第十章
一時間後。
「バイス戻ってこないな……」
「でもきっと大丈夫ですよカイン様♪」
「そうじゃな。バイスも何か考えがあるんじゃろう。とりあえずバイスの言っておったハポン村とやらに行ってみるとするかの」
「うん……」
カインはあきらかに落ち込んでいた。自分の力の無さを痛感していた。
「強くなったつもりでいた……でもあのジェイクには全然歯がたたなかった……」
「カイン様……大丈夫ですじゃ! バイスはあれでもかなり強いんじゃよ……十七年前のシャインテラスの革命の時にはカダディール様と一緒に中心人物として戦ってたからの」
「……わかった! ハポン村にいこう!バイスは絶対追いついてくる!」
まるで自分に言い聞かせるようにカインは二人に言った。
「ハポン村はロブンテロよりさらに西。シャインテラスの最西端にあるのじゃ」
「それならかなり遠いですね……どれくらいかかるんですか? じいやさん」
「そうじゃのう……わしの足で一週間といったところかの?」
「それじゃあ私たちで二日ですね♪」
「わしの足はそんなに遅くないわ!」
「まぁ五日ぐらいだろうね」
「うう……カイン様まで……わしはじじいじゃないぞい! じいやじゃ!」
「どう違うんですかね? カイン様わかります?」
「よくわかんないや」
「とにかくいきますぞい!」
「おー!」
三人はシャインテラス最西端のハポン村に向けて元気よく歩きだした。
……そして一週間後……
「……腹減ったよじいや……」
「私もお腹減りました……」
「わしもひからびそうじゃ……」
元々ひからびてるじゃん! とツッコミを入れる気力も無い二人。時は昼! 場所は森の中! 半日もあれば森を抜けられると途中で出あった人に言われ、意気揚々と森の中に突き進んだ三人を待ち受けていたのは、数々の罠! ではなかった。迷ったのだ。相変わらずお約束を繰り返す一行である。
「ここさっきも通ったよ……」
「そうですね……私も見ました……」
「わしの長年の勘がこっちと言っておったんじゃがな……」
半日で出られるといわれる森をさまよって早三日。予定していた食料は全て食べつくしてしまった。はたして三人はここで飢え死にしてしまうのか?
「あははは……メイ……じいや……ステーキが見えるよ……」
半笑いでふらふらと歩くカイン。危ないヤツにしか見えない。
「うふふふふ……待ってぇ……カイン様ぁ……」
半笑いでふらふらと追うメイ。危ないヤツにしか見えない。
「二人ともしっかりするんじゃ!」
幻覚を見る二人を必死で連れ戻そうとするじいや。嫌がる二人を無理やり引っ張る姿は危ないヤツにしか見えない。
かくして危ない三人の運命やいかに!
「そこで何をしている!」
そこには狩人姿の男が立っていた。メガネをかけいかにも神経質そうな男だった。
「おお! 助かった。すまぬが飯を食わせてもらえぬか?」
幻覚を見ていた二人も新しい登場人物に現実に戻っていた。
「天の助け!」
カインは叫んだ!
「天の導き!」
メイも叫んだ!
