第八章
カランコロン。
「四人ともお待たせ」
リリィが喫茶レヴォに入ってきた。待たせたと言っても五分程度だ。
「おぉ……お風呂で見た妖精さんは本物だったんじゃのぅ」
「じいや。妖精って何ですか? お風呂にいた女性ではないですか。やはりもうろくしたくないですねぇ」
「なんじゃとぉ!」
「ほら、二人ともここまできて喧嘩しないで。メイもとめてよぉ」
「知りません」
どうやらメイは無視を決め込んだようだ。
「面白い人達ねメイさん」
「子供ばかりで困りますわオホホホホホ」
「キャラ違いますよ?」
次の瞬間バイスは口にガムテープをされた。冗談抜きで。
「そういえばどうしてリリィさんは狙われていたんですか?」
「……それは聞かないほうがいいわ」
「ムガムガムガムガ」
「そうじゃのう……気になるわい」
「でもこれはあなたたちの為に言ってるのよ」
「私達のため?」
「ムガムガ?」
「だってあなたたちはルワーノから追われている身でしょ?」
「どうしてそのことを?」
「俺達のこと知ってるのか?」
「ムガムガ!」
「昔手配書で見たことがあるわ……もっとも手配されていたのは二人だけみたいだったけど……」
そう……手配されていたのは元シャインテラス国王子カイン。その側近のバイス。この二人なのだ。
「私が狙われたのはあなたたちに決して得ではない情報だから言わないのよ」
「ムガムガ……」
「だーーーーー!ムガムガ言ってんじゃないわよ!このムガムガ星人!」
ムガムガ星人はここでお役ゴメンになった。変わりにガムテープですっかりたらこ唇になったバイスがそこに立ち尽くした。
「ゴホン……私達に関係のあることならなおさら聞かないといけませんね」
「そーよそーよ」
「後悔するわよ?」
「別にいいよ……そろそろこの生活から抜け出したいし……」
「わしたちに話してみんかの?」
「…………わかったわ……」
リリィはおもむろにコーヒーをすすり、話しはじめた。
「今あなたたちは死んだことになってるはずだけど、実際ルワーノ上層部ではいまだに探しているはずよ……」
「なんだって! すっかり油断してた!」
「でしょうね……表向きは完全に忘れ去られた事にされているからね……」
「どうしてあなたがそれを知ってるの?」
「それが本題……あたしはシャインテラス解放軍のリーダーのリリィよ……」
「話には聞いたことありますね……なんでもキングルドの最大抵抗力だとか……」
「ええ……だから相手の情報もそれなりに入ってくるわ……」
「その最大抵抗力がどうしてこんな温泉街に?」
「この町が観光地でルワーノの目が甘いからよ。他にも各地に仲間がいるわ。でもどうやらそれも昨日のスナイパーがいたところを見るとおとりだったようね……」
「だから早くここを離れろって言ったんですね」
「それにあなたたちはあまり解放軍にかかわらない方が・・・」
リリィが言いかけたときに一人の男が入ってきた。
「リリィさん! 大変です! ルワーノ軍が攻めてきました!」
「なんですって! 第一種戦闘態勢に入りなさい!」
「わかりました!」
リリィが号令を出したとたん店にいた店員や客が一斉に動き出した。どうやら全員解放軍のメンバーだったらしい。
「あなたたちも聞いたでしょ? 早くこの町を出なさい」
「俺達も手伝う!」
「そうじゃそうじゃ!」
「メイも手伝います♪」
「そうですね……見逃せませんね……」
「……やっぱり今はダメ……気持ちはうれしいけど……」
「どうしてだよ! 町の人達が心配じゃないのか?」
「心配に決まってるじゃない!」
「……ゴメン」
「でも大丈夫よ……今あなたたちが解放軍に現れたと知られたらおそらく一気にキングルドにつぶされる。まだ小さい組織だとキングルドに思わせておかないとダメなの……」
「……でもやっぱり手伝いたい!」
「カイン様……」
じいやとメイとバイスは目に泪を溜めていた。
