1.3x10^7kW
寒さもだんだん厳しくなってくるというのに、ここでは節電のために通常用いられている冷暖房器具は全て昼間使用制限を行っております。代わりにこたつが届きました。また、大浴場の風呂も夜の数時間しか利用できない措置がとられています。ここモニター室ですら例外ではなく、室内であるというのに皆さん厚着をしています。それもこれもある新人のミスのせいであるのですが、その彼は今まさに発電少女たちと同じ空間にいるはずですので十分制裁は受けているのでしょう。それに少しのトラブルでこんな事態になり、同時期に投入されるはずだった愛玩動物も準備が遅れているだなんて、そもそもの上層部の運営方針に問題があるとしか思えません。
それはさておき現在、大浴場の利用が制限されると知った発電少女たちの多くがこたつに籠るか、あるいは解禁から終了まで風呂でのぼせるようになってからというもののもっぱら監視は広間及び大浴場に集中しています。私もそれを今引き継いだのですが、珍しいことに、食堂に発電少女がいるようですね。先ほど食事を受け取ったのでしょうか、今のところ一人のようです。
「さて……」
貝の髪留めをした発電少女が一人、テーブルに腰かけています。髪が少し濡れているところを見ると、風呂を出たばかりのようですね。彼女の前には彼女が注文した夕食が置かれています。
「味わうとしよう、ゆっくりと。このときを待っていたのさ」
ぱちん、と箸を打ちならしつつ手を合わせ、さっそく食べるのかと思えば一呼吸をおいて
「やはりこの香り。これが、たまらないんだなー」
どうやら何かこだわりをもって選んだメニューのようですね。どれどれ……茶碗に持った白米に、それなりの量の具が入った汁物。そして一際目を引くのは、大きめの皿に二つ……いえ、三つですね。三つの貝を使った料理が盛られていて、バターがのっています。
察するに、ホタテでしょうか。
「では、まずいきなりいくとしよう」
あ、彼女は箸の持ち方がとても綺麗ですね。あれならどこに出しても恥ずかしくないでしょう。是非ともうちの娘に見習って欲しいものです。華麗に箸を使役しつつ、大きな貝のひとつをつまみ上げ、そのまま口に一つ入れました。おお、ホタテからしみだした汁で唇が艶やかに濡れ、とても美味しそうに見えます。
うむ、うむ。と何度も頷きながら、髪留めの発電少女はホタテを咀嚼し、飲み込むかと思ったら、そのまま白米を口に運びます。
んふっ。ふふふっ。と髪留め発電少女が笑います。ある種不気味でありながらも、明らかに幸せを感じているのがわかります。短絡は、うーん、今のところは無さそうです。
「生きていて良かった」
この発電少女、なんだか他の発電少女にはない感性を持っているようです。そのまま二つ目の貝をつまむと、今度はは丸ごと放り込むのではなく、半分ほどだけかじりました。じわりと溢れた汁が垂れそうになるのをすすりつつ、残りの半分を白米の上に載せ、しばらくそのままで咀嚼。汁がある程度白米に吸われたところで再び箸を動かし、一気に白米をかき込んでいきます。
正直なところ、かなり羨ましいです。
発電少女たちに提供される食事のほとんどは研究施設(注:発電少女発電所から特別に枠を設けて電力を買っている諸研究所およびその関連施設。研究の一部に優先的に発電少女発電所において実用化することを目指しているものが存在します)において栽培、養殖、加工の方法を考案された食材が殆どで、彼女の食べているホタテ、ひいては白米ですら恐らく私たちの知るものではありません。しかし、それでもやはりおいしいものはおいしいはず(注:発電少女の味覚は人間のそれに類似していることが判明しています。具体的には、味蕾の分布が九割強一致しており、甘味、苦味を知覚する味蕾の割合がすこし高めです)ですから、今すぐにでも酒を片手にホタテバターをつまみたくなります。が、残念ながら今は勤務中。さっさと帰りたいですねー。
「こちらはどうかな……うむ。良い味が出ている」
ずずず、と汁物をすすり、もう一度すすって一言、満足げにつぶやきます。あ、汁物までもホタテのようです。ほどよく濁ったその汁は海鮮の旨味が凝縮されているはず。あああ、ああ。こんな仕事やらなきゃよかった。なぜここには彼女の食べているものと同じものがないのか……いやいやいや集中、集中。それにしてもおいしそうです。
