第三話
「このあたりって少し前まで、集落があった場所ですよね。開発が始まって、ほんの数か月で、こんなにも景色が変わってしまうんですね」
周辺を観察しながら、氷室が呟いた。
「そうだな。人の手ってのは、便利さと引き換えに、いろんなものを塗り替えていく。たしかに良い面も多いが……今回のような怪奇現象に繋がることもある」
このあたりは、最寄りの駅まで徒歩で三十分、車でも都心部まで一時間以上かかる。交通の便が悪く、商業的な価値も乏しいため、開発が進んでいなかった地域だ。
そのおかげで、最近まで自然や田畑がよく残っていたのだが、近年になって状況が変わった。もともとあった集落が廃村となり、住民は他所に移り住んでしまった。
その後、近くに海外企業の大型工場が誘致されることが決まると、ベッドタウンとしての需要を見込んだ開発業者が土地を買い占めた。さらには大型ショッピングモールの建設計画まで立ち上がり、開発が一気に加速したのだ。
開発業者は何台ものショベルカーやブルドーザーを投入して、山を切り崩して土地を平らにしていった。——そして、その最中に、今回の怪奇現象が発生したのである。
「氷室は、死者が蘇るって信じるか?」
「いいえ。一度死んだ人間が蘇ることなど、ありえません」
氷室は即座にそう答える。それが一般常識だ。
しかし今回、神域調査課に寄せられた情報により、その常識が揺らいだ。
ここ最近、このあたりで死者が蘇ったという目撃談が相次いでいた。証言者の多くは、ニュータウンに引っ越してきたばかりの住民たち。いずれも日没の頃、ここより少しに先の場所で遭遇していた。
奇妙なのは、その“蘇った死者”というのが、生前に目撃者と親しかった人物で、しかも本人とその人しか知りえない話をしたという点だ。実際に行方不明者も1名出ている。
以下、神域調査課に寄せられた目撃証言の一部である。
あの日は新居への引っ越しがひと段落し、主人と二人で少し周辺を散歩してみようということになりました。
真新しい家が並ぶ道を歩いていると、なんだか嬉しくなり「これからここに住むんだね」などと、主人と軽口を交わしていました。
すると、突然周辺に霧が立ち込めたのです。朝方ならよくあるのですが、その日は日暮れ時で、しかも晴れていました。不思議に思っていると、前方に人影のようなものが見えました。
私は怖くなって「もう帰ろう」と主人に言いました。けれど主人は「大丈夫、大丈夫」と言いながら、その人影に近づいていったのです。
「こんにちわー」と主人が声をかけた、その瞬間のことを忘れられません。
「隆司かえ?」とその人物は答えました。その声は先日、葬儀を終えたばかりの義理の母のものでした。
新居が出来たら、見せてやろうと意気込んでいた主人は、義母の突然の死を深く悲しんでいましたが、ようやく最近になって、少しずつ立ち直ってきたところでした。
「かあちゃん、かあちゃんなのか?」と主人が問いかけると、その人物は「そうだよ」と答えました。そして主人と義母はまるで生前のように会話を始めました。
私は死んだ人物が目の前にいることが信じられず、ずっと主人の腕を引っ張って連れて帰ろうとしましたが、主人はびくとも動きませんでした。小柄な主人にしては、信じられないほどの力でした。
そして主人は義母とともに霧の向こうに歩いていってしまい、霧が晴れたとき、二人とも姿を消していました。私はそのあと、どうやって家に戻ったのか覚えていません。
今思い返せば、あの義母を名乗る人物と主人との会話の中には、私が知らない思い出話も含まれていました。
あれが本当に亡くなった義理母だったのかどうかはどうでもいいです。どうか私の主人を探してください。




