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百年目ののっぺらぼう

作者: 横江秋月

 紀伊國坂のすぐそばで、ムジナは目を覚ましました。穴からのこのこ這い出してきて、ひとつ大きな伸びをしました。

「ふあああああ……」

 左を見ると、長い線路の上を新幹線がものすごい音を立てて走っていきました。右を見ると、自動車が臭い排気ガスを出しながら、追いこしもできないほど混みあってのろのろ進んでいました。前には高いビルがそびえたっていました。

 100年も眠っているあいだに、あたりのようすはすっかり変わっていたのですが、ムジナはそれに気がついているのかいないのか、慌てたようすもなく、また穴の中にのそのそと入りこみました。

「久しぶりに、また人間でも化かしてやるとしようか」



 さてその夜。

 紀伊國坂では、着物を着た娘がしゃがんで泣いていました。たもとで顔を隠してはいますが、なかなかの美人のようです。じつはこの娘、ムジナが化けたものでした。

「それにしてもまあ、なんて騒がしいんだろう。おまけに誰も歩いてこない」

 ぶつぶつひとりごとを言っているムジナの前を、自動車がびゅんびゅん通り過ぎていきます。

「駕籠ってのはこんなに速いものだったかな。……なんだかおかしいぞ。担いでるやつがいないじゃないか」

 ちょうどそこに、1組のアベックが通りかかりました。

「来た来た」

 ムジナは彼らに聞こえるように、わざと大きくすすり泣きを始めました。アベックはムジナのすぐ前を歩いていきますが、まったく気付かないようすです。ムジナは、どうして声をかけてくれないのか、薄情なやつらだとすっかり気をもんで、そっとたもとをずらして2人のようすを見ました。

「あれっ!? い、いない……」

 アベックはムジナの前から消えうせていました。

「なんだい、あれは。……はて、もしかしたら新しく越してきたお仲間かしらん」

 気を取り直して振り返ると、向こうから2つの人影がもつれるようにやってきます。ムジナは急いで座り直し、2人がやってくるのを待ちました。

「きのう娘が離婚しましてね」

「ほう、そうですか。じつはうちでは、家内が別の男と駆け落ちしたんですよ」

「それはまたけっこうなことで」

「やあ、ありがとう。お互いにほっとしましたな」

 ムジナは耳を疑いました。2人の男が通り過ぎていってしまったのにも気付かず、たもとを落としたまま呆然と突っ立っています。するとそこへ、2人の子供を連れた女が通りかかりました。

「ママ、あれ何?」

「さあね、マネキンじゃないの?」

「でも動いてるよ」

「じゃあ、ロボットじゃないの?」

「ねえ、目も鼻もないよ」

「そんなもの必要ないでしょ。変なものに気を取られちゃだめよ。誘拐でもされたらどうするの?」

 ムジナは考えこんでしまいました。いったい何がどうなってるんだ。目も鼻も必要ないとはどういうことなのか。どうしてのっぺらぼうだってことに気がついてくれないのだ。

 場所を変えたら違うかもしれないと思い、ムジナは大通りに移ることにしました。たもとで顔を隠し、あちこちつまずきながら歩いていくと、何か柔らかいものにぶつかりました。

「おう、姉ちゃん、気をつけなっ」

 ぶつかったのはがらの悪そうな男でした。男はムジナの髪をつかんでからんできました。

「人にぶつかっといて、ただで通ろうってんじゃねえだろうな。落とし前をつけてもらおうじゃねえか」

 着物のたもとがはらりと落ちて、卵のような顔がまともに現れました。

「なんだ、のっぺらぼうかよ」

 男はムジナをどんと突き飛ばすと、肩を揺すり揺すり人ごみの中へ消えていきました。

 なんだのっぺらぼうかよだって。じゃあ、のっぺらぼうなんて怖くもなんともないってことなのか。そんなあほな……。

 ショックのあまりふらふらと大通りに出ると、すぐわきをオートバイがすごい速さで通り過ぎていきました。

「気をつけろーっ、ばっきゃろう!!」

 ムジナは大慌てで建物の陰に逃げこみました。

 そのときです。その建物から出てきた娘が、ムジナを見て悲鳴を上げました。

「きゃあーっ!!」

 ムジナは喜びました。やっと怖がってくれる人がいた。人間というものは、やっぱり本質的には変わりのないものだ。

 ところが、娘がその次に言ったことばを聞いて、ムジナは愕然としました。

「な、何よ、このケダモノ」

 ムジナは自分の体に視線を移しました。なんと、慌てたはずみに化けの皮がはがれていたのです。



【完】

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