と、もう一人食堂に入ってきましたね。比較的大きな体格にボリュームのある毛髪の、識別名c030、要注意個体です。こちらも髪が濡れており入浴を済ませたあとのようです。先刻見かけたときにはまだ広間に居たので、入浴時間は比較的短時間であったと考えられます。えっと、たしか彼女は自身の第二次性徴における身体の変化をコンプレックスに感じているために早朝で入浴をしているのでしたっけ……
あっ。なるほど。現在早朝の入浴が認められていないために素早く済ませてしまわなければならないのですね。ならば、やはり。他の要注意個体であるa076とb052も同時に入浴を済ませているようで、こたつに入ってだらけていますね。食事に来たのはcだけのようです。
cは食堂の彼と二言三言交わして、少しして食事を受け取り、もう一人の発電少女の存在に気がついたのでしょう、席につきました。髪留めの発電少女のちょうど対角に位置する席です。一方の髪留めの発電少女は汁椀を持って未だほのかに立つ湯気をくゆらせるのに夢中でcの存在には気がついていないようです。ところが、一方のcはどうも髪留めの発電少女に用があるようで、ちらちらと髪留めの発電少女に目をやりながら、手を伸ばしかけ、止めて、口を開いて、口をぱくぱくとして、止めて。うまく話しかける方法が見つからない、といった感じです。
これは幸い。今のうちに連絡連絡っと……はい。ええ、要注意個体c030が一個体に接触中。貝の髪留めをしていて、今までc030とのコミュニケーションを伴う接触がなかった個体です。はい。では【この情報は一般公開されていないため表示できません】、そちらでも確認をお願いします。
さて、会話は始まって……いませんね。どうやらcはとりあえず食事を優先することに決めたようです。品目はグラタン、いや、リゾットです……おや、cも貝を食べているようですね。リゾットの中に貝の身らしきものがたくさん確認できます。ここからでは何かよくわかりません。ですがホタテではないようです。特に感慨に浸ることもなく、ふうふうと吐息でリゾットを冷ましながらちびちびと食べています。それなのに、時々熱そうにしているところを見ると冷ますのが下手なのか、あるいは猫舌であるようです。
また、cはリゾットの他にマグカップに入れたスープのようなものも用意しているようです。うーん、クラムチャウダーでしょうか。リゾットとクラムチャウダーってどうなんでしょう。私見ですが、その二品目はどうもジャンルが被っているように思えてなりません。
と、髪留めの発電少女に動きがありました。自身の食事を終え、食器を持って立とうとしたままの姿勢でなにかに気がついたようにcの方に顔を向けています。何かを疑っているような目です。
髪留めの発電少女はそのまま食器をテーブルに置くと、すたすたとcに接近しました。
「ねえ」
「ふひゃああっつうふぅっ!?」
突然声をかけた髪留めの発電少女に驚いた勢いで冷ます前のリゾットをそのまま口に突っ込んだcが悲鳴をあげます。こちらはこちらで食事に夢中で髪留めの発電少女の接近に気がつかなかったようです。しかし、涙目になりながらも、cは応答を試みます。
「なっ、なんですのっ?何か質問かしら……けほっ」
「そのリゾット、入っているのはアサリだね?」
「あ、ああ。そうらしいですわね」
ああ、なるほど。確かに大きさ以外はアサリですね。私の知っているアサリより二まわりは大きいアサリ。本当に食べてて大丈夫なのでしょうかね。
「どうしてホタテじゃないの?」
「え……ホタテ、ですの?わたくしはただなんとなく、今日は久しぶりにアサリが食べたい気分でしたので。係りの方にその旨を尋ねましたらこちらのお料理を渡されましたのよ。リゾットとクラムチャウダーって、なんだか微妙に被っているように感じられませんこと?」
あらら、感想が被ってしまいました。
「確かにそうだね、でも重要なのはそこじゃないよ。今はアサリよりもホタテがおいしい季節なんだよ、知ってた?今ならきっとアサリを食べるより、ホタテの方がいいよ。ホタテ、年中おいしいけど特にこの寒い時期がいいんだ」
「へえ、それは知りませんでしたわ。でもこのアサリもなかなかですわ。たしかあなたは先ほどホタテを召し上がっていらしたでしょう、ここでひとつ食べ比べてみませんこと?」
