1.0x10^7kW
涼しくなってくると運動しやすくなるのか、このごろ発電所ではあちらこちらで発電少女たちが汗を流しているのを見かけます。良いことです。統計がとれているわけではありませんが、彼女らが健康であればあるほど発電効率も安定するというのがここでの定説となっています。さて、日も大分傾き始めた現在ほとんどの発電少女はグラウンドに居ますが、体育館横の武道場にも一人居るようです。何をしているのでしょうか。
「はっ!はあっ!」
幼い個体ではありませんね。空手道の胴着(注:発電少女発電所では発電少女からの要望を審議し、発電効率への影響なしと認められた場合にのみ特定の物資を与えています。審議とはいっても大方の要望はそのまま通りますが、一部書籍などは却下されます)を身につけ、一心不乱に型の稽古に励んでいます。ついこの間要注意個体たちが卓球をしていたこともあり、武道場が本来の使い方をされているのに驚いてしまいました。
「せぇいっ!」
中段受け、払いをきめてびしっと前蹴りを一本放ちます。きらめく汗。洗練されている感じがしますね。きっと胴着だけでなく、関連書籍なども持っているのでしょう。表情は凛として引き締まり、こちらが清々しくなるほど健全です。
演武もいよいよクライマックス。上段へのまわし蹴りから蹴った足を軸にして後ろまわし蹴り、そのまま横に向き直り二段蹴り(注:跳躍して空中で二発の蹴りを放つ技で、演武の技としてよく映えます)を放ち、最後に反対側への裏拳をきめました。
「やあっ!」
彼女が演じた型はおそらく彼女のオリジナルですが、とても良くできていました。発電効率も異常なし。彼女の努力に応じて発電効率が増せばどんなに良いか。ですがそういうわけにもいきませんし、現状の発電効率のままでいてくれるのが最良です。健康が一番です。
「押忍」
軽く礼をし、演武を終える発電少女。思わず拍手を贈りたくなります。その矢先、どこからともなく彼女に小さな拍手が贈られました。
「見ててくれたの?」
演武を終えた発電少女がやさしく語りかける先で、一人の幼い発電少女がしきりに頷いています。遠慮がちにポツンと立っていて、いかにも引っ込み思案な感じの個体です。今の今まで気がつきませんでした。観察者の注意力不足なのか、モニタリングシステムの欠陥か。私は後者だと思います。
「どうだった?今の。私が考えた型なんだよ」
「……かっこよかった、よ?」
「ありがとう。嬉しいよ」
胴着の発電少女が腰を屈めて目線を合わせて話しかけ、引っ込み思案な個体は照れていますが嬉しそうです。憧れのお姉さんといったところでしょうかね。胴着の発電少女にもそれが分かっているようで、まるで姉妹です。もっとも、ここにいる発電少女はもともと皆姉妹のようなものですが。
ああ、数々の苦労が思い出されますねぇ。一番骨が折れたのは国際発電少女基本条約(注:発電少女の基本的な利用法方を定めた国際条約。輸出入から人権および動物保護の観点から見た発電少女の扱い方、保有制限まであらゆることがこの条約で規定されています。詳細は発電少女発電協会日本支部ホームページ『国際発電少女基本条約に関する宣言』をご覧下さい)の時ですね、やはり。今じゃあ教科書にも載っている条約なんだそうですが、当時は石油連合が核ミサイルを撃つか撃たないかで結構ピリピリしてました。あの緊張感は当時人でないと分からないでしょう。
「あなたもやってみる?」
「……えっ。……うん」
「よし。じゃあ私の真似をしてね」
気がつけば稽古が始まっていました。二人仲良く並んで基本的な構えかたを練習しているようです。
「腰を落として、足は平行に……」
「……こう?」
「おっ、上手だよ」
「……えへへ」
見込みはあるようですね。私も空手は少しだけ嗜んだことがあるのですが、もうだいぶ昔のことですし、入門した道場が二年ほどでつぶれてしまったので大したことはできません。それでもその時の先輩に腰を落とせと口酸っぱく言われたことだけは何となく覚えています。
あの頃はまだ原子力や火力での発電が盛んだった時代ですか。ずいぶん歳をとったものだと自覚させられます。孫娘に聞けば、最近の子供は二酸化炭素を知らないようで。私たちの頃は嫌でも耳に入った単語が、現在はコーラの材料として小学校三年生で習う以外に接触の機会が無いようです。もちろん発電少女という単語は知っていました。やめておけと言っているのに、おじいちゃんのような発電少女研究者になると言って聞かないのです。
「……えいっ!」
「驚いた。こんなにまわし蹴りが上手な子は初めてだ」
初めてもなにも教えたこと自体が初めてなのではないのか、とかいう野暮な突っ込みは抜きにしても、確かにキレのあるすばらしいまわし蹴りです。こんなにおとなしそうな個体に格闘技の才能があるとは驚きです。人間にもしばしば見られる生まれ持った才能でしょう 。
