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巴は歓喜のあまり叫び出しそうになる気持ちを必死で抑えようとしていた。
…やっと、やっと…!
「冬休みだーっ!!」
「おーい。ホームルーム中だぞ、音成」
「あ、先生すいません。あまりに嬉しくて、つい。えへへ」
巴はあまりの嬉しさに、いつもなら自身で引いてしまうような間抜けな笑みまで浮かべてしまっている。
…やっと隣にいるこの忌ま忌ましい変態とおさらばできると思ったら、思わず口に出ちゃったよ。隣で、今の笑顔可愛い可愛い!と写真を撮られようと今日は気にしない。なんたって明日から冬休みなのだから!
巴が意気揚々と椅子に座り直すと、写真を撮り終えた隣の席から哀愁が漂ってきている。
「巴と二週間も離れ離れなんて……。堪えられない……」
ちらちらと巴の方を見ている嵐雪をホームルームそっちのけでクラス一同が見守っている。 しかし巴はそんな視線などものともせず、完全に一人の世界に入り込んでいた。
…ふふふ。以前は冬休みを侮っていた。たかが二週間のお休みでしょ?って。でも今は違う!二週間も隣の変態に会わなくて良いなんて…!神様、ありがとう!
満面の笑みで巴は嵐雪を見る。嵐雪は巴の嬉しそうな笑顔に反応して分かりやすく、まさしくとろけた笑みを浮かべた。
「じゃあ、小波くん。今年会うのは今日で最後だね。また来年ね!」
清々しく巴がそう宣言すると嵐雪の先程までの歓喜の表情が一気に固まり、目にうっすらと涙を浮かべ始める。
「い、嫌だ!巴と離れ離れになるなんて!ずっと一緒にいないと、俺は…。俺は……はっ、そうか。俺の家に連れて帰れば…」
うんぬんと、何やらぶつぶつ犯罪めいた嵐雪の言葉を、クラス中が聞かなかったことにするように顔を背けた。
巴は気にせず意気揚々と鼻唄混じりに帰り支度を始めた。その瞬間、担任の一言が巴の動きを止めた。
「そんなに音成と離れたくないのか、小波は」
「もちろんです、先生。一秒だって巴と離れていたくありません」
「そうか。じゃあ、冬休みに音成と一緒に居られる権利をやろうか?」
…なんだって?
「ぜひお願いします!」
「ちょーっと、待ったああ!!」
聞き捨てならない言葉に巴は担任を凝視する。
「なんだ、音成」
「私の貴重な休みを取り上げるなんて…。先生にそんな権限ないと思うんですが!職権乱用反対!」
「何を言う。中間、期末の数学が赤点だったやつは冬休み返上して課題をしてもらうと授業中口を酸っぱくして言っただろう。音成、お前に関しては個人的にも何度も何度も何度も!言ったはずなんだがな…。」
やっぱり聞いてなかったのか、と肩を落とす担任を横目に巴は自身を振り返る。
…そうでしたっけ?あー、期末試験前に何かを必死に訴えている担任の姿が頭に浮かんできたような、こないような…。
「でも先生は年末年始はいろいろ忙しい。だから代わりに成績優秀な小波に教えてもらえ。な!」
「いやいや!先生から教わりたいです!先生じゃなきゃ嫌!」
巴がそう叫んだ瞬間に、クラス内の気温が一気に下がった、ように思えた。
「…巴。俺より、先生が良いの…?」
嵐雪の呟きに、クラスメイトからの非難の視線が巴を襲う。この息苦しい空気をどうにかしてくれ、との意味を含んでいることは巴にも理解出来た。巴も危ない気配を感じ、出来うる限り嵐雪を刺激しないよう努めた声を出す。
「そ、その、小波くんが転校してきて初めての休みだから、私ごときに貴重な時間を割くなんて可哀相だなーって、思ったり、して、ですね…。つまり、私一人で大丈夫です!」
…変態にマンツーマンで教えてもらえ、と。冗談じゃない!考えるだけでも恐ろしわ!と言えたらどんなに楽だろうか。ええ、空気を読みました。私。
嵐雪の冷たい空気に一番晒されているだろう担任も、若干、涙目になりながら事の成り行きを見守る。
すると、巴…、とやたら艶っぽく嵐雪が呟く。
「俺のことなんて全然気にしなくて良いんだよ、巴。むしろ、巴と一緒にいられる時間の方が何を差し置いても重要だから!安心して。俺がみっちり付き添ってあげるからさ」
柔らかい笑みを浮かべる嵐雪にクラス中がほっと胸を撫で下ろす。
「いや、結構で…」
「引き受けてくれるか、小波」
「一人で大丈…」
「もちろんです、先生。俺の巴が困っているのなら喜んで」
「小波くんもちょっと黙っ…」
「そうか、そうか!良かったな、音成。しっかり小波に教えてもらえよ!」
「え、ちょっ」
最良の思い付きだと信じきっている担任の耳には、もはや巴の言葉は届いてはいない。
嬉しそうにはにかむ嵐雪やからを見て、クラスメイトたちは暖かく微笑む。香絵だけは面白そうに、慌てる巴と満足そうな嵐雪を見て笑っている。
「んじゃ、起立。礼。みんな、楽しい冬休みを過ごせよー」
「はーい!」
「い、嫌だーっ!!」