不思議な本
結構間が空きましたが次話投稿しますー。
少し長めになってますー。
「うぐぐっ!・・・足がむくんで抜けないー!」
長時間新幹線に乗っていた百合江が、足のむくみとブーツのコンボを食らい格闘している中、開かれた本の上ではスルスルと赤い血が生き物の様に這い、ページの中央に集まり始めていた。
それは、百合江の視界の外で幾つかの文字となるとゆっくりと動きをゆるめ、本の中央まで来ると動きを止めた。
「・・・取り合えず何かで拭くか・・・」
しばらくブーツと格闘していたが、あまり時間をおくと、血が付いた部分が染みになるのではと、百合江はブーツを脱ぐのを一端諦め肩に掛けていたいたバックを下ろし中を探ろうとして、その時になってやっと本の異変に気付く。
「・・・え?・・・なにこれ・・・」
先程まで血で汚れていたページの血痕は跡形もなく、あるのは見たことのない文字で本の中に書かれた見覚えのない自分の名前。
「・・・????」
知らないのに解る。
変な感覚に百合江の頭に無数の疑問符が浮かぶ。
見たことのない文字のはずなのに、そこに書かれた言葉の意味は日本語で書かれているように読めるし理解できる。
理解不能な不可思議な現象に、いまだストーブすら点けていない寒々しい室内の中に居ながら、百合江は頭から湯気が出そうな気がしてくる。
「・・・・取り合えず・・・・ストーブ点ける・・・かな」
頭から湯気が出そうだろうと何だろうとこのままでは凍死する。
寒さに身を震わせながら、一端本を閉じようと百合江が手を伸ばし本に触れた途端・・・。
「うわっ!」
百合江の指先が触れた部分から、開かれた本の表面に水面に触れた時の様に波紋が広がって百合江は慌てて本から手を離す。
百合江の指先から始まった波紋は幾重にも重なり本の上に丸い輪が広がっていく。
触れた時の紙のカサリとした感触はいまだに指先に残っている。
それなのに、雨粒の落ちた水面の様に波立つ本のページに頭が混乱して、百合江は本と自分の指とを交互にまじまじと見比べた。 特に細くも長くもない、丸い爪の付いた自分の指はいつもとなんら変わりはなく、閉じたり開いたりしてみても違和感は感じない。 それなのに、本の上にはいまだに丸い水紋が細波の様に広がり、百合江は思わず頬をぎゅっとつねってみた。
普通に痛いし!!
夢かと思い、強くつねりすぎたらしい。
地味にひりひりと痛む頬を撫でながら、バックから眼鏡を取り出し掛けてみるが本の様子は変わらない。 本と顔との距離は一メートルも離れてはいない。
しかし、近視気味で乱視も入っている百合江は、少し離れると物がぼやけて見える事があるため、それかと思ったのだが、本はいまだにゆらゆらと波紋を描き収まる気配はない。
「・・・・・・」
新しいタッチパネル式の本型ノートパッド?
バリバリのアナログ人間で、携帯すらまともに使えない祖母がそんな物を持っているとも思えなかったが、自分が知らないだけでいつの間にかハイテク老人になっていたのかもしれない。
やるな・・・朱里・・・(祖母の名前である)。
スマホすら持っていない百合江は、なにやら負けた気分になりながら、これを本型ノートパッドだと思う事にした。
「今はこんなもんもあるんだ・・・」
目まぐるしくかわる電子機器に付いていけない自分が、急に年をとった気がして百合江は眼鏡を外しながら本型ノートパッド(らしき物)に手を伸ばす。
「こう言うのっていくらくらいすんだろ?正月だからお年玉のつもりだったのかねー・・・」
年金暮らしだと言うのにリッチな事である。
自分の老後はそんなに貰えないのだろうと考え、ソロソロ貯金もしなければ等と関係ない事につらつらと思いを巡らせながら百合江が本型ノートパッドに触れる寸前・・・。
手を掴まれたんですが・・・。
「・・・・」
ひんやりとした白魚のごとき麗しい腕。
「・・・・・・・・」
桜貝の様な手入れの行き届いたピンク色の爪の付いた、ほっそりとした白い腕が本の中から伸び。
自分の腕を掴んでるーっ!!!???
