1.6x10^7kW
三寒四温と言いますが、この頃の寒暖差は本当に堪えますね。発電少女たちも彼女ら用の特殊な空調が使えない今、気温の激しい変化に身体がついていけず、薬を処方してもらっている個体がそこそこ見られます。恥ずかしながら、私の夫も娘もダウンしてしまい、どうにか一番上の息子が面倒を見てくれています。本来なら仕事を休みたいところだったんですけど、要注意個体を三人も抱えている現状では休むに休めません。
そんな私の苦悩とは無関係に、現在広間にて比較的幼い発電少女たちを中心にアニメ観賞会が行われています。電力が足りないとか言っているわりにそんなことをしていられる余裕があるのは一昔前に流行った、いわゆる省エネ家電(注:省エネルギー家電製品の略称。発電少女発電が確立される以前はこの型の家電製品が一般的で、政府も導入に援助金などを支出していました。現在では発電量の大幅な増加によりその存在意義を見失いつつあります)を使用しているからなんだとか。その大型ディスプレイだったり、支給されたこたつなんかがそうですね。ちなみに上映演目は『サムとジェシー』、カートゥーン調の猫とねずみが繰り広げる幼児向けドタバタコメディです。
「あはははっ!サムはおばかさんなの!」
「ジェシーがインチキにも見えるけど」
「……次、見よう。次。リモコンは?」
「あっちにある。ねえ、リモコンとってよ」
「やだよ、めんどうくさいな」
現在ディスプレイの前にいる発電少女は五人。皆、ぴょんと立った癖毛が登頂部にあったり、耳の上辺りで髪が横に跳ねて犬のようになっていたり、おさげ、長い三つ編み、伸ばしっぱなしでボサボサの髪と三者三様、十人十色に個性が出ています。
「いーじゃん、みんなで見てるんだから。ほら早く」
「……ねこ、命令する。私の代わりにリモコンをとってくるんだ」
よほど面倒なのかボサボサ髪の発電少女はこたつに入ったまま、猫(注:生きている方です)に話しかけるばかりで一向に動こうとしません。結局、おさげの発電少女がリモコンを拾い、次の話が始まりました。どうやら機器は旧式でも繋がっているのは発電所のネットワークであるようで、いちいちディスクを入れかえなくても済むようです。リモコンだなんて懐かしいなと思っていたのに、さすが、我らの電力を支える彼女らに支給されるだけあって予想以上にハイテクでした。
センセーショナルなテーマ音楽と共にがるる、ぐるるるとディスプレイ内から企業ロゴのライオンが吠え、タイトルが表示されます。『たのしいクルーズ』。この話は私も知っています。水夫に扮した猫とねずみが題にある通り、クルーズ船の上でいつも通り事件を起こすのです。
「あーあ、キッチンがめちゃくちゃなの」
「……あえてチーズを隠さない方が良いのかも」
「隠すのもめんどうそうだし、私はそれに賛成」
「だれも決なんか取っていないんじゃあ……」
「ねー、静かに見ようよ聞こえないよ」
「……じまく、する?」
リモコンの字幕ボタンが押され、ディスプレイ下に字幕が表示されるようになりました。
「うわ、読めないや」
ただし英語です。
「……ごめんなさい」
「元に戻すの。リモコン貸して……ありゃ?」
「音が消えたね」
「もー、普通に見ようよ普通に!」
微笑まくて懐かしいリモコンの奪い合いが起こっています。当時活躍していたアイドルのファンだった私はどのチャンネルに合わせるかで夕食時よく父、母、そして兄弟と闘ったものです。それも、テレビに限らず情報端末が広く普及してテレビを奪い合わずとも手元で見たいものが見られるようになった今ではなかなか見ることができない光景です。文化遺産とは言いませんが、前世代の遺物ですね。
「もっかいしょーおんボタン押したらなおるよ」
「……どれ?」
「ちょんちょんちょんが左についている漢字と、四角に棒が一本入っているのが下についている漢字が並んでるやつ」
「……?」
「あーもうめんどくさいな。リモコン貸して」
