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第2話 ボロボロの保育園



 翌朝。


 辺境の街リトルベルの空は、東の端からゆっくりと朝焼けに染まり始めていた。


 薄い霧がまだ石畳の隙間に残り、夜露を含んだ風が街の路地をひんやりと撫でていく。市場の方角からは、荷車の車輪がきしむ音と、朝の仕入れを始めた商人たちの張り上げる声が小さく届いていた。パン屋の煙突からは白い煙が立ち上り、焼きたての生地の甘い香りが漂ってくる。井戸端にはもう人影があり、主婦たちが眠たげに挨拶を交わしながら桶を満たしていた。


 地味な街だ。


 王都のような華やかさも、魔都のような威容もない。


 だが。


 だからこそ、そこには確かな暮らしがあった。


 その街の外れ。


 人通りも減り、建物の間隔がまばらになる場所に、かつて子供たちの声が響いていた施設がある。


 今はもう、崩れかけた建物だけが静かに立っている。


 壊れかけた保育施設。


 その前に、一人の男が立っていた。


 グレイ・アークロード。


 細身の体。

 膝まで届く黒髪を後ろでひとつに束ね、丸眼鏡をかけた頼りなさそうな男。

 どこにでもいそうで、だがよく見ると妙に整った顔立ち。

 そして、その肩には小さな黒いスライムがちょこんと乗っている。


 ピノ。


 世界誕生以前から存在する原初スライム。

 暴虐魔王ルシフェルの最古の従魔にして、四天王すら凌ぐ力を秘めた存在。


 だが、今の見た目は、ただの可愛い黒いぷにぷにでしかない。


 グレイは腕を組み、建物をじっと見上げていた。


 屋根は大きく歪み、瓦は半分以上が落ちている。雨風に晒された木材は黒ずみ、外壁の板は何枚も剥がれかけていた。窓はほとんど割れ、木枠は乾いて痩せ細り、風が吹くたびに不気味に軋む。庭は腰まで伸びた雑草に覆われ、錆びついた遊具が斜めに沈み込んでいる。入口横の小さな花壇は、もう土の形すら保てていない。


 まるで、時間そのものに見捨てられた場所だった。


 グレイは静かに呟く。


「……ひどいですね」


 ピノが肩の上で、ぷるりと震えた。


「ぷる」


 グレイは苦笑する。


「ええ、ピノ。これはなかなかの大仕事です」


 そしてもう一度、建物全体を観察する。


 その視線は穏やかだが、頭の中では凄まじい速度で情報が整理されていた。


(屋根……七割交換)

(北側の梁は腐食が深い)

(柱は正面二本、裏手一本が危険)

(床板は半分補修、二部屋は全面張り替え)

(窓は総入れ替えですね)

(庭は草刈りから。遊具は解体して作り直した方が早い)


 普通の人間なら。


 職人を何人も呼び、資材を集め、何週間も、いや数ヶ月はかかるだろう。


 だが。


 グレイは小さく笑った。


(問題ありません)


 その時。


 背後から、まだ寝起きの柔らかさを残した小さな声が聞こえた。


「……せんせい」


 振り向く。


 そこにいたのは、銀色の髪の少女。


 ノエルだった。


 昨日出会った、小さな少女。

 勇者の血を引きながら、今はただ空腹と不安を抱えた幼い子供。


 グレイは表情をふっと緩めた。


「おはようございます、ノエル」


 ノエルは眠そうに目をこすりながら言う。


「……おはよ」


「よく眠れましたか?」


 ノエルは小さく頷いた。


 昨夜、グレイは施設の一室を最低限掃除し、窓の隙間を板で塞ぎ、毛布を敷いて彼女を寝かせた。本当なら、もっと暖かく安全な部屋を用意したかった。だが、今はまだ何も整っていない。


