表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/34

1.1x10^7kW

 要注意個体。発電少女の中でも他個体の発電能力に影響を及ぼしかねない個体はそう区別して呼ばれます。他個体の短絡、崩壊を誘発する、管理環境に甚大な影響を及ぼす、その他有益でない特徴を有するなどが判定対象です。要注意個体だと判断された発電少女には基本的にアルファベットの識別名がつけられ、文字通り特別に注意を払うべく常時モニターの二ヶ所以上に表示されます。さて、月が昇ってからしばらく経ち幼い個体などはちらほらと寝始めた現在、比較的成熟している発電少女たちが談笑している広間の隅で識別名a076とb052がトランプ遊びをしているようです。c030はいないようですね。緊張しますが、些細なことも見逃さないようにしなくては。


「あーっ!また負けた……」

「ボクは神経衰弱が得意だって言ったろ?」

「さては卑怯な手を使っているでしょ」

「神経衰弱に卑怯もなにもあるものか。ボクはインチキなんてしていないし、単純な記憶とカンの勝負だよ。ユリの記憶力か、あるいはカンがボクより弱いだけだろうさ」

「私が弱いんじゃないわ、レンが強すぎるのよ」

「すごい開き直り方だね。でも否定はしない」

 まるで何の異常もなくトランプ遊びに興じているようですが、ご覧の通り二人きりになると互いに命名した名前で呼び合うのがa076、b052ひいてはc030の特徴です。正確な時期は不明ですが、a076とb052が風呂場で仲良くしているのが観測されてからしばらくしてから互いの名前をつけたようです。その後、c030に命名する瞬間は観測されています。

「ねえ、何か別の遊びをしない?二人でできて、競争しないやつ」

「そうだね、じゃあトランプタワーでも作ろうか」

「なにそれ?」

「トランプをこうやって立てていって塔を作るんだ。一番下を一番多くして、一番上がこれと同じ形になる。ユリにはちょっと難しいかな?」

「なっ、レンにできるなら私にだってできるよ!」

 a076が二枚のトランプを互いに立て掛けて立たせてみせニヤリと笑うと、b052は反論の声をあげました。a076はb052の御しかたをよく心得ているようで、説明が始まったときにはまさに分からないといったしかめ面だったb052は今ちょっと怒ったような目付きでやる気になっています。

「そうこなくっちゃ。実はボクも最後まで完成させたことはないんだ。だからユリとボクとで完成させきれたらいいなって思ってさ」

「それなら任せなさい!私は細かいことが得意なの。十分もあればきっと完成できるわ」

「どうかな?難しいよ。一つずつ着実にやっていこう。時間はたっぷりある」

 発電少女たちの発電能力は睡眠中も起床時となんら変わりはありませんが、あまりにも睡眠時間が不足すると発電効率が著しく低下するため目に余るようであれば我々が放送で就寝を促すという決まりがあります。ですがa076、b052共に今日は大丈夫でしょう。むしろ寝不足なのは彼女らを四六時中交代で見張っている我々の方かもしれません。

「ああーっ!!」

「静かに。もう寝ている子もいるよ。それにまだ二段目じゃないか。焦らずに、もう一度やってみようよ」

「……わかった」

 b052は真剣な表情でトランプを積んでゆきます。トランプタワーをしているとき特有の鼻息すらも気になる緊張感がモニター越しにも感じられますね。左右に分担しているようで、b052の反対側ではa076が作業しています。集中し、互いに無言です。

 こうして見ていると彼女らが要注意個体であることが不思議に思えます。『自身または他個体に命名する行為』は確かに発電少女として異常かもしれませんが、だからと言ってそれだけで本当に発電への影響があるものなのでしょうか。どこの社会でも理論と現実に一定の乖離が認められるといいますが、きちんと学んできたことでも実際目の当たりにしてみると不思議なものです。今見ているだけではそれ以外の異常は見当たりませんし、あんまり気にしすぎるのもよくないかもしれません。指示された通りにモニタリングを続けるとしましょう。

「あと、もうちょっと……」

「ついにここまで来たね……そっと載せるんだよ」

 ふと気が付けばトランプタワーが完成目前です。絶妙なバランス感覚で積み上げられたトランプは息を吹きかけるだけでバラバラと崩れ去ることが見ただけでも容易にわかります。細心の注意でカードを二枚、ハの時に構えるb052。どうしても応援したくなりますが、この手の物はこういう時に限って台無しになるのが定石です。