ボサボサ髪の発電少女にリモコンが手渡され、彼女が数回操作するうちに消音が解除され、音量が一だけ大きくなり、字幕が日本語、しかも全てひらがなになりました。
「ほら」
「わお、リモコンのプロフェッショナルなの!」
「最初からそっちでリモコンを操作すれば失敗しなかったかも……」
「失敗から学ぶこともあるの!鉄棒の時もそうだったでしょ?」
「なるほど。そうだね」
「開き直りやがったよ……」
ああ、ありましたねそんなこと。その時も確か私が担当でした。癖毛の発電少女と犬耳の発電少女は鉄棒の練習をしていたあの二人なんですね。ところでこのボサボサ髪の発電少女、どうやらリモコン操作に相当明るいようです。こたつの導入以来ディスプレイの前から動こうとしない個体がいるとは聞いていましたが彼女のことで間違いなさそうです。
「……モップが」
「痛そうなの」
「あれを床に置いてはいけないということだね」
「でもこれはボウルを持ったまま走っていたサムが悪いよ」
「……」
寝始めたボサボサ髪の発電少女の腕をするりと抜け出し、猫は今おさげの発電少女の腕の中に収まっています。おさげの発電少女は視線こそディスプレイに釘付けですが、手を使って猫を撫でたり指で遊んでやったりとなかなかに器用です。日頃からスキンシップをとっている証拠でしょう。
「あら?皆さん何を観ていらっしゃるのかしら」
おお、要注意個体c030が移動してきましたね、a076も引き連れています。二人は私の引き継ぐ半時間ほど前から食堂で会話を楽しんでいました。身長を伸ばすにはどうしたらよいか、という内容だったそうで、私の前の方から一応録音したので特別な警戒は要らない、との報告を受けました。
「ああ、あれは『サムとジェシー』というアニメでね。いっつも同じことばっかりしているんだけど、たまに観ると面白いんだ」
「……ふっ。観ているのはお子さまだけではなくて?わたくしはちっとも興味ありませんわ」
口ではそう言うc030の視線はディスプレイの方に引っ張られています。発電少女の中でも特に目ざといa076がそれに気がつかない訳がありません。
「シャーリー、観たいの?」
「い、いええ。ちっともそんなことは……」
「おーい、そこのみんな。ボクらも一緒に観ていいかい?」
「ちょ、ちょっと?レン、だからわたくしはちっとも……」
「一緒に観てもいいってさ。シャーリーはそうじゃないかもしれないけれど、ボクは観たいんだ。どうしてもダメかい?」
「しかたがありませんわねっ」
ああ、なんともまあ簡単に乗せられていますねぇ。c030のことをa076は完璧に見抜いているようです。そういえばa076はb052の扱いも上手ですよね。ジーニアスとは言わないまでもなかなかの素質を持っているようです。ちなみに現在、b052は……ん?外にいますね。他の個体は一緒ではないようです。今日は昨日よりは寒くないとはいえ、体調を崩さないか心配です。しばらく戻らないようであれば放送で促すとしましょう。
さて、みなさん静かに鑑賞していますねぇ。ボサボサ髪の個体は相変わらず寝ているだけですが、他の個体は夢中になるあまり無言になっているようです。特にc030の表情変化が豊かで面白いですね。普通身体的に成熟した発電少女は徐々に感性が鈍くなるものですが、c030は未だにあどけなくて鋭敏な感性を持ち合わせているようです。これが人ならその大人びた身体と相反する幼さがある種の層に大ウケすることでしょう。彼女が天然モノ(注:美容整形および脳への電気ショックによる性格矯正手術を受けていない人、特に男性がそのような女性を指していう俗語。対義語は養殖モノ、人工物など)というのもポイントでしょうか。現にa076は『サムとジェシー』よりもむしろそんなc030を横から眺めることに夢中になっているようです。
