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「朝からお勤めご苦労様」

香絵がふわっふわの猫毛のような柔らかそうな髪を揺らめかせながら、巴に笑いかける。朗らかな笑みではなく、にやにやとそれはもう面白そうに。

巴は窓際の一番後ろの自分の席を見て嬉しそうに笑ったあと、静かに腰を下ろし、ため息を一つついた。

巴は嵐雪が転校してきてから幾度となく担任に席替えを訴えて続けていた。そして、ようやく昨日の帰りのホームルームで念願の嵐雪の近くではない席をゲットしていた。重要だから、何度でも巴は確認する。

…変態が近くにいない!なんて素晴らしい!

「また朝から流血騒ぎ起こしたんだって?あんたらよくやるね」

「ちょっと、あんたらって言うの止めてよ!あんなやつと一緒にされるとか…。おぞまし過ぎて鳥肌立つから!」

巴はぶるりと顔を青くして身震いをする。

「ぶっ」

「…今、笑った?笑ったでしょ?他人事だと思って!」

「他人だからねえ」

「くっ…!」

他人の不幸は蜜の味だと言わんばかりの香絵の態度に巴は反論出来ない。何故なら、巴が香絵の立場なら同じように面白がると自覚しているからである。類は友を呼ぶとはよく言ったものだ。

「でも、あんな頭良し、顔良し、運動神経良しに好かれてるんだからもう少し喜びなさいよ」

…全然嬉しくない!

「まあ、性格が残念通り越して、危ない領域に全身浸かってるとしか言いようがないけど」

…香絵さん、全くもってその通りですけれども。的確過ぎて、何も言うことはないですけれども。もっとこう…他の言い方はなかったんですかね?その危険人物に追いかけられてる私は、どうしたらいいんですか?なんか危ないフラグたってます?

「あああ、もう朝から鬼ごっことか嫌だ…」

「いっそのこと小波くんに捕まってみれば?」

「確実に私の何かがなくなる気がする!却下!だめ、絶対!」

「…本当に巴は小波のこと嫌いね」

「もう嫌いとかいう次元じゃない。大き…」

「大好きなんだよね?」

「で、でたぁー!!」

巴の言葉に被せてきたのはもうすでにお分かりだろう、嵐雪である。嵐雪はにこにこと、まるで最初からここにいたかの様に場に馴染んでいる。

…い、いつの間に!しかもちゃっかり私の隣に座ってるし!あれ?香絵もいない…。香絵さん、戻ってきて!危険人物と一緒に残していかないでー!

しかし、素知らぬ顔で香絵はちゃっかり自分の席に着いていた。時折、チラッとこちらを見てはニヤニヤ笑っていた。

…この裏切り者め。親友を変態に引き渡すとかなんたる所業か!そしてこのクラスの生暖かい視線が辛いんですけど!

校内では、嵐雪の容姿に惹かれた女子の巴に対する嫉妬が激しく巴に容赦なく突き刺さる。


しかしクラスではじわじわと嵐雪の奇行を認め、ついには嵐雪の行き過ぎな熱い想いを応援している節がある。嵐雪の取り扱いは全て巴に任せる、という暗黙の了解まで出来ている始末である。触らぬ神に祟りなし、ということなのか。

「ひどいよ、巴。先に教室に行くなんて。一緒に行こうって言ってるのに。まぁ、照れ隠しってわかってるけどね」

「…」

サラっと爽やかな笑顔で、そんな巴がまた可愛いんだよねーと頬を染めて訳のわからない事を言う嵐雪を巴は完全にスルーする。

…誰か彼を精神科に連れて行ってあげて下さい。あと、眼科。

「さ、小波くん、もう席に戻った方がいいんじゃないかな?ホームルーム始まるよ?」

巴は引き攣る口元を必死で宥めて、愛想笑いを浮かべて言う。わざわざ、黒板のすぐ前の嵐雪の机を指差しながら。

…ほら、さっさとお行き!

すると、嵐雪は目をキラキラさせて巴を見つめる。

「巴の笑顔すっごい可愛い!笑いかけてくれる事なんて滅多にないのに!あ、席はここだから。ねね、もう一回笑って、写真撮るから!」

「二度と笑うか!もういいから席に……って、あれ?き、聞き間違いかな。席そこだって…」

何か聞き捨てならない言葉が含まれていたような気がして、巴は嵐雪に聞き返す。

携帯を片手に嵐雪は人懐っこい笑みを浮かべた。

「うん。ここの席の松村くんに席代わってもらっちゃった。やっぱりいつも巴の側にいたいし…、ね?」

…ね?って同意求められても困るんですけど。しかも松村、勝手に席代わるってどういうことなの?私にストレス死しろと、そう言いたい訳?…十円ハゲ出来たらどうしよう。ヅラ?担任とお揃いとか本当に勘弁してほしい…。

論点がずれだしていることに気づかないまま巴は数分微動だにすることはなかった。余程、現実を受け入れ難かったのだろう。

その間に教室の端で松村がクラス中から賛辞を贈られているのを巴は気付かない。これでクラスは安泰だ、とクラスメイトたちは喜ぶ。

そして、やっと嵐雪の言葉の意味を完全に理解した時には、巴は勢いよく立ち上がった。

「い、嫌だー!!!」

「こら、音成。ホームルーム中だぞ」

いつの間にかホームルームが始まっていたらしいと悟ると、巴は隣でにこにこと笑う嵐雪をビシッと指差した。

「先生!勝手に席替えしてる人がいます!ダメですよね?昨日、公正にくじ引きでに決まった事ですもんね?ほら、小波くん。自分の元の席に戻ろうか?戻って下さい…!」

巴の必死の訴えは担任に軽くかわされる。

「でも、松村がその席だと黒板が見えにくいから、小波に変わってもらうと報告もあったしなー」

…おのれ、松村。すでに許可をとっているとは…!

「…ところで、もうホームルームの続きを始めてもいいか?」

担任がおずおずと巴に訪ねるが、巴が答える前に隣で声をあげた。

「はい、大丈夫です。俺の巴が邪魔をしてすみません、先生。俺の巴が」

「俺のって強調やめて!あんたのじゃない!」

「もう本当に俺の巴って可愛いなー」

「きいいぃ!!」

「…うん。もう何でもいいから静かにしような?先生泣くよ?」

…松村、覚えてろよ!

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