 ノエルは建物を見上げ、不安そうにグレイの服の裾を摘まむ。


「……ここ」


「はい?」


「ほんとに……ほいくえんになるの?」


 その声は小さい。


 けれど、そこには子供なりの切実さがあった。

 昨日、突然現れた優しい男。

 ボロボロの建物。

 “保育園”という聞き慣れない約束。


 信じたい。

 でも、怖い。

 そんな気持ちが、ノエルの青い瞳に揺れていた。


 グレイは少しだけ黙った。


 ボロボロの建物。

 崩れた屋根。

 腐った柱。

 抜けかけた床。


 普通の人間なら、たぶん笑って諦めるだろう。

 無理だと、そう言うだろう。


 だが。


 彼は静かに、しかし迷いなく言った。


「なりますよ」


 ノエルが顔を上げる。


「……ほんと?」


「ええ。本当に」


 グレイはしゃがみ込み、ノエルと目線を合わせた。


「すぐに全部とはいきません。でも、ちゃんと直します。雨が漏らないようにして、暖かい部屋を作って、食堂も整えて、みんなで遊べる庭も作ります」


 ノエルはじっとグレイを見つめる。


「……みんな?」


「ええ。これから増えますよ。ノエルだけじゃありません。泣いている子も、行く場所がない子も、ここに来れば大丈夫だと思える場所にしたいんです」


 ノエルは少しだけ口を開き、そして小さく聞いた。


「……せんせい、できるの?」


 その問いに、グレイはほんの少しだけ目を細めた。


 子供の前で嘘はつけない。

 まして、守ると決めた相手には。


「できます」


 静かに、きっぱりと答える。


「先生は約束を守る人ですから」


 ノエルの表情が、ほんの少しだけ明るくなった。


 その変化を見て、グレイは心の中で苦笑する。


(子供の前で曖昧なことは言えませんね)

(さて……やるからには、本当に形にしなければ)


 彼は立ち上がり、ゆっくりと袖をまくった。


「さて」


「始めましょうか」


 ノエルが首を傾げる。


「なにを?」


 グレイは言った。


「保育園作りです」


 その瞬間。


 グレイの瞳が一瞬だけ赤く光った。


 魔王の色。


 だが、すぐに人の灰色へ戻る。


「まずは……屋根ですね」


 グレイは軽く跳んだ。


 次の瞬間。


 屋根の上に立っていた。


 ノエルが目を丸くする。


「すごい……! とんだ……!」


「内緒ですよ」


 グレイがそう言うと、ノエルは慌てて口元を押さえた。


「……うん」


 グレイは瓦を一枚手に取る。

 指先で叩く。

 乾いた音を聞く。

 角度を変えてひび割れを見る。


「……まだ使えますね」

「これは再利用」

「こちらは廃棄です」


 淡々と分別していく。


 使える瓦を左へ。

 砕けたものを右へ。

 足場になりそうな場所を瞬時に見極め、危険な部分には体重を乗せない。


 動きに迷いがない。


 まるで、この建物を昔から知っていたかのように。


 腐った木材を外し、傷んだ部分を切り落とし、屋根の骨組みを露出させる。彼の手元は恐ろしく正確だった。釘を抜く角度、鋸を入れる位置、木材の強度の見切り。どれ一つ取っても職人の域を超えている。


「ピノ」


「ぷる!」


 ピノがぷるんと伸びる。


 グレイは指輪に触れた。

 収納指輪が淡く光り、次々と工具と資材が現れる。


 ハンマー。

 鋸。

 釘。

 予備の木材。

 麻縄。

 補修用の接着剤。

 防水処理のための樹脂。


 ノエルはぽかんと口を開けた。


「……いっぱい出た」


「先生、準備だけはいいんです」


 グレイは微笑む。


 そして作業を始めた。


 木材を測る。

 印を付ける。

 切る。

 合わせる。

 打つ。


 無駄がない。


 一連の動きが、まるで流れる水のようにつながっていた。


 重い梁材ですら、彼の細腕の中ではまるで重さを失っているように見える。常人なら二人がかりの木材を片手で持ち上げ、寸分の狂いもなくはめ込んでいく。


(北側の傾きはこれで矯正)

(勾配は少し深く)

(雪や雨を考えれば、この方がいいでしょう)

(柱は後で補強。まずは屋根から落下の危険をなくす)