そのまま特に何事もなく彼女たちは鑑賞をつづけています。平和です。いっそのこと他の発電少女たちも更に多くの時間を映像鑑賞に費やすようになればいいのに。まあ、観察の主な目的は研究であるため刺激が単調な状況はあまり好ましくありませんから非現実的な願いだといえます。
っと、そんなことを思っているそばから動きがありました。
「このねこはあまりサムに似ていないね」
「種類が違うだけなの」
アニメの中のサムが猫というにはあまりにも手元の猫に似ていないということに気がついたようです。ちょうどひとつの話が終わって区切りがついたタイミングで議論が始まりました。テーマは『サムが猫か、否か』です。
「……みゃあおと言っているよ、サムは」
「このねこはそうやって鳴くのかな……?」
「ねこ、鳴くの」
みゃあおう。という声が聞こえました。呼び掛けに答えたのでしょうか。遺伝子改良済ということもあり、お利口さんな猫ですねえ。
「やっぱりサムもねこなの!」
「ボクが図鑑で見たのもこのねこに似ていたよ。むしろサムとは似ても似つかない」
「ふっ。そうかしら。わたくしたちが知らないだけで世の中にはたくさんのねこがいますのよ?サムのようなねこだっているかもしれませんわ」
「本当にいたら少し怖い気がするんだけど……」
「言われてみれば、そうですわね」
「私たちよりも大きいかな?」
「ボクよりは大きそうだね、確かに」
「お、大きいねこだってきっといるの!」
発電少女たちはぎゃあぎゃあと騒ぎ始めました。その素直な好奇心を満たしてやりたいと同時に、やはり、教えてはいけないとも当然思います。何故か。今の彼女らの思考に『外』へ出るという選択肢を与えかねないからです。もし一人でもその事を考えてしまう個体が発生すればすぐに集団活動へと発展するでしょう。あまつさえ脱走を企てる可能性すらあります。
彼女らがここを離れることはすなわち一人につき1.5×10^7kwhの発電能力の喪失を意味します。これは一般人の生活をただ打撃するのみならず、経済機能の停止など人類にとって多大な損失であり、回避されなければなりません。
しかしながらこの体制に疑問を持つ人々は少なからず存在します。そういえば先日も人権団体が押し掛けてきていましたねぇ。発電少女を解放せよ、と。
愚か者共です。彼らの車や靴、服用している薬、果ては食料や飲み水に至るまで今や発電少女の電力を利用していないものなど在りません。今さら核分裂や火力などの危険なエネルギーか、あるいは太陽光、風力や潮力、核融合等その他のかつて『クリーンエネルギー』と呼ばれた非効率エネルギーを使った生活に戻ろうだなんて幻想を抱くのもいい加減にしてほしいものです。そのような発電プラントをいくら増やしたところで発電少女発電の前には足元にも及ばない。ええ、確かに彼女らには人に共通するところがありましょう。知性も当然ながら存在しますし、人と同じものを食べ、人と同じように寝ます。
ですが、だからなんだというのでしょうか。
彼女らが人と似たような生活をしているのは、それが一番高効率であるからです。我々は人類であり、彼女らは発電少女。
言ってしまえば、たまたま燃料の姿が人に見えるというだけなのです。
おっと、おもわず熱くなってしまいました。きっと疲れているのでしょう。集中しなくては。
ええと、彼女らは未だに議論しているようですが……あっ。ボサボサ髪の発電少女が騒ぎに耐えられずに起き上がりました。睡眠を邪魔され、著しく不機嫌であるようです。
「あー!!うるさいよもうめんどくさいな。サムがねこがどうかなんてすぐに確かめられるよ」
「えっ?」
ばさばさと髪を頭をかきなから、リモコンを手にするボサボサ髪の発電少女。
「ここに映ってることを全部ねこにやってみて、反応を見ればいいじゃないか。同じならねこはサムと同じであると言えるだろ?」
「ぜ、全部って。ちっとも簡単じゃありませんの!」
「ボクらじゃ同じことができそうにないものもある」
要注意個体二人の反論に対して、ボサボサ髪は心底面倒そうな顔をしました。
