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ついに発電少女発電所にも麗らかな春が訪れました。発電所グラウンドでは遺伝子操作による品種改良を施された梅や桜(注:品名はそれぞれU-3α、C-7α)の花が満開です。例年ならそんなことはお構いなしに発電少女たちが春を喜んでグラウンドを駆けずり回るところですが、今回は試験的にお花見の文化を導入してみることにしました。
ところで私見ですが、ここ最近発電少女発電所の中でも特にウチは試験的取り組みが多いような気がします。発電少女の移送、こたつ、猫、そして花見。噂では、ここに三人の要注意個体と複数のジーニアス個体が存在するために上が意図的にそうしているとのこと。
真相のほどはわかりませんが……はぁ。なぜ私のお花見は仕事でキャンセルになったのに彼女らの花見を観察しなくてはならないのでしょうか。モニター越しの桜を見ながら塩揉みさやえんどうをつまみにノンアルコール。これ程虚しいことが他に……ん?もしかして結構イケるのでは……
はっ。いけません。仕事に集中しなくては。
グラウンドを見てみると、ありゃ。お花見をしている個体はそこそこ少ないですねえ。要注意個体の三人が花見をしているのは想定通り。あとは……ああ、別のグループであの賢い二人の発電少女と、ホタテ貝をあしらった装飾を髪に留めた発電少女が一緒に花見をしていますね。人工猫が要注意個体たちのグループに、普通の猫が賢い発電少女のグループにそれぞれくっついています。
ですから今回は賢い発電少女たちの方を見てみるとしましょう。録音、録画は……正常。よし、これで切り替えて……
「おお。やはりあなたたちなら分かってくれると思っていたよ」
できました。今のはホタテの発電少女ですね。何の話をしているのでしょうか。声が上ずっているので、おおかた大好きなホタテの話をしているのでしょうけれど。
「やはりそれには同意せざるを得ないだろうな」
と、大きなポニーテールの発電少女。彼女は普段は勉強に勤しんでいた個体です。今日はお休みなのでしょうか。気のせいかいつもよりも上機嫌そうです。
「そうだな。これは天才的な組み合わせだ」
こちらはカチューシャで前髪をまとめておでこが出ている発電少女。ポニーテールの発電少女と共に居ることが多くて、将棋が好きな個体ですね。彼女も上機嫌なようです。
で、何を話しているんでしょうか。
「このぶどうジュースは最初、ちょっときついんだけど、このしょっぱい豆と一緒だと美味しい。ホタテバター発見以来の大発見だよこれは」
んん……ホタテの発電少女が手に持っているのは、紙コップに入った深い赤色の液体。ああ、ポニーテールの発電少女もおでこの発電少女も同じものを持っています。
「この、なんだ……桜の花を見ながら。綺麗だな。気分もいい……春はいいな。将来のことを、今なら忘れていられる」
「そうそう……いつも勉強しすぎなんだよ君は。のんびり将棋でもして、ゆっくり生きていこうよ」
ビニールシートの上に円形に座った彼女らの中心には、誰が用意したのでしょうか。紙皿に盛られた小さなドーナツ(注:厨房の新人君が発電少女たちのお花見用に手作りしたもの。私見ですが、そこそこおいしかったです)の隣にざるがあり、おそらく塩味であろうさやえんどうが盛られています。まるで今の私が食べているものにそっくり……ん。
塩えんどうに合う、ぶどうジュース……
ははは、まさかですよね。
念のため、ズームで彼女らのコップに注がれたであろう「ぶどうジュース」が入ったペットボトルのラベルを確認してみましょう。
……あーあ、ビンゴです。
「……そうなのかなぁ。勉強しすぎかなぁ」
「そうだそうだ!勉強のしすぎなんだぁー!」
「まあまあ落ち着いてよあなたたち。私は今からこれがホタテにも合うんじゃないかということをだね、語ろうと思うよ」
ラベルにはハッキリと「ワイン」と書かれていました。彼女らはなんと花見をしながら酒を飲んでいるようです。一体誰がこんなことを……まあ容疑者は厨房の新人君しか居ませんが。彼は発電少女を蹴飛ばしたり、秘蔵のハードでマニアックなエロ本をうっかり発電少女たちに見せてしまったり、やりたい放題ですね。よくもまあ協力職員への降格にならないものです。