 そんなことを考えたからかはわかりませんが、ばふん、と勢いよく開け放たれたドアが一陣の風を巻き起こし、トランプタワーだったものは吹き飛ばされて跡形もなくなりました。犯人は寝ているときに尿意を催したらしい発電少女。

「はー、まさかトイレに行きたくなるとは。でも漏らす前で本当に良かった……どうしたの?」

「いや、なんでもないよ。それよりもキミはトイレに行きたいんじゃなかったのかい?」

「あ、そうだそうだ」

「あとちょっと……だった」

「一度できたんだ。もう一度やるくらい造作もないだろ。さ、もう一回一緒に作ろうよ」

 まったく空気を読まないまさに火に油を注ぐような発言にb052が打ち震えていますが、それをどうにかa076がなだめています。犯人の発電少女は去って行きます。それを全く意に介さず犯人の発電少女は去って行きましたが、この場面ではそれが正解でしょう。あの個体はどことなく空気が読めないタイプである気がします。この場に留まっていたらa076がb052をなだめている意味がありません。

「そうだ」

 a076が何か思いついたようです。怒りと悲しみからか、一段目を組むのに失敗したb052が無言でa076を見やります。

「一番てっぺんにさ、カードじゃないのを載せようよ」

「何?何を載せるのよ」

「そうだね、あ、あれが丁度いい」

 a076が棚(注:発電少女発電所内にある棚。発電少女たちが要望した物資などが置かれる物置で、基本的に共有されるものが保管されます。彼女たちのトランプもここから取ったものです)から何かを取ってきました。折り紙ですね。小さいサイズの折り紙で、折り方を記載した書籍も一緒に持っています。

「折り紙?」

「そ。ユリはこれで何か気に入ったのを折ってほしい。ユリが折っている間に、ボクがタワーを建てる。一番上まできたら、ユリが折った折り紙を飾りとして乗っけよう。まだ誰もやったことがない、ボクとユリの合作だ」

「それ、面白そう!わかったわ。なるべく速く折るからレンも急いでよね」

「切り替えが早くてよろしい。じゃ、これ見ながら折ってね」

「任せなさい!折り紙くらい朝飯前よ」

 なるほど、うまいこと考えましたね。あの小さな折り紙なら確かにトランプと比べてもさほど重いというわけでもありません。それに今のb052にトランプを積むという精密作業は向いていません。地道にやっていれば失敗しても大丈夫な折り紙に集中させることで精神を落ち着かせる作戦でしょう。さすが要注意個体、賢いです。

 さて無言の作業に戻った彼女らですが、はたしてb052は何を作ることに決めたのでしょうか。カメラを切り替えて……映りました。えっと、ああ折り鶴ですね。a076が持ってきた本の一番最初のページに載っていたために選ばれたのでしょう。記憶する限りではさほど難しい折り方を要求されるものではありませんし、それでいて出来映えも中々のものが期待できます。さすがに掲載順が一位なだけあります。まあ漫画雑誌ではないので、掲載順が優秀作品順かどうかは分からないのですが。

 おや、二枚目の折り紙に手をつけましたね。一枚目は破れています。おかしいですね、折り鶴に紙を破くような複雑な折り方は無かったはずなのですが。見ているうちに、あれよあれよと四枚目の紙が破れました。翼を作るのに苦戦しているようです。人と同じく発電少女にも得手不得手はあるものですが、とすると先ほどのb052の発言は敢えて見栄をはっていたということでしょうか。a076に格好のつかないところを見られたくなかったのかもしれません。が、ともかくも今の私には見ていることしかできません。頑張って下さい。

 それから特に異常もなく時間が過ぎてゆき、気が付けば交代の時間が迫っています。ちょうどトランプタワーも完成しそうですし、ここまで記録をつけて帰ることにしましょう。

 a076がてっぺんを残してタワーを組み上げました。ほぼ同時に何らかのブレイクスルーがあったのか、無事に鶴の翼を折ることに成功したb052はそのまま折り鶴を折りあげました。a076とb052は互いに向き合うとニンマリ笑います。そしてすぐさま真剣な表情に戻り、先ほどと同じ、呼吸が許されない緊張感は画面を通してある程度緩和された状態でモニター室を満たします。さあ、完成の時です。

 首をつままれた折り鶴がタワーのてっぺんに運ばれていきます。そして、そのまま、そっと……

「っ!でき……」

「ぎゃああああああ!!!」

「えっ何どうしたうわあああああ!!!」

 突如あがった悲鳴にa076とb052は硬直しました。何事でしょうか。悲鳴はおしゃべりしていた発電少女たちの方からです。カメラを切り替えましょう。

 発電少女たちがドタバタと走り回っています。ものすごいパニック状態ですね。何かから逃げ回っているように見えますが……あ、なるほど。ゴキブリが出たと。人類共通の敵は発電少女の敵でもあるというのでしょうか。