「ひぃぃっ!?」
ホラーである。
さっきまで考えていた年金やら貯金やらは頭からぶっ飛び、百合江は慌てて謎の(ホラーな)腕から自分の腕を取り返そうとのけ反るが、白魚の様な繊細な見た目の(ホラーな)腕は見た目に反し力が強かった。 そっと、百合江の腕に添えられているだけに見えるのに、百合江が全体重を掛けて引っ張っているのにびくともしない。
プライバシーの観点から体重の明言は避けるが、かなりの怪力具合に恐怖心が煽られる。
「何これ!?こわっ!!おばーちゃーんっ!!?」
お年玉ではなく呪いのアイテムを孫に押し付けるとか何事!!??
いつだったか、祖母が大事にしていた花瓶を割った事や、おやつにしようと隠してあった羊羮をこっそり食べてしまった事、正月の帰省で祖母のとっておきの日本酒を一滴残らず飲み干しベロベロに酔っぱらったあげく、飲むのに使った(これまた祖母の大事にしていた)酒器を粉砕した(数え上げればきりがない・・・)事が頭を過る。
「・・・・」
腕を掴まれ焦ってはいるが、自分の素行の悪さに頭が痛くなってきた。
特に酒器を壊した時の鬼の様な祖母の形相が思い出され、百合江は遠い目をしてほっそりとした(ホラーな)腕から目を逸らす。
これは呪いのアイテムを渡されても仕方ないかもしれない・・・。
「ふぇっ!?」
そんなことを考えている隙に、先程まで肘の辺りまで本から出ていた白い(ホラーな)腕が半分程本の中に戻っていく。
つまり、百合江の指先が波紋を描いていた本の表面に触れ、第一関節位まで埋まっている。
「ふぎゃーっ!!なにこれっ!なにこれーっ!?」
百合江が涙目になりながら手首の少し上の辺りに巻き付く白い(ホラーな)腕を外そうと、取られている反対の手を伸ばしたら・・・。
反対の手も掴まれました。
「・・・・」
ほっそりとした優美な浅黒い褐色の腕。
「・・・・・・・・」
これまた綺麗に手入れのされた桜貝の様な形の良い爪の付いた腕が・・・。
本からにょっきり伸びて自分の腕を掴んでる・・・。
「・・・・・・・・・・」
叫ぶのに疲れてきた。
頭の中では、学生時代にやったゾンビを倒すゲームが浮かんできた。
敵のゾンビから逃げ、人気のない廊下をひた走る百合江の操るキャラクターが、急に壁から伸びてきたゾンビの腕に捕まり貪り喰われるシーン。
今、腕を掴まれ謎の(ホラーな二本の)腕に捕まっているのは、百合江の操るキャラクターではなく百合江自身。
私が喰われんの!?
「無理ムリむり無理っ!!喰われるとかむりだからっ!!!」
本から伸びる腕は腐ってはいないが、引きずり込まれた先で謎の何かに貪り喰われる自分を想像して百合江は青くなる。
結婚どころかまともに恋もせずに謎の何かに貪り喰われてゲームオーバーとか無理!!
とにかくがむしゃらに、渾身の力を込めて腕を引き抜こうとするが、いかんせん、敵は二本に増えたため百合江はゆっくりと、しかし確実に本の方へと引き込まれていく。
「おばーちゃんのバカーっ!こんなん渡されたら男捕まえろとか結婚とか無理だっつーのっ!ぎゃーっ!喰われるー!!!」
肘の辺りまで出ていた二本の(ホラーな)腕は、今では手首まで本の中に戻り今度は百合江の腕が逆に肘の少し下まで細波の広がる本の中に入り込んでいる。
外気は震える程に寒いはずなのに、全力で踏ん張る百合江の額にはうっすら汗すら浮かんでくる。
それほど力を込めていると言うのに、本の中に引きずり込まれた腕は一ミリも戻ってはこない。
それどころか、少しずつ少しずつ本の中に飲み込まれていく。
さっきまでは本から延びていた二本の(ホラーな)腕も今ではもうほとんど中に戻り、百合江の腕に添えられた手のひらしか見えなくなっている。
ここにきて、百合江は本格的に嫌な汗が背筋を流れていくのを感じた。
振りほどけない。
「・・・っ!・・・嘘でしょ・・・」
自分の腕を中心としてゆらゆらと波立つ本の表面を凝視し、百合江は呆然としながら力なく呟いた。
その瞬間、腕をとる二本の(ホラーな)腕が一際強く本の中へと百合江を引っ張ってきてぐらりと体が傾ぐ。
「・・・ぁ・・・」
そう思った時には傾いだ体が、開かれた本ページに向かい倒れ込んでいた。
眼前に迫る白い波紋。
ぶつかるっ!?