「ありがとう友よ!」
カインとメイはハモりながら男の手をとった。
「ここは素人が来る森じゃないぞ。何も知らない人間が踏み入れたら確実に出られない」
その狩人が言うにはこの森はある特別な木をたどっていけば簡単に通れるが、それをしなければ複雑な道が行く手をはばみ迷ってしまうとのことだった。
「初耳じゃのう……」
「まぁ俺が通ったから助かったようなものだな」
「キャッ」
三人がホッとしたとき、メイが小さな悲鳴をあげた。
「メイどうした?」
カインとじいやがメイを見てみると痙攣を起こして倒れていた。
「さわるな! 俺が見る!」
狩人がメイに近寄り、神妙な面持ちで体をくまなく見ている。
「…………っ」
狩人がメイの右足首を見た時顔つきが変わった。
「まずいな……」
狩人は自分の服の袖を破きメイの右足首をきつく縛った。
「どうしたんだ?」
「この女の子、猛毒の蛇に足首を咬まれている……急いで俺の村に運ぶぞ」
三人は大急ぎでメイを狩人の住む村まで運んだ。狩人はメイをベッドに寝かせて必死に何かの薬を塗っていた。おそらく血清か何かだろう。
「ふぅ……とりあえず命に別状はない。だが一日は絶対安静だ」
「ありがとうございます」
「自己紹介がまだだったな……俺はジェス。このスナイ村で狩人をしている」
「スナイ村……いまだにルワーノに対して侵略を許していない村と聞いたが……」
「ああ。ルワーノにしてみればこんな小さな村を落としても無駄ということかもしれないがな」
「俺はカインと言います。俺の世話をしてもらっているじいやと助けてもらったのがメイです」
「じいやじゃ。おぬしなかなかの腕じゃのう」
「これくらい出来ないとあの森では生きていけないからな。それはそうとお前達はあそこで何してたんだ?」
「迷ってたんじゃ! まいったか!」
「じいやは黙ってて」
カインに言われじいやはしおらしくなった。
「ロブンテロからハポンに向かう途中だったんです」
「それならあの森を通るくらいしか道がないな」
「でももう森の抜け方を教えてもらったので大丈夫だと思います」
「そうじゃの。あとはメイの回復を待って出発するとするかのう」
カーンカーンカーンカーン。
「外が騒がしいな……」
半鐘の音が鳴り響く中、村中が赤みを帯びてきた。
「火事か?ちょっと行って来る。二人はその子についてやれ」
「わかった」
ジェスは家を出て行った。
「カイン様。あの男なかなかの身のこなしですぞ……只者ではありますまい」
「そうだな。この村でもかなり頼られているみたいだしな」
その時ジェスが大慌てで家に戻ってきた。
「大変だ! 誰か攻めてきた!」
「誰か? ルワーノじゃないのか?」
「違う!見たこと無いシンボルだ!」
「じいや! メイを頼む! 俺は外を見てくる」
「カイン様気をつけるんじゃぞ!」
カインとジェスは村の高台まで出てきた。少し遠くに数千の軍勢が見えた。おそらく後十分もしないうちに攻め入るだろう。
「確かに見たことない旗だな……」
軍勢の中から一人の騎馬兵が飛び出して村の入り口までやってきた。
「我々はルワーノ反乱軍グールの部隊だ!我々の躍進のためにこの村には滅んでもらう!」
「ルワーノ反乱軍……? そういえばルワーノ本国が何者かの手によって落ちたとリリィから報告があったな……」
「リリィを知ってるのか?」
「お前もリリィを知ってるのか……ならば話が早いな」
ジェスは羽織っていたマントを脱ぐと腕章を見せた。
「俺はこのスナイ村にいるシャインテラス解放軍リーダーのジェスだ。もっともスナイ村全体が解放軍みたいなものだがな」
「そういえば各地に仲間がいるって言ってたな……」
「それにしてもなんて数だ……とても小さい村を襲う数じゃないぞ」
「ジェス。俺も手伝うよ」
「そうだな。お前の仲間が回復するまでは手伝ってもらうとするか……だが戦えるのか?」
「それなら……大丈夫さ」
カインの顔はどこか決意を感じさせる表情だった。
「何があったか知らんが期待しているぞ」
グールの部隊がついに村に入ってきた。入り口で陣形を組むスナイ村の人々は弓で応戦しているがすぐに破られるのは目に見えていた。スナイ村にいるシャインテラス解放軍のメンバーは三百人弱。対するグールの部隊は五千はいた。