cに促され、じゃあ……と待つ髪留めの発電少女の口にcがリゾットを運びます。あっ、冷ますの忘れてる……
「あっつ!?はっ、はふふふ」
「ああっ!ご、ごめんなさい、やけどさせるつもりはありませんでしたの。今すぐ水をとってきますわ」
「いや、いい」
「でも……」
「熱々の方が、真の味をよく味わうことができるの。はふっ、はふ」
「そ、そうですの?なら、よく味わってくださいませ」
「……むう。確かに、このアサリはいつものアサリとはひと味違う。何か手を加えられているのか。この時期のアサリにしては甘味が強め、いや、渋みが軽減されている?」
本当に、この髪留めの発電少女はいったい何を悟ったというのでしょうか。他の発電少女に比べて食に関する感性が頭一つ分抜きん出ている気がします。真実彼女の言うとおり、現在食堂に提供されているアサリは体液中の糖度を相対的に調整して水温の適応幅を広げた試験改良種だそうです。
「ありがとう。確かにこのアサリはおいしい。ホタテに張り合えるレベル。盲点だった、熟していないのは私の方だったみたい」
「よくわかりませんが、美味しかったのなら何よりですわ。それより、あなたに少し尋ねたいことがありますの」
「ん?なんだい、アサリの友よ」
「アサリの友?」
「そう呼ばせて。私のことはホタテの友と呼ぶといいよ」
「ホタテの、友……」
あちゃー、また命名行為が発生してしまいました。んー、でもこの程度であればまだ命名と呼ぶほどではないのかもしれません。類似行為?ともかく異常なのは確か。原因はやはりcのもつ何かなのでしょう。さすが要注意個体です。
「ではホタテの友、さん。もし仲間がなんだか落ち込んでいるようで、励ましたいとき、何をしたら良いか、知っていたら教えてほしいですの」
「落ち込んでいる?どのようにかな。勝手にふて腐れているだけであるなら心配することはなにもないと思う。よく見かけることだねー」
「そうではなくて、ここのところ、一緒に遊んでいるときは楽しそうなのですけれど、ふとしたときに、急に、なんだか悲しそうな顔をするんですの。ほんの一瞬だけですのよ?ですけれど、やっぱり何か嫌なことでもあったのかしらと思うと……」
これは、b058のことでしょうか。確かに今食堂にいる彼が蹴飛ばして以来、様子が変です。その事に気づいていないようすですが、髪留めの発電少女は少し悩んで
「よくわかんないね。私にはそんな経験がないもの。どうして私に聞こうとおもったの?」
と答えました。
「いえ、その事を考えながら食堂に来たらたまたまあなたがいたものですから。あなたも楽しく仲間と遊んだことがあるはず、なら何か手がかりになるかもと思っただけですのよ。わたくしだけではよくわからなくなってしまって、藁にもすがる思いでしたの」
「私は藁かー」
「あっ!いえ、けしてあなたを貶めようなんてことはっ」
「案ずるな、アサリの友よ。心得ているさ。悩みごとというのは一人ではどうしようもないものさ。きっとその仲間だってそう。相談しにくそうにしているのなら、二人きりで一緒に食事をするといいかもしれない。私からは、この程度しか言えないかな。参考になったらうれしい」
「なるほど、ありがとうごさいましたの。今度一緒に食堂に誘ってみることにしますわ」
「それはなにより。じゃ、私はもう行くね。また今度、ここでご飯をたべよう。そのときは本当にホタテとアサリの食べ比べをしようねー」
「わたくし、特別にアサリが好きというわけでも……まあいいですわ。では、また今度」
髪留めの発電少女が去り、cは再びリゾットを食べ始めました。ほどよく冷めたようで、ぱくぱくと食べています。ああ、やはりおいしそうです。途中クラムチャウダーにも手を伸ばし、冷めて張っていた膜で上唇がうっすらとコーティングされました。
だめだ、もう耐えきれません。さっさと切り上げましょう。私のシフトはあと数分残っていますが、知ったことでありません。どうせ外には次のシフトが待機しているのです。要注意個体のモニターの報告は彼に任せて、お詫びとしてガムでも渡して、私はさっさと帰って家族と晩御飯を食べます。海鮮クリーム鍋を妻と娘とつつくのです。ああ、おいしそう。
こうして今日も、発電少女たちの何気ない生活のおかげで、地球は明るく輝いているのでした……