ところで一部の研究では発電少女は人間に比較して何かしらの天才的才能を有している確率が高いとも言われています。個人的にはただ発電少女の方が真面目に研究されているだけなのではないかと思いますが、ひょっとするとそういうこともあるのかもしれません。興味深いですね。
「これだけできるなら、二段蹴りもやる価値があるかも。やってみる?」
「やるっ」
「じゃあ私の後に続いてやってみて、はあっ!」
「……えいっ。……あれ?」
ババッと二段蹴りを放つ胴着の発電少女。幼い発電少女もそれに続こうとしますが、うまくいっていません。空中に跳んで、そこから二発も蹴りを放つというのはなかなか素人にできることではありません。
「大丈夫。すぐできるようになるよ。ほら、もう一回やってみて?」
「……」
幼い発電少女は無言で二段蹴りに挑戦しますが、なかなかうまくいきません。確実に上達はしているのですが、何にもましてこの幼さであり、また目標となる胴着の発電少女の技量が果てしなく大きいのです。
懸命に挑戦し続ける幼い発電少女。それに応えるように、胴着の発電少女も必死にアドバイスをします。熱い師弟関係というより、自転車に乗る練習をしている母娘のような関係に見えます。
「……はぁっ、はぁっ」
「頑張って!もう少し身体を起こして、怖がらずにおもいっきり!」
個体間に構築された関係性と感情のコントロールは発電少女たちを扱う上で最も大切なことの一つであり、観察者は努めて注意を払うべし。
発電少女発電所の規則に書かれているこの項目、実は私が考案したものなのですが、この記録を見ているであろう職員を含めた諸君のために注記しておくなら、つまり今この状況こそがまさに注目ポイントになります。この場で起こりうる現象は二つ。ですがそのうちの一つ、つまり崩壊(注:【この情報は一般公開されていないため表示できません】)はほとんどの起こらないといっても良いでしょう。
「……やあああっ!!」
ほら、ひときわ大きな掛け声と共に、幼い発電少女は宙に跳び、綺麗な二段蹴りを放ちました。誰が見ても文句なしの蹴りです。今から演武の練習を始めさせたって、全く問題がなさそうです。
「や、やったー!できたじゃない!!やっぱりあなたはすごい!こんなに小さいのにこれだけできるだなんて、よく頑張りました。私とっても嬉しい!あなたのことを誇りに思うわ!」
「……」
さて、胴着の発電少女が幼い発電少女をめちゃくちゃに誉めています。誉められた引っ込み思案の幼い発電少女に何が起きるのか。きっと幼い発電少女の頭の頭は満ち溢れる達成感で興奮状態にあります。そして彼女は人間ではなく発電少女です。
「ん?ねえ、おーい」
「……」
あれっ、地味ですね。まあいいです。
「寝てる?」
胴着の発電少女は突っ立ったまま突如何の反応も見せなくなった発電少女に困惑しているようですが、これこそが発電少女たちが感情のコントロールに失敗した際に起こる現象、すなわち短絡です。短絡が起きると、ほら。施設全体の発電効率が下がっています。これは幼い発電少女が発電能力を一時的に失っていることを意味します。
どういう仕組みなのかはよく分かっていませんが、発電少女たちは感情が昂ると短絡を起こし、結果的に短絡を起こした個体の分をわずかに上回る電力が単位時間当たりの発電量から失われることになります。また短絡は感情の昂りによって引き起こされますが、幼い個体であればあるほど短絡を起こす頻度が高いことも知られています。
「……はっ。ご、ごめんなさい。……ぼんやりしていました」
「いいのいいの。いっぱい頑張ったものね」
なでなで、とね。このように、短絡によって発電能力が著しく低下するのは長くて数分程度。ですがそれが同時多発的、あるいは長期的になれば都市部の大規模な停電は免れません。もちろん非常用電源くらいはあります。が、それを未然に防ぐのが施設職員の使命です。
そしてこの記録を見て不安になられた方もいらっしゃるでしょうが、ご安心ください。我々発電少女発電協会日本支部では定期的に大規模短絡を想定した訓練を行っております。訓練の様子もデータベースに記録されておりますので、詳しくはそちらをご覧下さい、と。
「よし、もう今日はたくさん練習したからお風呂に行こうか。そろそろみんなも外から帰ってくるだろうしね」
「……ねえ」
「ん?」
「……あしたも……練習する?」
胴着の発電少女はにっこり笑って返答します。
「もちろん。明日も頑張ろうね」
「……うんっ」
明日も、ですか。精神的な成長があれば短絡は起きにくくなるわけですし、まあ長期的に見ればきっと人類の利益につながりますよね。短絡対応の小規模訓練も兼ねて、明日のモニター係は新人さんに任せてしまいましょうか。
ではこの記録をご覧になっていらっしゃる皆さま、今回はここまでです。なにせ交代の時間ですからね。またいつか、ご縁があればお会いしましょう。さようなら。
こうして今日も、発電少女たちの何気ない生活のおかげで、地球は明るく輝いているのでした……