「わかったわ・・・でも組織に入ることは絶対に許しません。あくまで義勇軍としてこの町を守ってもらえますか?」
「わかった。ありがとうリリィ」
「やはりあのカダディール様の息子なのですね・・・底知れない力を感じます」
「……父さん……リリィ、何をすればいい?」
「そうですね……あなたたちがこの町にとどまるのは危険なのでこの町の西門に向けて進んでください。西側は一番戦力の薄い地域なのであなたたちの力に期待していますよ」
「わかった。西だね」
「ええ。そのままこの町から出てください。それではまた会える日を楽しみにしています」
「よし! 三人とも! 行くぞ!」
「わかりました。カイン様」
「このオイボレも頑張りますぞ!」
「はい♪ リリィさん、またいずれ会いましょう♪」
「それでは解散!」
全員店の外に飛び出した。リリィは真っ先に大通りへと消えていった。
「じいや! そっちは北! こっちだよ!」
カインに引きずられるじいや。どうやら典型的なボケが好きらしい。
「メイ! 遅れるなよ!」
メイの腕を引っ張っているバイス。
「ちょっとバイスさん……」
訂正しよう。メイの腕を引っ張っているつもりで胸をもんでいるバイス。
「うむ! すまん! よし! いくぞ!」
「言うことはそれだけかー!」
さらに訂正。メイの腕を引っ張っているつもりで胸をもんでいたバイスをひっぱたいたメイら一行は西に向けて走った。
「みんな気をつけろ!敵だ!」
「ここは私に任せてもらいましょう」
バイスはスラリとナイフを抜いた。
「うおおおおぉぉぉ」
ルワーノ兵士は力任せに剣を振り下ろしてきた。バイスはナイフで剣を受け流し強烈な当身を繰り出した。
「ぐぁぁぁぁ」
ルワーノ兵士は二メートルほど吹き飛ぶと気を失った。
「敵兵は私が露払いをします。後ろについて来てください」
さすがは元シャインテラス随一の戦士。強さは並ではない。
「こういうときは頼りになりますね♪」
その時だった。敵に挟み撃ちにされた。前には三人。後ろには二人。迷わずバイスは三人を。カインは二人を相手にした。
「二人ともがんばるんじゃぞー!」
果たしてじいやの応援はいるのかどうかは置いといて、バイスはナイフを一人に投げつけた。ルワーノ兵士はナイフを剣ではじき返し、バイスに斬りかかってきた。その一撃を鼻先で避け、相手の手首をつかみもう一人に投げ飛ばした。しかし残りの一人がその隙に剣を横なぎにしてきた。その剣がバイスの首を捕らえたと思われた直後、バイスはさらにナイフを取り出しそれを受けた。
「さすがに三人は少しきついですね……」
しかしその三人がバイスに攻撃を仕掛けてくることがなくなった。
「腕なまったんじゃないんですか?バイスさん♪」
一瞬のうちにメイが三人の首筋に手刀を繰り出していた。
「相変わらずですね」
やはりメイも元々王子の側近ということである程度の武術は会得しているようだ。じいやは別として……。(本当はわしも強かったんじゃがのぅ……。じいや談)
一方カインの方も二人を相手に決して引けをとってなかった。カインは基本的にはバイスと同じナイフと体術で戦うタイプだった。しかし、その才能は底知れぬものがあった。
「ほらほら、そんな遅い剣筋じゃ俺は切れないぜ?」
二人の波状攻撃を難なくかわしていた。一瞬見せた攻撃の緩みをつき、二人を倒した。かなり目のいい人でないと見えないほどに技は洗練されていた。この一瞬の間に敵の手首に手刀をして剣を落とし、そのまま回し蹴りでもう片方を倒し、その上げた足をそのまま踵落としで一人目を沈めた。
「おぉ……カイン王子ご立派になられて……」
じいやは目に泪を浮かべている。
「ぼんやりしている暇はありませんよ? 急ぎましょう」
バイスの声で四人はまた走り出した。
「それにしても腕を上げましたねカイン様」
「へへ……そう?」
「私との組み手の時とは比べ物にならないくらいの強さがあります。本番で力を出すタイプなのかもしれませんね。やはりカダディール様の血を継ぐ者というところでしょうか」