 魔王の頭脳は、戦争のためだけにあるのではない。


 都市設計。

 建築。

 魔導工学。

 兵站管理。

 数百年の知識が、必要なだけ静かに呼び起こされていく。


 それでも彼は、あくまで“普通の工具”で作業していた。


 魔法で一瞬で直すこともできる。

 だが、それでは駄目だと彼は思っていた。


(これは、子供達の場所になる)

(ならば、手をかけて作るべきだ)

(見た目は古くてもいい。けれど、安心できる場所にしなければ)


 庭ではノエルが、グレイの真似をするように小さな手で雑草を抜いていた。


「……これ、ぬけた」


「お上手ですね、ノエル」


「……もういっこ、ぬく」


 ぎゅっ、ぎゅっと真剣な顔で雑草を引っ張る。

 力が弱くて尻もちをつきそうになり、ピノが慌てて支える。


「ぷるっ!」


「……ありがと、ぴの」


 そのやり取りを屋根の上から見て、グレイの口元が緩む。


(健気な子ですね)

(本当に……守らなければ)


 作業はさらに加速した。


 そこでグレイは小さく息を吐く。


「……少し効率を上げましょうか」


 指先をわずかに振る。


 その瞬間。


 空気が、僅かに揺れた。


 グレイの影が、ぬるりと広がる。


 そこから現れたのは、漆黒の巨大な狼。


 フェンリス・ノクス。


 魔王の影に潜み続けていた、漆黒フェンリルだ。


 黄金の瞳が朝日に鈍く光り、漆黒の体毛が風を受けて揺れる。その姿が現れた瞬間、周囲の空気が一段重くなる。森をひとつ食い尽くしかねない魔獣王の威圧が、ただ立つだけで周囲へにじみ出ていた。


 だが、フェンリスはグレイの前で静かに頭を垂れる。


「木材を運んでください」


 低く一声吠えると、フェンリスは森の方へ駆けた。


 さらに、グレイはもう一度指を鳴らす。


 淡い魔法陣が複数浮かび、小型の従魔たちが現れた。


 小さな骨組みを持った骸骨使い魔。

 器用な手を持つ小型ゴーレム。

 空を飛ぶ黒い小鳥型の従魔。


 ノエルが目を丸くする。


「……ふえた」


「お手伝いさんです」


「せんせい、いっぱいもってる」


「ええ。少しだけ」


 少し、ではない。


 だが、グレイは平然としている。


 小型ゴーレムが釘と工具を運び、骸骨使い魔が古い木材を束ね、小鳥型従魔が屋根の上を飛び回ってひび割れを知らせる。フェンリスは森から真っ直ぐな木材を数本くわえて戻り、それを静かに地面へ置いた。


 作業速度は、そこからさらに上がった。


 腐った梁を外す。

 新しい木材を加工する。

 打ち込む。

 補強する。

 瓦を並べる。


 屋根の歪みが、目に見えて整っていく。


 崩れそうだった正面の庇が真っ直ぐになり、雨を受け流す角度がきれいに揃う。割れた窓枠は一旦すべて外され、危険な破片は片付けられた。玄関前の雑草はノエルと小型従魔たちが少しずつ抜き、土が見え始める。


 “廃墟”が、“直せそうな建物”へ変わっていく。


 昼前には、屋根の半分が修復されていた。


 その頃になると、野次馬が集まり始めていた。


「なんだあいつ」

「昨日あの廃墟を買った旅人だろ?」

「一人で直してんのか?」

「無駄だろ、そんなの」

「職人でも無理だぞ」


 罵声も混ざる。


「やめとけって!」

「そんなボロ小屋、燃やして建て直した方が早ぇ!」

「見世物かよ!」


 だが、グレイは手を止めない。


 淡々と、黙々と作業を続ける。


(人は好きに言いますね)

(まあ、それも当然でしょう)

(外から見れば、無謀にしか見えない)

(けれど……)


 ハンマーを打ち込む手は一切ぶれない。


(それでも、やるしかありません)


