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 雪や霰がこんこんと降る今日、発電少女たちは庭を駆け回るようなことはせずに全個体が室内にいます。一人くらい外に出ていても不思議ではないのですが、何らかの事故で短絡を起こされたり死亡されたりするよりはマシです。彼女らがいつ雪だるまを作り始めるかを研究している方もいるそうですが、その研究は当分始められそうにありませんね。

 さて、実は今日は特別に注目するべき事項があるとのことで、私が引き継ぐときにはすでにカメラが三台ほどある対象に注目していました。今日に限り要注意個体と同じ扱いになるそうです。その対象とは猫。こたつに遅れること数日、我々の発電所に猫および人工猫が導入されました。


「あれなに」

「いきものなの」

「それは見たらわかる」

「かわいいの。こっちに来ないかな」

「やわらかそうだね。さわってみたいけど……」

 広間に入ってきた発電少女がすぐに猫に気がつきました。彼女は少し怖がりのようですね。それに対するもう一人の発電少女は猫に興味津々なようで、緊張した様子で床に伏せる二匹の猫に目が釘付けになっています。

 それはこたつに入っている他の発電少女たちも同様で、広間にいくつかあるこたつから一斉に好奇の視線が注がれています。

「ね、ね。あれさわってきてみても良い?」

「分からないな、ボクには。さっき職員さんは『ねこ』という生き物だと教えてくれたけど、それ以上のことは教えてくれなかった」

「待ってくださいませ、知っていますわよわたくし。えっと、ねこ、ねこ……思い出しましたわ!確かライオンの仲間ですの」

「ライオンって、あの……肉食の。」

「そうですわね。『星になったゾウ』にも出てきたあの生き物ですわ」

「……うっ。思い出しただけで涙が出てきちゃった。何でゾウさんが死ななくてはならなかったのよ……」

「泣いている場合じゃないよ。ライオンの仲間ということはつまり、あれも肉食の可能性が高いということさ。ボクたちが近づいたら食べられてしまうかも」

「えっ……」

 要注意個体たちは意外にも猫のことをよく知らないようですね。ライオンの仲間というのは間違ってはいないのですが、ライオンがむしろ猫の仲間であり、その逆転した順序のせいで彼女らは今猫を狂暴な生物であると認識しかけているようです。

「あれは猫だな」

「猫だね」

「アメリカン・ショートヘアー、だっけ」

「うーん、それにしては毛が短すぎないかい」

「でもあの毛並み、間違いない」

「君はもしかして詳しいのかい」

「つい最近猫を飼っている人間が主人公の小説を読んだ。そこに書いてあった通りの見た目をしている」

 勤勉な二人の発電少女のうち片方は猫に詳しいようですね。日頃から好奇心の強い方だと思われるこの二人が猫に反応したのは良いことです。この機会に彼女らの興味が猫に向いていてくれると我々も気を揉まなくてすむようになるかもしれませんし、要チェックですね。

「さわってこよーよ」

「えぇー、いいよ面倒くさい」

「……あんなにかわいいいのになぁ」

 一方で、同じこたつに入っているこちらの幼い発電少女二人は興味を持っていないか、あるいは積極的に接触を試みない程度の興味しか持っていないようです。先ほど広間に入ってきた発電少女と外見的な年齢はさほど変わらないように見えますが、やはり人間と同じように好みに個体差がありますね。

 あらら、全個体が黙ってしまいました。見つめる発電少女たちと見つめられる猫たちとの間に産み出された、それぞれの思惑が混ざりあった何とも言えない緊張感が膠着状態を演出しています。

 なんだかこうしてみるとふと、我が家に新しい家族が来たときのことを思い出します。お互いに気になってはいるのに話しかけられないもどかしさ。とすると発電少女と猫たちと同列に語ることができるのかも、いえ、それは暴論ですか。しかしペットが欲しいと言った個体はどうやらこの場に居ないようですから、発電少女たちはそこにいる動物が自己より下等な存在であることを本当に認識していないようです。この場において発電少女たちと猫たちは平等。互いに対する無知が、皮肉にも異種族間の平等を形成しているのですね。

 そしてその均衡を崩しうるのは知識、もしくは、どちらか一方あるいは両者の大胆な歩み寄りです。

「……それで結局、どこに行ったのか分からなくなってさ」

「へえ。私が寝ている間にそんなことがあったんだ」

「本当に寝ていたの?」

「その日はだいぶ疲れていてねー。風呂に入ったらすぐ……どうしたの皆?」

 大きめの発電少女が二人、広間に入ってきました。片方は空手の胴着を着ていますね。硬直している空気を察して、胴着の発電少女が会話を中断します。それに連鎖して、もう一方の発電少女も部屋の異変に気がつきました。

「みんないったい何を見て……あっ!」

 そしてそのまま広間の中心へ、すなわち猫たちへと突進しました。周囲の発電少女が制止する間もなく、突然の接近にも動じない猫たち(注:猫には実験に影響を与えない範囲で遺伝子操作が施されており、従来に比べておとなしく体毛や爪の伸びにくい個体となっています。また人工猫は同様のおとなしい振る舞いをするように設計されています)の元へとたどり着き、そのうちの一方、本物の猫をひょいと抱き抱えます。

「きゃあぁぁ!ねこだ、ねこ!ようやく来てくれたんだぁ」

 黄色い声って誰が教えずとも出るものなんですねぇ。どうやら彼女がペットを要求した発電少女であるようです。ぎゅむ、という擬態語が聞こえる気がするほど強く猫を抱いています。猫は苦しいのかじたじたと暴れるのですが、その事を彼女が意に介しているようには見えません。それほど恋しかったのでしょうか。

