第一章
この物語は七年前より始まる。
朝の光がカーテンから差し込んでくる。
「んー……」
少年はまぶしそうに布団にもぐりこんだ。少年の名はカイン。シャインテラス国の英雄であり国王でもあるカダディールの息子だ。
「王子。朝ですぞ! 起きてくだされ!」
いかにもじいやという感じの老紳士がカーテンを開け部屋に光を取り入れた。
「あと五分くらいいいじゃないか」
「ダメですじゃ! 今日は王子の大事な十年祭ですぞ?」
そうだった。今日はこの国の一大イベント。十年前に革命が起き、同時にカインが生まれた記念日として執り行われる十年祭があるのだった。
「ふぁぁぁ……僕はそんなの別にいいんだけどなぁ」
「そんなことでは立派な王になれませんぞ?」
「王ねぇ……」
正直あまりピンとこなかった。五年ほど前からシャインテラス国は隣のルワーノ国と戦争状態なのだ。そのため、父親は国王だが英雄でもあるため常に戦場に出て行って帰ってくることなどなかっため、面識がなかった。
「みんな父さんはすごいって言うけれど、写真でしか見たことないし話したこともないからよくわかんないや」
「カイン様のお父上のカダディール様は十年前に腐敗しきっていたシャインテラス国を自ら先頭に立ちこの国の危機を救ったお人なのじゃ……」
十年前の独立革命。この国の中で最も大きな出来事として語り継がれている。当時の国王カムールは悪政の限りを尽くしていた。そんな時立ち上がったのが王国軍第十三部隊隊長のカダディールであった。その時は誰もが革命軍の圧倒的不利のため残りの部隊にすぐに制圧されるだろうと確信していたが、カダディールの強さ、そして人望により次々と仲間を増やしついには革命を成したのだ。当然この国の教科書にも載っている。
「その話は何度も聞いたよじいや」
そう。この話はすでに八十七回目だった。三桁の大台に行くのは時間の問題だろう。
「最近もうろくしてしまいましてのぅ……ささ、早く着替えてくだされ」
「でも十年祭って具体的にはどんなことするの?」
「簡単に言えばお披露目ぱーちーみたいな物ですじゃ」
「この戦争時にそんなことしてていいのかなぁ?」
「この戦争時だからこそですじゃ。国民は戦争に疲れてますのじゃ。こんな時だからこそ少しでも明るい話題がみんなほしいのですじゃ」
「わかったよ。それでみんな元気になるならそれでいっか」
なぜか少しうれしい気分になった僕は正装に着替えて部屋を出た。
「カイン様。十歳の誕生日おめでとうございます」
部屋を出てすぐのところにピシッとしたスーツを着た男性が立っていた。
「ありがとうバイス」
彼は僕の教育係で勉強から武術すべてを教えてくれている。元はシャインテラス随一の腕前の戦士で、二つ名があるみたいだけど……忘れちゃった。
僕は大きな部屋に入った。いわゆる大部屋だ。
「カイン様♪ 朝食が終わりましたら早速スピーチになるのでガンガン食べてくださいね♪」
吐きそうになるくらい山盛りになった食事を前にして元気を振りまく少女がいた。
「そんなに一杯は食べられないよ」
彼女はメイドのメイ。歳は僕より五つほど年上で元気一杯のお姉さん的な存在だ。
「そういえばせっかくの十年祭なのにこんな時も父さんは帰ってこないのかい?」
じいやに聞いてみるとじいやは申し訳なさそうに
「それが今国境付近でとてもまずい状況になっているようでして、任務を離れられないのですじゃ」
「そうですカイン様。知っての通りこの国は独立してからまだ十年しか経っていないのです。国王様みずからが出陣しなければならないほど人材不足なのです。有力な人材はそれぞれいつルワーノに襲われるか分からない重要拠点に赴いているため、そこを離れられないのです」
「それくらいは分かるけどさ……」
「まぁまぁ、カイン様もさびしいんですよね? まだ十歳になったばかりなんですから♪」
「このじいや! カイン様のためならどんなことでも!」
「私もですよ。カイン様」
「ありがとう。メイ。じいや。バイス」
この三人にはいつも世話になりっぱなしでこの息苦しい生活の中で確かに信頼できる人たちだ。
「じいやさん頑張りすぎて死なないでくださいね♪」
「こりゃメイ! 年寄りに向かってなんてことを!じいやはカイン様が死ぬまでは死にませんぞぉぉぉぉ!」
「いや、それは無理でしょう」
ひややかなバイスのつっこみが炸裂。
「ぐぅ……じいやはショックで死にそうですじゃぁ」
どっちだよ!
「ほらほら、カイン様早く朝ごはん食べてくださいな♪ みんな待ってますよ♪」
朝食と格闘すること十五分。やっと食べた僕は考えたスピーチの練習した後、みんなの待つ広間への階段を上がった。
この階段がカインの歴史の始まりでもあった……。