咄嗟に百合江は衝撃に備えて本から顔を背け目をきつく閉じる。
それから先をどう言えばいいのか、いまいち上手く表現できない。
と言うか目を閉じてしまったため、百合江が感じたのは急に回りを取り巻く外気が温かなものに変わり、想像した様な何かにぶつかる衝撃は全くなかった。
恐る恐る目を開くと、周囲は・・・。
何もない。
いや、自分の腕を掴んでいる二本の謎でホラーな腕はあるが・・・。
それ以外は何もない。
真っ白い、上も下もない、地面があるのかないのかも定かではない不思議な空間。
そこに百合江は、二本の謎でホラーな手に引かれながら、ゆらゆらと浮かんでいた。
いまだにしっかりと百合江の腕を握りゆるゆると引っ張る二本の謎でホラーな腕は、振りほどこうとしようにも、踏ん張るべき地面がなく、足はどこにも着かずに水中でもがいている様にぶらぶらするばかりだった。
このままどこに行くのか、何があるのか、ただただ真っ白な空間の中にあっては百合江には検討もつかない。
たった一つ分かることといえば、二本の謎でホラーな腕が百合江を引っ張っている方向がこの白い空間の終わりではないかと言うことだけだ。
なぜなら、百合江が引っ張られていく先にある二本の腕が伸びているそこだけは、白一色の空間の中で不自然に波紋を描いて、百合江の不安を掻き立てる様に様々な色に変わりながら揺らめいていた。
「あそこが私の人生の終着点・・・」
で、たまるかぁっ!!!断固拒否する!!!!
その先に何があるかは全く分からないが、このまま喰われるのだけはごめんだった。
地面がないから踏ん張る事もできないし、何かに掴まろうにも両手は二本の謎でホラーな腕に引っ張られ塞がっている。
なので地面には着かないが、百合江は自由になる足をばたつかせ身を捩る。
ゆっくりゆっくりと、波紋に向かい進んでいた体が百合江が暴れた事で、速度をゆるめそれまでしっかりと腕に巻き付いていた手の平に隙間が出来る。
「うそ!!やった!外れそう!!!」
その隙を逃さず、じたばたしていると段々と弛く百合江の腕を拘束していた白い手のひらが外れていく。「あとちょいーっ!!」 離れかけた百合江の腕をしっかりと掴み直そうと、白い手のひらが少し開いた瞬間。
「外れたぁっ!!!」
ゆるんだ白い手から、すかさず自分の手を引き抜き、その手をそのまま反対側に伸ばし、いまだに腕を握る褐色の手のひらに爪をたてる。
傷一つない優美な腕に引っ掻き傷を作るのは本意ではないが、百合江をどこか分からない場所に引っ張り込もうとする不届き者(の腕)に掛ける情けは持ち合わせてはいないため、百合江は容赦なく野良猫よろしくバリバリと引っ掻いてやった。
「よっしゃぁ!外れたぁああぁぁあああーっ!!??!」
と思ったらすごい勢いで落下しました。
「ぎ・・・ぎぃやぁぁああぁぁあーっ!!!」
二本の腕が外れた途端、それまではふわふわと水中を漂っている様だったのに、いきなり恐ろしい勢いで体が落下し始め、百合江は恥も外聞もなく淑女からは程遠い悲鳴を上げた。
「なんなのこれぇぇえええっ!!!?」
それまで真っ白だった空間を猛スピードで落下している内に、辺りが歪み周囲の景色が一変する。
あまりに猛スピードで落ちているためはっきりとは見えなかった、と言うか怖くてはっきりと見れなかったが、うっすら開いた視界に、一面に広がる緑と見たこともないくらいに透き通った青い空色が映り込む。
「・・・う・・わぁ!・・・」
ゴムなしのバンジージャンプ、もしくは、パラシュートなしのスカイダイビング、まあ、つまりは命の安全の全くない危機的状況だと言うのに、百合江の口からは思わずと言った様子の感嘆の声が零れ落ちる。
耳元ではびゅうびゅうと風を切る音が絶えず響き、胃がせり上がってくるような、ジェットコースターで高い所から落下した時に感じるヒヤリとする浮遊感が全身を包み込んでいてそんな場合ではないのに、眼下に広がる目にも鮮やかな一面の緑と、先程までとは一変した、透き通る様な青い青い空。
日本では見たことのない様な透明な色合いの空に、百合江は息を飲みその美しさに圧倒された。
叶うことなら、いつまででも見いっていたかったが、強風にさらされバタバタとはためくコートと、急速に近付いてくる一面の緑が百合江を現実に引き戻す。
「・・・あれ・・・私ピンチじゃない・・・?」
大分今更な感じはするが、危機的状況に気が付き百合江はぽつりと呟いた。
気が付きはしたが、何をどうすれば一番生存率が上がるのか、スカイダイビング初心者の百合江には全く分からないため、無言で迫ってくる緑を眺めるしかない。
「・・・・」
と言うか、この高さから地面に落下して、生き残る確率があるんだろうか?