 おっと、猫に接近した程度では危険でないと分かった周囲の発電少女たちがざわつき始めました。様々に声が聞こえますが、おおむね触りたい、という声が多いようです。さて、誰が次の行動を……お、空手の胴着を着た発電少女が動きました。

「これがさっき君の言っていた……」

「そう、ねこ。この間の物資要求でね、ペットが欲しいって言っておいたんだ。その時にどんなペットになるかは分からないって言われていたんだけど、まさかねこちゃんが来るだなんて!あー、可愛い癒されるぅ」

「癒し、ねえ。確かにこれは可愛いかも。なんだか大人しいし」

 胴着の発電少女がもう一匹の猫をつまみ上げました。こちらは人造の猫です。首根っこを支点にぷらりぷらりと揺れています。本来あのつかみかたはあまりよくないのでしたっけ。どちらにせよ猫にインプットされている人工知能が発電少女を傷つけることはないので今のところは安心です。

 おやおや、猫と安全にふれあう二人を見て他の発電少女たちも猫の周りに集まってきましたね。

「ね~、私にも触らせてよ~」

「いいよ。はい」

「あ~、あったかい~」

「その持ち方は絶対に間違っているよ!」

「ふっ。これだからなにも知らないシロートはいけませんわ。ほら、こちらに寄越してごらんなさい」

「触りたいならこっちのもどうかな」

「あぁ、この何とも言えない抱き心地、言葉になりませんわ……」

「あの抱きかたも間違えているよな」

「うん、こちらからだとそう見えるね」

 この様子を見る限り、発電少女たちの要求は満たせたようですね。

 しかしまあ、良くできているものですね。発電少女たちは片方が人造の非生物だとはまだ気がついていないようです。体温もあるし特別に固い部品(注:発電少女たちの安全に配慮したため、投入された人工猫には最低限の金属部品しか使用されていません。また人工猫及びその人工知能の開発には発電少女発電所の独自技術を要し、その詳細は関係者以外には秘匿となっております。技術提供の有無については発電少女発電所日本支部ホームページ『法人向けの技術提供について』をご覧下さい)を使っているわけではないので当然と言えば当然かもしれませんが、もはやクローンでなくとも細胞の模倣が可能とは、素晴らしい時代になったものですねえ。それもこれも、発電少女発電の高効率エネルギー運用に基づいた我々の努力の賜物であるといえるでしょう。

「あっ!逃げた」

「うっわ、速っ!?」

「捕まえるの」

「ムリだよ」

「きっとできるの」

 暑苦しかったのでしょうね、本物の猫は発電少女の手を逃れて逃げ出してしまいました。しかし、不思議と追いかける発電少女がいません。代わりに人造の猫に群がることがないのを見ると、発電少女には猫を独占しようという欲があまりないのでしょうか。もしそうだとすれば、発電少女たちにある一定以上の所有の欲は発生し得ないということの新たな裏付けになるかもしれません。また一つ、研究課題が増えたようです。

 猫が一匹去った(注:四番モニターにて逃げ出した猫の居場所を追っています)ことで、発電少女たちは散り散りにこたつや食堂へと移動していきます。もう一匹の人造の猫は猫を要求した発電少女の腕に抱かれています。

 ところで人造の猫には一定時間ごとに学習した情報などをこちらに送信するプログラムが施されています。本部いわく、学習を通して人工知能を本物の生き物に近づける試みの一環なのだそうで。彼は今から食堂につれていかれるようですから、今日は食べ物に関する報告が多くなるに違いありません。まずは舌から本物に近づいていくのでしょう。このままいけば、時が経てば経つほど発電少女たちは人造の猫と本物の猫の区別がつかなくなっていくはずです。

 そうすればいずれは人造の人間などというものも作り出せるようになるはず……いえ、意味がありませんね。人を作りたいのであればクローンで十分ですし、よく考えれば人造の猫も娯楽以上の意味を見いだせないでしょう。本部は何を考えているのでしょうかね。

 ん、いや、なるほど。

 娯楽のために、人造人間を作り出すのであればアリ、ですね。

「結局凶暴じゃなかったじゃない!脅かさないでよ」

「で、でもライオンの仲間というのは本当ですわ」

「まあまあ、間違えたのはボクなんだし。ケンカしてもしょうがないよ」

「それにしても可愛かった~」

「次は絶対にもっと触ってやる」

「目が怖いよ……なにもそんなにしっかりと決意しなくても」

「そうだよ。私なんか触れなかったんだし」

「それは絶対あなたがおかしい」

 こたつに戻った発電少女たちは多少なりとも猫に影響を受けているようですね。猫の投入はよい研究を産み出してくれそうです。ともすれば、発電少女が将来人間を所望したならば、きっと我々は今日と同じように、生きた人間と人造人間の両方を与えるのでしょう。

 なんだか年甲斐もなくワクワクしてきてしまいました。

 さて、ちょっと早めですがもう時間です。再び白衣に袖を通して電極やカラフルな溶液、臓器なんかとにらめっこする仕事に戻るのは億劫ですが、もともと無理を言って定期的にシフトに混ぜてもらっているのですから、諦めなければならないでしょう。こんなに発見のある仕事にずっと就けるの方々が正直に言って羨ましいです。


 こうして今日も、発電少女たちの何気ない生活のおかげで、地球は明るく輝いているのでした……

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