「ふん……反乱軍といってもやり方はキングルドと同じらしいな」
「もう……誰も殺させはしない……」
カインの脳裏には幼い頃に見た光景が思い出されていた。
「行くぞジェス!」
「当然。この村は俺が守る」
二人は一気に敵に突っ込んでいった。
「おお……ジェスさんが来てくれたぞ!」
「みんな頑張るんだ! 俺とこいつが相手するから援護を頼む!」
「了解!」
解放軍の全員が弓から槍に持ち替えた。
「いくぞ!」
「手はあるのか?」
「ある。相手は五千人以上いるんだ……それを逆手にとる!」
「どうするんだ?」
「食料庫を襲う。そうすればやつらはルワーノまで撤退するしかないだろう」
「それじゃこの村の食料が襲われるんじゃないか? それに増援物資があったら・・・」
「どっちも問題ない。この村の人口は五百人。例えとられたとしてもどう考えても足りない。それに相手は五千人を送り込んでいるからすぐにこの村を落とせると思っている。だから増援物資もない」
「結構考えてるんだな」
「これでもリーダーだからな」
ジェスは右手に斧を、左手に銃を構えた。
「狩人をなめるなよ……」
ジェスは足に力を込め相手との距離をグングンと縮めていった。
「カイン。十メートル先は踏むなよ」
ジェスは十メートル先の少し変色している部分を飛び越えた。カインも続く。
「あれは?」
「俺達は狩人だ。当然罠も仕掛けてある。村の外から見たらあそこの変色には気づかないように作っている」
二人は敵の大群に突っ込んでいった。カインがナイフと体術で道を切り開き、ジェスが斧と銃でとどめ役にまわった。
「食料庫ってのはどの辺にあるんだ?」
「あの狼煙の上がっているところだ。間違えるなよ」
「はいよ!どけどけどけどけええええええええ!」
一直線に食料庫を目指して二人だけで突っ込んでいく。残りはほかの槍をもった兵士たちに足止めをしてもらう。ジェスの見事な作戦は的中した。
「お……おい!見ろ!食料庫が燃えているぞ!」
「まずいな……」
「どうしますか隊長?」
「ふむ……撤退だ!」
「全員退避!」
数時間後、ルワーノ反乱軍はすべて撤退していた。
「ジェス……どう思う?」
「そうだな。随分とあっさり引き上げたところを見ると、今回は脅しのつもりだったのかもしれないな。出来れば落とそうという程度だったのかもしれない」
「そのためだけにあの大群をよこしたと言うのか?」
「まぁ全ては憶測にすぎないさ。今日はもう休め」
「そうだな……明日出発するよ」
そのままカインは休むことにした。その夜……。
「カイン……か」
ジェスは自室で難しい顔をしていた。
次の日の朝。
「うぅ……ん」
メイが目を覚ますと、右手と左手に温かいものを感じた。
「カイン様……じいやさん……」
そこには心配そうに眠るカインとじいやがいた。どうやらまだ早朝のようだ。
「ずっとそばにいてくれたんですね……」
カインとじいやの顔を見てうれしくなった。そしてこの場にいないバイスを思いさびしくもあった。
「起きたか?」
ジェスがコーヒーを持って入ってきた。
「ジェスさんが助けてくれたんですね?」
「そういうことになるな。コーヒーだ」
「ありがとうございます」
二人の手を離してコーヒーを受け取った。
「むにゃ……」
「んー……」
「起こしちゃいましたね」
カインとじいやが眠そうに起きた。
「メイ……ちゃんと回復したんじゃのぅ」
「良かった……」
じいやにとっては娘。カインにとっては姉のような母のような存在のようだ。
「お前達もコーヒーいるか?」
「いただこうかの」
「いただきます」
それぞれにコーヒーを注いだ。
「それじゃ俺は狩の支度があるからもう行くぞ」
そういうとジェスは自分の部屋に帰っていった。
「それじゃ俺たちもそろそろいこうか?」
「そうじゃのう。メイ、調子はどうじゃ?」
「ばっちりです♪」
カインは少し晴れた気分でいた。
「カイン様何かいいことでもあったんですか?」
少しでもこの村の為に役にたてたからだ。
「なんでもないよ」
そういいながらもその顔は少しはにかんでいる。
「昨日のカイン様はかっこよかったんですぞ?」
じいやの顔も笑っている。
「えー……見たかったなぁ」
メイの顔だけが少し膨れていた。