「んじゃ、私的に一番簡単だと思うのはね、これかな」
チャプターメニューから本編を再生し、あるシーンで一時停止の操作が行われました。
「これみたいにさ。手をおもいっきり棒でぶっ叩けばいいよ。ぷくーって腫れたり、叫び声をあげたり、怒ったり……三つくらい当てはまればいいんじゃない?」
ああ、発電少女たちがねこを追い回し始めました。ボサボサ髪の発電少女のみ、寝室に移動し、残りの彼女らは各自棒状のものを持って走り回っています。今回に限っては、冷静な性格だと思われていたa076も一緒です。
止めた方がいいのでしょうか?このままだとせっかく導入されたねこが撲殺されることになるかもしれません。報告書を書かされることになりますかねぇ。しかし、おそらく遺伝子データはすでに記録済であるはず。それをもとにコーディネート(注:生物が胚の時点で遺伝子操作を行い、任意の形質のみが発現するようにする技術。例えば近ごろ一部女性の間で我が子のコーディネートが流行っていますが、これは我が子が現社会において不利な遺伝子を発現するのを防ぐのが主な目的です)すればほぼ同じ猫を産み出せますし、なんならもっと素早くしてしまえばいいのです。データを取ることができるかもしれませんし、このまま記録を続けましょう。
あっ。そういえばb052はどこに……ああ、廊下ですね。広間に入るようです。んっ!?ダメです!今扉を開けてはっ……ああ……。やはり止めるべきでした。
「痛っ……」
「だ、だいじょうぶっ……な、の?」
癖毛の発電少女がねこをめがけて降りおろしたおもちゃの剣がb052の額を直撃しました。当たりどころが悪かったのか、b052は額から出血しているようです。その足元に猫が隠れています。
「……何をしてた?」
「い、いや!ちょーっと確かめようとしてねこを叩いてみようって思っていただけなの!あなたを叩くつもりはなかったの!ごめんなさい、今すぐ管理人さんに電話するの……」
「ふざけないでよっ!!」
何事か、とざわついていた広間が静まり返りました。b052と接触機会の多いa076とc030までもが突然声を荒げたb052に驚いたのでしょう、硬直しています。
「何よ、叩いてみようって!言い出したのは誰!?馬鹿じゃないの。誰だって、ねこだって叩かれたら痛いに決まってるんだよ?どんなにヘーキに見えても、言葉をしゃべらなくても痛いものは痛いの!あなたはねこに痛いことをされたことがあるの?ないでしょ。この子は優しいの。叩かれる理由なんてない!あなたは叩かれたい?違うでしょ!?」
もう癖毛の発電少女は泣いてしまっています。それでもb052の怒りは収まる気配を見せません。はっきり言って異常事態です。要注意個体b052は現在『崩壊』が進行中であるとの報告を受けていますが、これはきっと『崩壊』の影響でしょうね。
「誰が進んで叩かれたいものですか!やらなきゃいけなくたって痛いものはイヤ。私はそう思ってるわ!」
「ご、ごめんなさっい」
「知らない!ねこはしゃべれないの。あなたの事なんか許さないかもね」
b052は足元のねこを抱き抱えました。そのまま寝室に向かっています。そして寝室に入る寸前に立ち止まり、他の発電少女たちと同じように棒切れを持って硬直しているa076とc030を一瞥、いや、睨み付けて、寝室に入っていきました。
……さてと。私の今日のシフトはここまでですね。厨房の彼と養護教諭に連絡して消毒と絆創膏を手配してもらはなくては。広間にいる発電少女たちのメンタルケアも手配する必要がありますね。あと、上への報告もです。ただ、私は今日早く帰らなくてはならない家庭の事情がありますゆえ、引き継ぎの人がしっかりやってくれるとよいのですが。
始末書は……これはさすがに私が書かないといけなさそうですね。はぁ。あのとき止めておけばこんなことには……
こうして今日も、発電少女たちの何気ない生活のおかげで、地球は明るく輝いているのでした……