発電少女の飲酒、実は全く規制されていません。当たり前です。人ではないので別の法律で管理されています。ですが人間が酒類を接種したときと同様の影響がこれまでのところ確認されている上に、崩壊その他の現象と繋がっていないとも言い切れません。ですから少なからずこの発電所では発電少女への勝手な酒類提供は一切禁止、ということになっています。
確かにアレは近頃開発された新商品で、チープなワインをペットボトルで売り出すのに成功したことが売りのくせに、全く誤購入に配慮するつもりがないのか同じ会社が製造するぶどうジュースにそっくりの見た目をしています。彼はおそらく間違えたのでしょう。
「ああ……!私はダメな発電少女だ……変に勉強ばかりするからこんな悩みを抱えるはめに陥ると知っているのに止められないなんて……ウッ」
「泣かないでいーのさ。これからこれから。明日から切り替えればいいんだよ!ほら、この豆を食べてごらん?おいしいでしょ」
「おいしい……ウウッ」
「やはり塩味のホタテとはどうなのかなーと私も思うんだー。だけれどね、どうしてもその先に進まなくてはならない気がするのもまた事実だよ。新しいことに挑戦しなきゃ。いつまでもバターに甘えていたらダメなんだよ。ついていかなきゃ!新時代に!」
見事に酔っぱらっていますね。つまみがあるせいでよく酒がすすむのでしょう。よく考えれば塩揉みさやえんどうは厨房の彼が用意したもの以外にありえません。つまり彼は間違ったのではなく、故意に発電少女たちに酒を飲ませたことになります。なんということでしょう。まさかいつぞや風呂場に私設のカメラを設置したアホのように、うっかり発電少女たちが脱ぎ出すのを期待してどこかでカメラを構えているなんてことはないですよね。
「なー、ところでさ」
ホタテの発電少女が語るだけ語って次の話題を振ろうとしています。突然話が切り替わろうとしているからか、泣いていたポニーテールの発電少女も励ましていたおでこの発電少女も呼び掛けに反応しました。またホタテの話でしょうか。
「ここってさ、隠し部屋とか無いのかな?」
「ここって、どこだ?」
とポニーテールの発電少女。さっきまでが嘘みたいに涙が引っ込んでいます。
「この発電所だよ」
おおっと、これはちょっと危ないですかね。話の流れ次第では上に報告せざるを得なくなりますが……果たして。
「私たちが入れない部屋のことか?」
うむ、と頷くホタテの発電少女にこちら、おでこの発電少女も険しい表情。ジーニアスであるホタテの発電少女とこの二人を会わせたのはミスでしたね。次の報告会までにまとめるべき資料が増える予感がします。頼みますから勘弁してください。
「あなたたち、『アメイジング・フォートレス』は見た?」
「なんだそれは」
ええと、確か三年ほど前に放映されていた映画ですね。アクションコメディで、重工業会社から不当に解雇された三人の中年が社長に復讐するべく社長の邸宅たる要塞に侵入して、最後は巨大ロボで殴り合うという、なんだか昔懐かしい雰囲気がしました。
「この間テレビで見たんだけどね、要塞は知っている?」
「それなら私が知っているよ。強い城のことだろう?将棋でいう、玉が存在する場所」
「チェスの方が分かりやすくないか?」
「いいんだ、私は将棋が好きなんだ」
「なんでもいいんだけど、とにかく。その映画に出てきた要塞にはいろんな仕掛けがあるんだ。カケジクの裏にスイッチがあったり、何もない様に見える壁が回転扉だったり」
そうでしたね。えらく忍者チックな仕掛けが多いにもかかわらず出てくる敵は全員SFじみた鎧に機関銃と榴弾砲で武装している混沌とした映画でしたね。
「で、この発電所はその要塞にそっくりだ」
「……でも私たちの住んでいる場所には武器なんかないぞ?」
「そう。私たちの住んでいるところにはない」
「あー!分かったぞ」
「そう!つまり」
つまり……?ああ、なるほど。こりゃ報告の必要はなさそうですね。
「ここにもきっと回転扉や隠しスイッチがあって、きっとその仕掛けの先には武器がたくさんある!」
ぱちぱちぱちとささやかな拍手がありました。やはりジーニアスといえど酔っぱらいですね。これならさほど警戒の必要はないでしょう。いやー、ドキッとしましたよ最初は。要注意個体をそう何人も抱えていられるほどの余裕なんてありませんからね。