 その姿には、不思議な迫力があった。


 怒鳴り返さない。

 睨み返さない。

 ただ、自分が成すべきことだけを進める。


 それがかえって、見ている者に言いようのない圧を与えていた。


 そこへ。


 人混みを押し分けるようにして、太った男が現れた。


「おい!!!」


 バルトだった。


 悪徳不動産屋。

 昨日、グレイに完全に圧倒された男。


 顔は青い。

 汗も浮いている。

 声は震えている。


 それでも、怒鳴らずにはいられなかった。


「何してやがる!!」

「建物壊したら責任取れねえぞ!!」

「勝手なことすんな!!」


 だが、本当は。


 怖いのだ。


 昨日の一瞬。

 あの目。

 あの空気。

 人間ではない何かに喉元を掴まれたような感覚。


 忘れられるはずがない。


(こいつはヤバい)

(絶対に逆らっちゃいけねえ)

(でも、でもよ……)


 バルトは混乱していた。


 昨日は恐怖で売った。

 だが一晩経って冷静になると、今度は焦りが湧いた。

 もしこの旅人が本当にこの廃墟を保育園にしてしまったらどうなる。

 街の連中は面白がって集まる。

 昔の孤児院の話を掘り返す奴も出る。

 自分が不当に安く買い叩いてきた物件のことも、色々と面倒になるかもしれない。


 だから止めたかった。


 けれど。


 屋根の上からグレイが静かに見下ろしてきた瞬間、バルトの喉がひゅっと鳴った。


「買いましたよね?」


 静かな声。


 それだけで背筋が冷たくなる。


 バルトは何も言えない。


 野次馬が笑った。


「そうだそうだ」

「売ったろ、バルト」

「今さら文句言うなよ」

「昨日は威勢よかったくせに」


 バルトは歯ぎしりした。


 屈辱。

 恐怖。

 苛立ち。

 全部が胸の中でぐちゃぐちゃに混ざる。


「う、うるせぇ……!」


 その時。


「やめなさい」


 澄んだ声が場を切った。


 振り向く。


 そこに立っていたのは、金髪の女性だった。


 リリア・エヴァレット。


 リトルベル出身の、優しい面差しの女性。

 だが今の彼女の瞳には、はっきりとした怒りが宿っていた。


 その隣には、銀髪の女性。


 セラフィーナ・クロイス。


 すらりとした長身。

 静かな威圧感。

 元聖騎士らしい隙のない立ち姿。


 リリアはノエルを見た。

 雑草だらけの庭で小さな手を泥だらけにしながら、一生懸命草を抜いている幼い少女。


 そして、屋根の上の男を見る。


 野次も、罵倒も、視線も、何一つ気にせず、ただ修復だけを続ける男。


 彼女の胸がちくりと痛んだ。


(この場所……)

(昔、私がいた場所に似てる)

(こんなボロボロなのに)

(どうしてあの人、あんなに真剣なの……?)


 セラフィーナは黙って屋根の上の動きを目で追っていた。


(速い)

(正確すぎる)

(木材の見極めも、体の運びも、職人以上だ)

(何者だ、この男は)


 ノエルが二人に気づき、小さく声を上げる。


「……せんせい」


 リリアが驚く。


「先生?」


 ノエルは頷く。


「ここ……ほいくえんになるの」

「せんせい、つくってる」


 リリアは建物を見る。


 ボロボロだ。

 だが確かに、変わり始めていた。

 崩れた屋根は整えられ、危険な瓦は外され、庭の一角には土が見えている。


 ほんの少しずつ。

 でも、確実に。


 絶望しかなかった廃墟に、“未来”が差し込み始めていた。


 リリアはぎゅっと手を握った。


(この場所を、もう一度子供の居場所に……?)

(そんなこと、本当に考えてるの?)

(この人、本気なの?)


