしてよユリ。わたくしなど、過去のことなんてこれっぽっちも気にしていませんわ!だいたい、管理人さんなんてろくに姿を見たこともない人に何を見られたって恥ずかしがる必要など……ありませんわ」
「シャーリーは落ち着いたようだね」
むしろ落ち込んでいるようだけれど。
「ほらユリ。シャーリーを見習って。今だけでもしっかりしなくちゃ。外に出たら、今度は本当に二人きりになれる時間を作ろう。誰にも見られないし、邪魔されない二人だけの時間を」
「……うん。わかった」
「はいはい。お互いを確認しあうのはそれくらいにして、もうそろそろ本題に戻るよ」
あさりが大きく二回手を叩き、保健室が静まり返る。電源は落ちているはずなのに、監視カメラのモーター音が聞こえるような不気味な静寂。緊張感が余計な作用をしているのだ。集中、集中。
「で、先生。もうわかるよね。この部屋の監視カメラの位置を教えて欲しい。そしたら、シャーリー。紙とテープは持ってきているね?」
「もちろんですわ」
元気よく返事をしたシャーリーだったが、ボクは慌ててポーチを探ってそれらを探し出したのを見てしまった。ちゃんと持っていたようで何よりだが、本来ならばその二つはきっと酔い止めよりは先に確認するべきものだろう。
「シャーリーの持ってきた紙とテープで監視カメラのレンズをふさぐことができる」
「ええ。教えるのはいいけれど……」
先生の言った監視カメラは三台。うち二台をつぶし、残るは一台になった。
「で、その一台が天井にあると」
「ええ。たぶんふさぐには脚立が必要よ。ここからじゃ私が台に乗っても届かないわ」
「先生、まった!」
だから脚立を、と言いかけた先生をユリが制した。あさりが何か策を言う前に、自分の策を言いたいようだ。ボクが止めようかと思ったが、対策の口を開きかけていたあさりがジェスチャーでどうぞ、とユリに譲った。
「先生ひ、と、りじゃ確かに届かない。でもね、脚立を探しに行く時間はないと思うの」
「え、でもこの部屋には脚立の代わりになりそうなものなんか……」
ちっちっち、と指を振るユリ。いったい何を提案するのだろう。
「私たち、六人もいるのよ?」
「どう、シャーリー?できたかい?」
「もう少し、で、できましたわ!」
「ぐあっ!?小躍りしていないで早く降りてくれないか?」
「気を付けて降りてね!」
重なりあったボクたちのてっぺんからシャーリーが降り、一気に力が抜ける。ユリによるとこれは組体操という名前の重なり方らしい。
「先生、もう少しボクが負担した方がよかったのでは」
「心配しなくてもいいわ……久々の筋肉労働で少しなまっているだけだから」
あまり筋肉がついているとは言えない腕を痙攣させながら先生はそう答えた。いたわってやりたいが、ユリが提案しなければ先生はシャーリーを肩車することになっていたであろうから何とも言えない。
そしてそのあさりは今、先生の机の上で仁王立ちをしている。
「さて、ユリの素晴らしい提案で保健室ばかりか保健室前の廊下のただ一つの監視カメラまでふさぐことができました!」
「やったぁ!!」
「これでシャーリーも無事に任務を遂行できるね?」
「ええ、もちろんですわ」
「先生、ゴメン!」
「あいたっ!?って、ああそうか。これがさっき言っていたたんこぶづくり……」
あさりが舵を取り、すごい勢いで計画が仕上がっていく。いよいよだ。
「さて、ユリ、レン、そしてまこと。君たちをこれから外に出す。この部屋の外のことは、承知だと思うけれど、何もわからない未知の世界だ」
不安、期待、膨らむ感情は様々。自然と、ユリの手を握ってしまう。
「いろいろ言いたいことはあるけれど、監視カメラの復活ももうそろそろだろうからあまり喋るとよくない。だからこれだけ言わせて」
ちりん、と。
静寂の中に鈴の音ひとつ。
「幸運を!って、あれ?今何か音がしたような」
「何だろう」
警戒して見回すと、中途半端に開いていた保健室の入り口に光るもの。
それは何よりも不気味だったのに。
どうして思い直してしまったのだろう。 【a076/2057】
にゃぁん、と鳴いたそれは猫だった。ああ、びっくりした。他の子がまだ起きているのかと思った。
「あさり。ドアのところに猫が来ている」
「んー、計画には関わらない方がいいかな。追い払っちゃえ」
「いいや、放っておく。それでもいいだろう」
「……そうだね。かまわないよ」
見た瞬間は背筋が凍るかと思ったが、これでもボクは猫が好きな方だ。ユリがひどく怒ったあの日以来、できるだけ優しく接するようにしているとだんだんとその本当の魅力に気が付いてしまった。置いていくのは少し寂しいが、きっと外には猫くらいたくさんいるに違いない。それまでは我慢だ。
「レン、猫さんは?」
「どこに行きましたの?」
「……ドアのところにはいないな」
「えっ?あ、ああじゃあ勝手に移動しちゃったのかな」
追い払わなかったのに、向こうからどこかへと行ってしまったようだ。
見送りをしてほしかったのに。少し残念。
「よし。じゃあみんな位置について。もう時間がない」
あさりの掛け声で、保健室のドアのそばでしゃがむ。
「ユリ、レン。名前をありがとうございました。あなた達ならきっとやれますわ。そしてまこと、あなたはとても賢くて、この計画の成功に導くことができるでしょう。あなた方の朗報をずっと待っていますわ」
お気をつけて、と言い残し、シャーリーが部屋の外に出る。
先生は伏せ、あさりがそのそばで座る。
いよいよだ。あさりの言葉を噛みしめた。
ユリの手を握る。
あたたかい。
ゆっくりと握り返される。
大丈夫。
と、そのとき。
ぱぱぱっ、と廊下の電気がついた。
監視カメラのことを警戒し、作戦開始の声はない。
速まっていく心臓の鼓動をバックグラウンドに、複数人の足音、扉の開く音、『こっち、こっちですわ!みんなが突然気絶してしまってわたくしどうしたらよいのか……早く!広間ですの!』とシャーリーの声。
静寂。十秒弱。
五秒時点ですでに廊下に出て、まことがカードキーを読み取り機へとかざす。先生曰く、古いタイプの電子錠。カードをかざしたのが本当は誰なのかということまでは分からない。
永久に思える緊張。
ピピピッ、と音がし、LEDランプが赤から緑へと変わる。
外への扉を開錠した。
その先に何があるか。
それを確認している暇はない。
ユリの手を、しっかりと握る。まことの背中だけを見る。
扉が開き、部屋の外へと踏み出した。
真っ白い廊下。
四角くて、背の高い、長い空間。
扉が閉まり、自動で鍵がかかり、遠くからあゆむの声が聞こえて。
空間は、再び闇へと呑まれる。