「じゃあその隠し扉を探そう。どこにあるのだろうか?」
「ちっちっちっ。いきなり探しちゃ見つかるものも見つからないよ」
「先に開ける仕掛けの方を探す、と?」
「鋭いね。その通りだ」
ホタテの発電少女はそう言って立ち上がり、一番近いところにあった桜の木へ近づいていきます。
ポニーテールの発電少女とおでこの発電少女も続きました。木の根元、そこにできたくぼみをしげしげと眺めていますね。
「私の勘ではこの辺になにかあるんだよなー」
ありませんよ。
これを見ている方は既にお気づきでしょうが、我らが発電少女発電所日本支部にはそのような怪しい仕掛けは一切ございません。外部からの侵入を許さない防衛設備(注:詳細は発電少女発電所日本支部ホームページ『安定した電力供給のために』をご覧下さい)は完璧であり、隠す必要などないのですから。また、これらは同時に発電所内部からの正当な手続きのない外出を防ぐものでもあります。
「おお!やっぱり何かあったぞ」
「……ノートだな」
「『かしこいきょうのわたし』?なんだこれ。鍵がついてて開かないぞ」
ほらほら、変な仕掛けの代わりに誰かの黒歴史、あるいは将来そうなる予定の日記帳を掘り起こしてしまったようですね。えーと、あれは……どうやら社会不適合のあの個体が書いたもののようですね。彼女からの要望にそのようなものがあったと記憶しています。
それにしてもまあ……鍵つきの日記帳とはねぇ。なんだか遠い昔にそんなものが流行ったとおばあちゃんが言っていました。おばあちゃんの言う大昔って、昭和の後期とかですかね。それとも平成に入っていたのでしょうか。
おっと。少し呆けている間に発電少女たちは日記帳に興味を無くしてしまったようです。もとの場所に戻して、要注意個体たちが花見をしているところへ去っていってしまいました。手にはワインの入ったペットボトルを持っています。ますます被害が拡大する予感がします。
が、私の今日のシフトはここまでですね。次の方は……まだ来ていない、と。
うーん……遅刻するやつのために残業してやる義理はありませんがここで目を離しておくというのも無責任かもしれません。しかしここでワインを元に騒動があれば当然観察者にも責任が被さります。
決めました。
私は帰ります。遅刻するやつがやっぱり悪いのです。どのような理由であれ、要注意個体が三人もいるこの時期に遅刻するやつが完全に悪。私は悪くありません。これを見ている皆さんも、その旨ご了承いただけますようお願い申し上げます。
こうして今日も、発電少女たちの何気ない生活のおかげで、地球は明るく輝いているのでした……
【権限:管理者】
【参照/2049/c030】
『この意気地無し!邪魔するなら近寄らないでっ!』
わたくしにそう言い放った友人の顔が今でも忘れられない。
どうして、あのときもっとうまくやれなかったのでしょう。結局あれ以来一度も会っていません。会いようがありませんわ。呼びようがないのですから。あのときはわたくしにも、友人にも名前が無いのが当然でしたから。
でも友人は確か職員さんにa012と呼ばれていましたっけ。秘密にしようとしてもわかりますのよ。これでもわたくし、耳は良い方でしたもの。
そして、今。嫌なことに、あのときと状況がかなり似ています。でもわたくしはあのときほど中心にいるわけじゃない。わたくしは今、少しだけ外側にいますの。
……自分に語り聞かせなくても本当はわかるはずですの。高飛車に振る舞わなくても良いはず。ただ、逃げる自分を捕まえるには、こうして自分に自覚させるしかなくて、ほんの少しの、あのときはなかったほんの少しの勇気を貰うためには、この振る舞いが必要。それだけですの。
「じゃあレンは私が疑いすぎだって言うの?」
「そうじゃないんだ。ただ、そんな、ここの外に出るだなんて……いいことのようには思えない。それに、相当な危険を伴うはずだ」
「それしか確かめる方法は無いじゃないのっ!」
「しっ。大きな声を出したら他の子にも聞こえちゃうよ……管理人さんも聞いているかもしれない」
「まあまあ、二人とも怒らないでくださいな。ほら、食堂の職員さんに紅茶の入れ方を習いましたのよ。桜も梅も綺麗ですわ……ひとつ、休憩しましょうよ」
こういったことを切り出すと、ユリさんがわたくしを睨み付けます。