 そして、ノエルを見た。


 汚れた手で草を握りしめながら、必死に手伝っている。

 誰かに言われたからではない。

 ここが自分の場所になるかもしれないと、そう思っているからだ。


 その姿に、リリアの胸の奥で何かが動いた。


「……なら」


 彼女は前へ出た。


「私も手伝います」


 セラフィーナは横目でリリアを見る。


「本気か?」


「ええ」


 リリアはしっかり頷いた。


「子供が手伝ってるのに、大人が見てるだけなんて嫌です」


 その答えに、セラフィーナは短く息を吐いた。


「……同感だ」


 彼女も前に出る。


「私も手伝う」


 その声を、屋根の上のグレイは聞いていた。


 手を止めず、しかし少しだけ目を細める。


(なるほど)

(これは、思っていたよりも早く形になるかもしれませんね)


 グレイは屋根の端から二人を見下ろした。


「ありがとうございます」


 穏やかな笑み。


 それだけなのに、リリアはどきりと胸が鳴った。


 セラフィーナはその笑顔を見て、逆に警戒が増した。


(優しい顔をしている)

(だが……底が見えない)


 ノエルは嬉しそうに言う。


「……てつだう?」


 リリアはしゃがんで目線を合わせた。


「うん、一緒にやろうか」


「……ほんと?」


「ほんと」


 ノエルの顔が、ぱっと明るくなる。


 その笑顔に、リリアは息を呑んだ。


(こんな小さいのに)

(ずっと不安だったんだ)


 セラフィーナは庭を見渡し、すぐに動いた。


「まず危険物を片付ける。錆びた遊具は触るな。割れたガラスは私が集める」


 短く的確な指示。


 さすが元聖騎士だった。


 リリアは袖をまくる。


「私は草を抜きます。ノエルちゃん、危ない物を見つけたら触らずに教えてね」


 ノエルはこくりと頷く。


「うん」


 バルトだけが取り残されていた。


 その場で立ち尽くし、目の前で勝手に始まった“廃墟再生”を呆然と見ている。


(なんなんだ、こいつら……)

(本当にやるつもりか?)

(こんな場所を、また子供の場所にするってのか……?)


 その胸の奥に、嫌なざわつきが生まれていた。


 忘れていた過去。

 見ないふりをしていた景色。

 この場所にいた子供たちの声。


 それが、少しずつ掘り起こされていくようで。


 グレイはそんなバルトにも視線を向けた。


「バルトさん」


「ひっ!?」


「そこに立っているなら、せめて資材の置き場を教えていただけますか?」


「な、なんで俺が……!」


 グレイはにこりと笑う。


 その笑みは穏やかだった。


 だがバルトの背中には、昨日の重圧が蘇る。


 空気が押しつぶすように重くなった“あの一瞬”を、彼は忘れていない。


「……資材置き場なら、裏手の倉庫だ」

「ただし使えるもんは少ねぇぞ」


「十分です。ありがとうございます」


 バルトは舌打ちした。

 だが、逃げなかった。


 逃げられなかったのかもしれない。


 こうして。


 崩れかけた保育施設の前で。


 元魔王と、小さな少女と、二人の女が、朝の光の中で動き始めた。


 屋根は整えられ。

 庭は少しずつ土を取り戻し。

 割れた窓は外され。

 朽ちた木材は新しい柱へ置き換えられていく。


 グレイの手際は、もはや異常だった。


 梁の一本を肩に担ぎ、片手で固定しながらもう片方の手で釘を打つ。

 高さの違う板を並べ、傾きの狂いを一目で見抜いては即座に修正する。

 屋根の勾配は雨水の流れまで計算され、補強の位置は雪や風圧まで想定されている。


 見ている者たちは、次第に野次を忘れていった。


「……なんだあれ」

「速すぎるだろ」

「職人でもあんなの見たことねぇぞ」

「本当に、直ってる……」


 嘲笑は、いつの間にかざわめきへ変わっていた。


 そしてグレイは、屋根の上で小さく息をつく。


「……悪くないですね」


 風が吹く。


 朝の光が、少しだけ整い始めた屋根を照らしていた。


 辺境の街リトルベル。


 その片隅で。


 一つの保育園が、ゆっくりと、だが確かに生まれようとしていた。

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毎日投稿の予定です。朝の7時に1本投稿しますので宜しくお願いします。では、また明日に。

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