「キャアアアアアアアアア!?」

「あ、頭にのってるじゃん!待て待て待て嫌だこっち来るなー!!」

 今度は別の部屋からです。悲鳴から察するにゴキブリの発生が原因でしょうが、変ですね。モニターを見るとほとんど全ての部屋でパニックが起こっているのが確認できます。まさか全ての部屋にゴキブリが出たとでもいうのでしょうか。そしてここにいる全ての個体が恐怖にさらされているとしたら、自ずと次の展開は一つです。

 バンッ、という音と共に全モニターが真っ暗になりました。

 やはり起きました。集団短絡です。

 発電少女たちの悲鳴がマイク越しに響いてきます。ここの電源が落ちていないということは非常用電源が作動しているということですが、この切り替えの早さはおそらく最初から準備してあってのことです。すなわち、この集団短絡は最初から意図されたものであると推測されます。

 訓練か何かでしょうか。ともかく、私の役目は発電少女たちをモニタリングすることです。交代の時間はとっくに過ぎましたが、とりあえず停電から復旧するまでは続けることにします。暗視に切り替えるスイッチはどれだったかな……ああ、これだ。カメラが暗視モードに切り替わりました。要注意個体はどうなっていますかね。ふむ、見たところb052が短絡を起こしていて、a076がb052を抱き抱えて震えています。

 んー。改めて見れば見るほど、短絡とは不気味な現象です。しばらくの間呆然としているだけということは分かっています。しかし、科学者の態度として間違っている見方かもしれませんが、本当に生きているのか確認したくなるくらいに短絡を起こした発電少女には生気が感じられません。実は短時間に限定すれば本当に死んでいるのかも……ありえませんか。

 おや、なんだか廊下が騒がしいですね。ああわかりました。今から彼女らの部屋に駆けつけるゴキブリ駆除班の皆さんですね。私の同期も居るでしょうか。



 ははは。やはり居ました。霧の対策にマスクをつけてガチガチに装備を固めているのに、手に持っているのが殺虫剤と塵取りというのが最高に笑えました。ちょうど部屋に突入してきたところが確認できます。彼等は暗視装備を持っていないため、懐中電灯で探しつつおびき寄せて始末する作戦のようです。

「管理人さ~ん!!助けて助けて~!うわわこっちきた嫌だ~!!」

「ゴキブリくらいで何を騒ぐなんて絶対ばかばかしいよって飛んでくるのは絶対反則ッ!!!」

「私がちょっと大きいからって何でも平気だと思ったら大間違いなんだからだからだからっ……」

「うわ。お姉ちゃん倒れちゃった」

「めんどうだね」

「せっかくいい夢を見ていましたのに……いったい何を騒いでっ!?」

「ああ、また一人倒れたな」

「寝起きだしね、仕方がないんじゃない……」

「君もか」

 嗚呼、阿鼻叫喚。停電時でも昆虫や他個体の居場所を把握できる(注:『霧』の効果ではないかとする学説が今のところ最有力説でしたが、かくれんぼや缶けりが発電少女間で行われていることを考慮しておらず、不完全であることがつい最近の学会で指摘されました)のはさすが発電少女といったところでしょうか。人ではそうはいきませんからねって……

 あ。

 うわわ、やっちゃいましたか。復旧したらa076とb052はどんな反応をするのでしょう。特にb052。

 ゴキブリの駆除がちょうど終わりました。部隊が引き上げていき、狙い済ましたかのように発電少女たちの部屋に通電しました。

 あちこちで安堵のため息が漏れているのがこちらからもわかります。いくらかの個体は今の混乱で覚醒したようで、睡眠をとるべく移動した個体よりも残った個体の方が多いように見えます。


 そして、a076とb052は破壊されたトランプタワーと踏みにじられた折り鶴を前に呆然としています。


 短絡を起こしたからでしょうか、両個体は泣いているようには見えません。ただ、b052は明らかに様子がおかしいですね。悲しみ、呆れ、そのどれともつかない表情で硬直しています。んー、放っておくと余計な影響がありそうですね。ここは一つ、私が帰りたいこともありますが、放送を使って全員寝かしつけてしまうことにしましょう。きっと次のシフトの同僚も待っています。


 こうして今日も、発電少女たちの何気ない生活のおかげで、地球は明るく輝いているのでした……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