「シャーリーは真面目に考えているの?」
とても怖い。
だけど、このひとつひとつに言い返すくらいのことをしないと、ユリさんは本当に離れていってしまいますわ。ごめんなさい。本当のわたし。今は高飛車なわたくしの力を借りさせてくださいな。
「ふっ。わたくしは至って真面目ですわ。ユリさん、レンさん。今考えてきたことは全てぶつけて、出尽くしたでしょう?だから一息ついて、もう少し考えを進めてみましょうと言っているんですの」
「……なるほど」
「ユリ、シャーリーの言うとおりだ。今は少しお花見をしようよ。淡い色が綺麗だよ」
ほっ。どうにかなりましたわ。
しかし、この状態がずっと続くのは避けないといけませんわね。こんな口先で騙せるのは最初のうちだけですの。もしわたくしが臆病で、弱虫の、口だけのやつと知れてしまったら、もうユリさんを止めることはできないのですから。
レンさんは、あのときのわたくしよりはものを言えるし、行動にも移せますわ。それに、ユリさんとの絆も、わたくしと友人のそれよりもずっと強いように見えます。ですけど、だからこそ、ユリさんが我慢できなくなったときに、一番傷つくのもおそらくレンさん。
ある意味では、あのときのわたくしたちよりも厳しい状況ですのね。
時おり紅茶をすする音、風の音、遠くから他の子の声だけが聞こえる、じぃっとした時間が過ぎて行きます。
「おーいっ!ちょっとそこの君たち?」
と、遠くからこちらに他の子が近づいてきます。あれは……あまりお話ししたことはありませんが、賢いと噂の二人と、もう一人。ああ!食堂でお会いしたことのある方ですわ。
「やー、あなたたちもお花見かい。ちょっと私らも混ぜてよ」
「……はい」
「ああ、ごめんごめん。どうぞ座ってくれ」
「はいよー。じゃあ私はアサリの友の隣に座らせて貰うよ」
ホタテの友さんがわたくしの隣に座り、そのとなりに頭の後ろで髪を縛った子と、おでこの子が座りました。
よかった。他の子が混ざってきたおかげであの話を続けられなくなりましたわ。これならあとでもっと深く、冷静に考えることができますの。
「あ、あなたたちもこれ。よかったら飲もうよ。なんだかおいしいんだ。このぶどうジュース」
「このさやえんどうと一緒に食べるとうまいぞ」
「私らはすっかり魅了されてしまった」
「えっ、あの……いただきます」
ほっとしているうちに次々とジュースが注がれて、シートの中心にさやえんどうを盛ったざるが置かれました。
「……ぶどうジュースにさやえんどうって合うの?」
「合うとも合うとも」
アサリの友はぐいぐい勧めてきます。本当なのでしょうか?疑わしいんですの。しかもこれ、このぶどうジュース、明らかにお酒ですの。ああ、いやーな思い出が……
「えー……本当にぃ?」
ふふふ。ユリはやはり半信半疑ですわ。レンはそれほどでもないようですが……まあわたくしは平気です。わたくしはお酒なら大丈夫でしたし。
「ささ、早く食べてみなって。ユリ」
「えっ!?」
「なっ?」
な!?なぜ、わたくしたちしか知らない秘密の名前を……アサリの友さんが知っているんですの!?
「あーあ、切り札最初から使っちゃ駄目じゃないか」
「いいんじゃない?遅かれ早かれだよ」
「ど、どういうことですの?」
「あははっ、ごめんね。レン。ユリ。シャーリー。あなたたちの話を聞いちゃってた」
全部ばれてましたの?でしたら大変なことに……!ここを脱走しようと考えていることなんて、このまま噂が広がれば見つかってしまう!
「コードネームなんでしょ?」
「コードネーム……?」
わたくしの心配も束の間、アサリの友さんは妙なことを言い出しました。
「そう!作戦遂行のための秘密の名前さっ!」
「すまない。よく分からないのだが、作戦?何の話だ」
面食らっていたレンが少し気を取り戻し、アサリの友に切り込みます。
「あなたたちはここから出る計画をしているんだね?」
「……全部聞いていたか」
「ああ、警戒しないでくれ。こいつが言いたいのは君たちと敵対する気はなくてむしろ……」
「そう!私たちでよければあなたたちの計画に参加させてくれない?」
……はい?
「外の秘密を探るのを手伝わせてちょうだい、と言っているんだよ。見返りとして私たちのコードネームを考えてくれれば、協力は惜しまないよってことだね」




