第六話
二人が仮の御神体に手を合わせていると、背後から誰かがふらふらと近づいてきた。
どこか焦点の合わない目で、ぼんやりと立っていた。サンダルに普段着という、近所を散歩してそのまま迷い込んだような恰好であった。
氷室が慎重に声をかけた。
「すみません。あなたは、もしかして山田さんではありませんか?」
男は一拍置いてから、驚いたように返事をした。
「えっ、そうです山田です。なんでわかるんですか?」
「私たちは神域調査員です。奥様が、あなたを探しておられます」
「そうでしたか……。変に思われるかもしれませんが、妻と散歩していたはずなのに、いつのまにか知らないところをずっと一人で歩いていて……」
「もう大丈夫です。ご自宅までお送りします」
その後、無事に行方不明だった山田を自宅まで届け、本部から来た職員に後始末を任せて、二人はその場を後にした。
怪奇現象はこれで完全に解決したわけではない。一時的に発生を抑えているに過ぎず、このまま放置すれば、いずれまた再発するだろう。
しかし調査員に出来ることは、この事実を報告書にまとめて提出することまでだ。以後の対処は神域対処課の役目となる。
帰り道。日はすっかりと沈み、街灯りが灯る道を車が走る。車内には静寂が満ちていた。
「私、葉山さんのこと、少し誤解していたかもしれない……」
助手席の氷室がぽつりとつぶやいた。
「ん、何か言ったか?」
「なんでもありません。と、とにかくこれからもよろしくお願いします」
思わず漏れた独り言を聞かれるとは思っていなかった氷香は、慌てて取り繕った。
「そ、そうか……。まあ、わかった。よろしく頼む」
氷香の妙な態度に、葉一はやや呆れつつも返事を返す。
葉一の脳裏に、これまで配属された新人たちの顔がふとよぎった。誰も彼も、最初の調査で音を上げて、翌日には、異動願いを出していた。
しかし今回の新人は、少々口うるさいが、思ったより根性がある。そういうタイプは嫌いじゃない。
そんなことを考えていたら、知らずと口角が上がっていた。
「なに笑ってるんですか、気持ち悪い……」
(……やっぱり、こいつ嫌いだ)
小さな溜息とともに、葉一たちをのせた車は、事務所に向かって走り去っていった。
【死者の黄泉がえりにかかる報告書】
判定:第二種神域、危険度「B」。
概要:死者の姿を模した幻覚が現れ、生者を誘い込む現象を確認。
場所・時間:■■県●●群郊外。日が沈みくらくなる時間帯。
調査結果:怪奇現象と接触。接触者と縁が深かった人物(死者とは限らない)の幻覚を見せた。今回、調査員 葉山葉一は行方不明の兄、同行した氷室氷香は死んだ祖母の幻覚を見た。その際、幻覚が本人達しか知りえない生前の思い出を語ったことから、対象の思考を読み込むタイプと推察される。
周辺調査の結果、破壊された祠を発見。ニュータウン開発に関わる開発業者が所定の手続きを踏まずに、古くからある祠を撤去したものと考えられる。この結果、土地神が狂い神化し神域化したものと推察される。
・行方不明1名は無事現場で確保。
判定:行方不明者が発生しており、今後も被害拡大の恐れが高い。周辺人口は増加傾向にあり、再発リスクは大きい。以上から、早急に怪奇現象への対処が求められるものと判断し、第二種神域、危険度「B」と判定する。
結論:神域解除までの間、当該区域を「神域認定」し、周辺住民ならびにその他一般人の立ち入り禁止とする。祠を破壊した開発業者に対し、相応の処罰を検討すること。