「・・・猫じゃあるまいし・・・」
そう思いはしたが、何もせずにいることも出来ず、体勢を変えてみようと体に力を入れてみる。
横になったままでは、木の真上に落ちたらモズのはやにえみたいになってしまうではないか、それだけは避けたい。
なので、とりあえず足を下にしてみようと、背筋の要領で上体を反らすと、思いの外簡単に体が持ち上がる。
「おぉ、いけそ・・・」
うだと思ったら、バランスが崩れて気が付いたら一回転していた。
「ひぃぃ!」
そのまま体がくるくると回転し出してしまい、百合江はまたもや淑女にあるまじき絶叫を上げる羽目になった。
「マズイ気がするぅぅっ!!!」
視界には緑と青が目まぐるしく入れ替わり、さっきまでは分かっていた上下も今ではどちらを向いているのかすら定かではなくなってしまう。
死んだ、間違いなく死んだ。
そう思って百合江は目を閉じた。
しかし、百合江が一人勝手に死を覚悟している中、緑の木々に突っ込む直前で落下の速度が急激に落ち、次の瞬間には足から一面に広がった緑に突っ込んでいた。
とりあえず、モズのはやにえは避けられた。
避けられたが、全身をびしばしと何かに打ち付け、耳元でバキバキと木の枝らしきものが折れる様な音が響く。
そのまま、速度はゆるんだが落下し続け、唐突に全身をびしばしと叩く様な痛みがなくなったかと思うと、背中に強い衝撃を受けて百合江はうっ、と息を詰めた。
「う・・ぐっ・・」
顔から背中から腕から、とにかく全身が痛い!!!
何が起こったのか分からないが、取りあえずは全身余すところなく痛いので生きてはいるらしい。
それまで閉じていた目を開くと、視界の先に折り重なる様に繁った木々の枝が映り、その一角が百合江が落ちてきたせいか、ぽっかりとすき間になっていた。 そこからパラパラと折れた小枝やら葉っぱが落ちてくるのをボンヤリ見上げつつ、百合江はぺたぺたと体に手を這わせ、その手を目の前に持ってきて握ったり開いたりしてみる。
打ち付けた様な痛みはあるが、折れたり酷く傷になっている様子はない。
「・・・まじで・・・」
生きている。
正確な高さは分からないが、かなりの高さから落下していたはずなのに大きな怪我もなく、生きている事に百合江は喜びよりも呆然とし、次に笑が込み上げてきた。
「どんだけミラクルやねーんふははは、スーパーマンも顔負けでしょこれ!今なら怪物も倒せる気がするあはははは!」
酸欠になりそうなほど、笑転げながら痛む身を起こすと・・・。
「あはは・・・は・・?」
目の前に怪物が・・・。
四つの赤い瞳で百合江を見詰めていた。
倒せる気がするとは言ったが出てこいとは言っとらんわ!!!!
百合江と怪物の目が合い、怪物はどうやら百合江を敵と見なしたのか戦闘態勢に入り始める。
今日一日で一体何回危機的状況に陥れば気が済むんだ・・・。
これまで、ごく平凡に生きてきたはずなのに、一日で一生分のハプニングを体験している気がしてならない。
「夢なら醒めてよ!!!」
目を閉じ、百合江が絶叫したのを合図に赤い目をした猪の様な怪物が猛スピードで駆け出した、その瞬間、辺りがグラグラと揺れ始め、周囲がぼやけ出す。
揺れは段々と激しくなり、目を閉じたまま百合江は何かに掴まろうと手を伸ばす。
空を掻いていたその手が温かい何かに包まれ、百合江は驚いて閉じていた目を見開いた。
「大丈夫か?随分うなされていたが・・・」
開いた視線の先には、心配そうに自分を見下ろしてくるチェリーピンクの瞳の美丈夫がいた。
せめて次話ではチェリーピンクの目の兄さんの名前を出したいです・・・。
読んでくださりありがとーございますー。