黒煙
私は私の中に黒い煙を飼っている。
それは時折形を成し、声を発し、惑わし、狂わし、寄り添い、包み込み、他の色の私を煤だらけにさせる。
悪戯とはまた違う、故意とも違う、そうするのは本能。
いや、本当は防衛なのかもしれない。
[黒煙]
私は弱い人間だ。
身体面はそこらにいる防腐剤だらけの弁当を食べてる日本人と変わり無いけれど、心が他より弱りやすい。
まるで苺のように柔らかく、パンのように腐りやすく、石のように沈みやすい。
そんな歪で歪んで醜い心を私は宿している。
そんなどうしようもない物でも代用品なんて物は存在せず、仕方なく付き合って生きている。
共生と言えば聞こえはいいかもしれない。
それは小学校高学年を越えた頃から生傷や穴を作り始め、割れたそこから異臭の代わりに出てきたのが黒煙だ。
黒煙は願望だ。
寂しがり屋の甘えん坊だけど意地っ張りで、壊れていく環境を立て直そうと周りを見て、行動して我慢を努力と結果と呼んで翻弄する私を…時折不安で覆い泣き虫にさせる。
黒煙は切望だ。
誰かと暖を分かち合っていた夜を突然訪れた悲劇により独りにされた日、会えない名前を叫べない舌の代わりに幻想を魅せては私を騙す。
黒煙は残酷だ。
人の輪に居るだけで疲れさせ、言葉を遮り、動揺させ、黒煙以外の生き物に対して怯えさせる。
黒煙は幼稚だ。
まるで生まれた時から年齢を決められているかのようにあの日から何も変わらない。
あの日から私に対する態度も言葉も形も意味も存在を変えようとしない。
今だって腹の中に蟠りを作りながらも体内を独占しては喉を締め上げ、何時だって私を絞殺しようと目論んでは成りを潜めた振りをする。
まるで子供の悪戯のように私を傷付け踏み倒し意地悪して泣かせて慰め仲直り。
嫌いで憎くて鬱陶しくて苛々するのに許してしまうのはこれからも一緒に生きなきゃ生けないからで、死にたくて堪らない時も自殺を誘惑する癖して止めたら止めたでこれからのことを囁きかける。
優しくもない非情でもない全て知ってる癖に知らん振りして何時だって私の傍をさ迷っては時折姿を見せない。
矛盾した相対する言動に悩ます頭のスペースも無くなった今では気にすることも馬鹿らしく、かといって腹立つことが減ることもない。
触れようとしても指先は通り抜けて、温もりを求めても煙たさに咳き込んでしまうし、耳を塞いだって腹から声を出されたら聴くしかなくて。
けれど、黒煙のくせに稀に杞憂をはね除けるような発案をさせて、本当珍しく味方をすることもある。
敵だったことも無いけれど、ずっと味方ってこともない。
まるで、そうだな、言いたくないけどこんな関係かもしれない、認めたくもないけど。
黒煙は家族だ。
唯一私にしか見聞きできない、憎たらしくて意地悪な、私だけの家族。
でもね、何があっても、どんな目に逢ったって、黒煙が消えることは望まないの。
だってあれは私の一部なのだから。
弱い私が生み出した悲しい妄想なのだから。
寄り添うことで立つことを覚えた私にできる、唯一の慰め。
愛しくないのに愛着を抱く、私も何処か矛盾している。