第9話 モバイルメイド
「……ん、どうかしましたか? 私の顔に何かついてますか?」
自身の隣を歩いていた大介が足を止めた事でアンナも、その場に留まると首を傾げて不思議そうに彼を見つめる。
「いや、こっちの話だ。お前みたいなハーフが多いのも、そのせいって事だしな。まさか戦後、こういう形で混血が広がるとはねぇ」
それだけ言うと軽く鼻で笑う大介だが、止めていた足を再び動かして歩き始めた。
「そうですかね……。でも、私には関係のない事です。私にとって大事なのは、お父さんを見つける事ですから!」
考え込むように眉を寄せるアンナだが自身の事は、どうでもいいような口振りで純然たる目的だけを告げる。
「親父だけってか。……はっ、随分と家族思いな嬢ちゃんだぜ」
彼女の言葉に一瞬だけ間を置いた大介は心の中で、その単純さを小馬鹿にしつつ皮肉を交えて返した。
「……私は、ただ会いたいだけなんです。どうして、あの日……ネオテックスから出て行ったのか。それを知りたいんです」
暫くの沈黙が流れた後、その静寂を破るように最初に口を開いたのはアンナであり、ぽつりと言葉を漏らす。
「お前、どんな理由を持って親父が出て行ったのか、本当に知る覚悟はあるのか?」
その場で足を止めると、後ろを振り返る大介だが、その表情は少し険しいものだ。
しかし彼女の瞳に宿る、純粋な決意のようなものを見て、彼の顔は直ぐに苦笑へと変わる。
「はい、勿論ありますよ」
迷うことなくアンナは即座に答えた。
「はっ、そいつぁご立派だな。……だが、わざわざ危険を犯してまで、安全なネオテックスから出て、無法地帯の地上に出たっつう事は、可能性として崇高な使命とやらが、理由って場合もあるかも知れないが、現実はもっと単純かもな。それこそ、地下の女に飽きて新しい女を手に入れる為か、この終末世界で富豪になって人生の逆転を狙っているかだ。……あるいは、ただ自由を求めてか。まっ、なんにせよ長く地下暮らしをしていれば、いつかは地上に出たいという欲が高まるのは必然だ」
肩を竦めながら彼は、あらゆる可能性の話しをしていくと、手近な瓦礫の上に腰と落ち着かせる。
「っ”! そんな風に言わないでください! お父さんには、ちゃんとした何かしらの理由が、あったはずです! そうでなければ、私を置いてネオテックスから、出て行くはずがありませんから!」
彼に反論するように、感情的に声を荒げるアンナだが、その言葉は微かに震えていた。
「……へっ、そうかよ。悪かったな、嬢ちゃん。まあ信じるのは、お前の勝手だしな。……だが現実っつーのは、お菓子みたいに甘くはねぇ。よ~く、覚えておけ」
口角を上げながら瓦礫から腰を上げて立つと、この終末世界において理想や願望が如何に愚かな事かを、彼女の顔に強く人差し指を向けながら口にすると、大介は止めていた足を再び動かし始める。
そして二人が黙々と歩みを進める廃墟の街は、かつての繁栄を物語るかのように崩れた高層ビルの残骸が聳え立ち、路上には錆びた車両が幾つも乱雑に放置されている状態だ。
建物の外壁には、戦後の秩序の崩壊を促進させている、ヴォイダーたちが描いたと思しき落書きが広がり、不気味な雰囲気を漂わせている。
「ここでも、かつては人々が笑い合い、穏やかに暮らしていたんだろうな。……そして今は、命懸けの縄張り争いの場だ」
「悲しいですね……。でも、私たちが進んで行けば、きっと違う景色も見られますよね!」
ぼそりと大介が呟いた言葉に対して、アンナは小さく呟くと周囲を見渡した。
「さーて、それはどうかな。まあ、俺達の足次第ってことは間違いねぇが」
彼女の楽観的な言葉に少し呆れながらも、彼は大きく肩を竦めて返す。
「……ところで、グールさん。旧豊田市を出て私たちは一体、どこに向かっているんですか?」
歩調を合わせながら、アンナは不意に問い掛けを行う。
そんな彼女の声には、ほんのりと興味と不安が混じるようだ。
「あー、そうだな。一先ずは、この腐った日本で唯一の大都市、数多の人間が自然と集まる場所、旧東京都だ。そこに行けば……まあ、何かしらの情報は得られるだろうからな」
懐から一本の煙草を取り出して、流れるような手捌きで火を点けて咥えると、それを吸いながら大介は、何げなく空を見上げ次の目的地を伝える。
「旧東京……」
そう呟くと同時にアンナは急に立ち止まり、自身の腕に装着されていたモバイルメイドに視線を落とした。
その機械は古びていながらも清潔に保たれており、彼女の細身の腕に頑丈に固定されている。
アンナの長い純白の髪が微かに揺れて、水色の瞳が画面に映り込む。
「あ? どうした、嬢ちゃん?」
その場で足を止めると、振り返りながら大介は、彼女を見やった。
「ちょっと、待ってくださいね!」
モバイルメイドの画面を慎重に操作し始めるアンナだが、指先でタッチする仕草は何処かぎこちないものである。
だが彼女の指が画面を滑る度にモバイルメイドは、その用途の広さを見せつけるように反応した。
多種多様なアプリのアイコンが、次々に画面を覆い尽くす勢いで表示されていく。
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