「父さんか……今頃何してるんだろうな……」
「きっとどこかで生きてますよ♪」
「そうじゃそうじゃ!あのカダディール様を倒せる人間なんてそうそうおらんぞい」
「そうだな……うん!」
徐々に開けた場所に出てきた。そこには次々を解放軍を倒していく一人の兵士がいた。
「ふん……こんなものか解放軍」
もうすでに三十人は倒れている。かなりの強者だろう。その男は大きめのマントをなびかせて大きな剣を振り回し風のように舞っていた。
「やめろ!」
カインとバイスは一直線にその男に向かっていった。男は二人を一瞥するとその大剣を一閃した。
「くぅ……」
その剣圧でカインとバイスは弾き飛ばされた。すかさずメイとじいやが受け止めた。
「ほぅ……お前達二人……見たことあるな……特に眼帯の方……」
バイスは背中に冷や汗を感じていた。こいつは強いとバイスの中で警戒音が鳴り響いていた。
「……まさか……シャインテラスの……」
男は何かに気づいたのか懐から二枚の紙を出した。それはカインとバイスの手配書だった。
「フフフ……ハハハハハハハハ!こんなところで旋風のバイスと会えるなんてなぁ!」
「旋風?」
カインは不思議そうにバイスを見る。
「昔のあだ名ですよ。昔のね……」
「ハハハハハハハ! ……ということは隣のヤツは王子だな?」
バイスの冷や汗は止まらない。間違いなく自分よりも強い相手だと悟った。
「俺の名前はジェイク。キングルド様直属の部隊、狼牙の隊長だ!」
「狼牙……なるほど……どうりで強いわけですね……」
「狼牙じゃと! まずいぞバイス!」
「じいやさん知ってるんですか?」
「ああ……ルワーノ国最強の部隊。それの隊長となるとおそらくキングルドの次に強いはずじゃ……」
「西門はすぐそこです。私が食い止めますから三人は先に行ってください。」
「でもバイス! 一人じゃ危険だ!」
「お願いです……カイン様……おそらく今ジェイクと戦えるのは私だけのようですから……」
相変わらずバイスの顔つきは厳しい。その表情を読み取ってじいやとメイが動いた。
「じいやさん! 無理やりにでもカイン様を連れて行きます!ご協力を」
「わかったのじゃ! 頼んだぞバイス!」
「じいやより先には死ねませんからね・・・」
「その言葉嘘にするではないぞ!」
「でも……グゥ」
鈍い音を立ててメイがカインを気絶させた。
「ごめんねカイン様……」
「西門に出てから一時間以内に私が戻らない時はずっと西の方にあるハポンという村に行ってください。私の出身地できっと力になってくれるはずです」
「わかりました……絶対に戻ってきてくださいね?」
「ああ……必ず……」
「俺が逃がすとでも思っているのか?」
「分かっていませんね……私が逃がすんですよ」
バイスはジェイクとの距離を一気に縮めた。カキィンという乾いた金属音があたりに響いた。
「いまじゃ! 逃げるぞい!」
カインとじいやとメイの三人はバイスとジェイクの脇をすり抜けて西門へと去っていった。
「チッ……王子は逃がしちまったか……まぁいい……あの旋風のバイスとやれるんだからな……」
ジェイクはにやりとすると力任せにバイスを突き飛ばした。
「その名で呼ばれるのは懐かしいですね……」
「そうだろうな……今から十七年前のシャインテラスの革命で、その武術で吸い込まれては飛ばされる光景に当時のカムール率いる国王軍から『旋風』の呼び名で恐れられていたのがお前だ。その強さはまさに一騎当千だったらしい。当時は一兵士でなかった俺には伝説の存在さ」
「否定はしませんけどね……」
「だがそれも昔の話だ……今のお前に俺を倒すほどの力は無いと見た……」
「確かに……あの頃よりも力は落ちたでしょう……しかし、私は今の自分の方がすきです。守る者がいるという強さを手に入れましたからね……」
「ハハハハハ! 強くなるのにそんなものはいらない!」
「……いきます……」