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…あれは忘れもしない暑い日。二学期が始まって、もうそろそろ志望校を決めなきゃいけないな、なんてありふれた悩みを持っていた私。特に大きな問題もなく、毎日が過ぎていく。面倒事が嫌いな私にとってこれ以上ない幸せな日々。これからもそんな平凡な日々の積み重ねだと、信じていた。

…あの、悪夢の日がくるまでは。

「今日、私たちのクラスに転校生が来るらしいよ」

朝のホームルーム前の時間に香絵は何の脈絡もなく前に座る巴に告げる。

「こんな中途半端な時期に?大変だね」

「まあ、高校二年の2学期に転校とかなかなかないわよね」

「確かにねー」

「もっと興味持ちなさいよ。巴の後ろの席に来るのよ?」

巴の席は真ん中の後ろから二番目にあり、その後ろの席は空席である。そして今のように、休憩時間には香絵が座っていることが多い机でもある。

「ふうん。女?男?」

「男。爽やかなイケメンらしいよ」

…だから今日のクラスの女子のメイクが三割増しなのか。そして情報早すぎじゃないですか?

男子が遠巻きに見るほど、女子たちの気合いの入れようが半端ではない。

「巴はそういうの興味ないの?」

「うーん、だって格好いい人にこんな凡人が相手にされないのわかりきってるしさー」

「そう?意外と可愛い顔してると思うけど」

「意外と…。ありがと。香絵は興味ないの?」

「あるわよ」

…こりゃ意外だ。

香絵はふわふわとした庇護欲を存分にそそる容姿をしているが中身は一言で言うなれば姉御である。良いものは良い、嫌なものは嫌、気持ちが良いほどはっきりしている。そんな香絵に告白してくる猛者は後を断たない。そして、その猛者たちを興味ない、の一言で一刀両断している。

そんな香絵が興味を持つなんて、と驚く巴に香絵はにやりと笑う。

「その男を巡って繰り広げられる女の醜い争いとか、ね」

…うん。何も言うまい。やはり香絵は香絵だった。

「ほら、席に着けー」

本鈴と共に担任が教室に入って来る。担任そっちのけでその後ろをクラスの女子たちが嬉々と待ち構える。いつにもまして大きい瞳をさらに大きくしながら待つ光景は、担任を少しだけ後退りさせるには充分であった。

「え、えっと今日は何か…目力がすごいな。はは、は。じゃあ最初に転校生を紹介する。…小波、入って来い」

担任の声に合わせ入ってくる転校生。香絵からの情報でわかっていたはずの巴でも、その姿を見たら僅かに瞳を見開いた。何故なら現れたのは、聞いていたよりもずっと爽やかな王子様だったからだ。

…そりゃみんな騒ぐのもわかるわ。

今まで異性にあまり興味を持っていなかった巴でも見惚れてしまうほどの容姿に、クラス一同声を失う。

しかしそれは一瞬のことで、次の瞬間には校舎中に響かんばかりの歓声があげられた。

…何を食べたらあんな容姿になるんだ?

顔の造りは全体的にシャープだが、黒目がちな割りと大きな瞳によって中性的な雰囲気を醸し出す。さらさらと流れる自然な茶色の髪は、なお一層、現代版の王子さまを物語る要素の一つになっている。

…本当にいるんだな、ああいう人って。

巴はじっと観察するように眺めていると、不意に小波と目が合う。小波は僅かに瞳を見開き、巴は一瞬自分の心臓が僅かに音を立てたのを聞いた。

そして、小波はなんと巴から目を離さず一歩その場から足を踏み出した。それまで止まなかったクラスの女子の黄色い声はその一歩と共に鳴りを潜め、小波の動きをクラス全員がじっと見つめた。担任までもその動向を見守っている。

…こっちに向かって来ている?いやいや、もしかしたら私の周りの女の子と目が合ってるのかもしれない。目が合ってるとか自意識過剰だなあ、私ってば!はは、は。…こっちに来ませんように!

厄介事は面倒だと、巴は心で叫ぶ。しかしその反面、巴の瞳は小波から反らされることはない。そして、見物料取られたらどうしよう…、と巴の思考がそこまで及んでいる間に無情にも小波は巴のすぐ横で止まった。

瞳は未だに反らされず、二人見つめあっている状態が続いている。何とも言えぬ圧迫感に耐えきれず、巴から口火を切った。

「な、なんでしょう…?」

下から顔を覗くように巴が伺うと、お美しいお顔がじっと巴を見つめて、肩を震わせていた。

…ん?震える?

「はあっ、かわ、可愛い…はあはあ…っ」

…何か小さくハアハア聞こえてるのは幻聴に違いない。王子がハアハア言うわけない。今聞こえてるのはみんな幻聴だ!

「…やっと、見つけた…」

「え?」

元通りの爽やかな笑みを浮かべる小波を巴は見返す。

「俺、小波嵐雪。君は?」

「音成、巴…です」

「巴…そうか、…」

嵐雪は方膝を床につけて巴と向き合うように目線を合わせると、頬を染めた。

…え、なぜ赤くなる?そしてこの緊迫感は何なの?

嵐雪は訳が分からない巴の手をサッととったかと思えば、顔を巴に少し近づけた。

「俺は巴のステキな彼氏になる為にここに来ました。俺と付き合って下さい」

嵐雪がそう告げるとその瞬間に男女共に割れんばかりの悲鳴が教室を占拠する。静かなのは向かい合う二人だけ。そして、巴の口が開いた。

「お断りします」

一瞬だけ舞い降りた沈黙はその瞬間には破られる。

巴は嵐雪を見る。嵐雪は僅かに目を見張っていた。

…断られたことないんだろうな。でも、私の中で何かが訴えてる。この人…。

「…巴ってば照れ屋さんなんだね…はあ、はあっ」

巴が思考を止め、改めて目の前の嵐雪を見ると戸惑った様子は跡形もなく、ただ満面の笑みを浮かべていた。

…先程の荒い息は、聞き間違えではなかったようです。

「本当に可愛いな、俺のお姫様は」

ちゅっと可愛らしい音が、巴の近くで聞こえた。厳密には、巴の左頬で。

「…………………っ、この変態があああっ!!」

バチーンと威勢よく放たれた巴の平手打ちは、嵐雪の頬に容赦なく打ち込まれた。

周囲の喧騒に包まれながら、巴と嵐雪の攻防は始まったのである。


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