第二十四話
氷香が劇場に戻ると、丁度観客たちが目を覚まし始めていた。
「あれ、氷香?どっか行ってたの?あれ?映画終わってる」
「なんか……、大学で変な講義を受けてる夢見てたわ……」
ミオとあかねも丁度目を覚ましたところだったが、どうやら何も覚えていないようだ。
「大丈夫だよ、二人とも。ちゃんと説明するからね」
事情を説明しつつ、三人は映画館を出ると、すでに何人かの神域調査官たちが到着していた。葉一が連絡を入れておいてくれたようだ。
氷香は、他の調査員に状況を説明している葉一を見つけた。向こうも氷香の姿を見つけると、ゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。
「さっきはバタバタしていて聞けなかったが……、怪我はないか?」
「はい、大丈夫です。お休み中だったのに来てくれたんですね」
「相方になにかあっては困るからな」
「遅刻しましたけどね」
「これでも急いで来たんだ」
「わかってますよ」
氷香は葉一と話していると、不思議と緊張が和らいでいくのがわかった。
ふと先ほどの綾小路と厳島の二人を思い出す。短い時間であったが、お互い信頼し合っているのがよくわかった。自分達もいつかそうなれるだろうか。
——ただ、今はこの距離感が心地よい。氷香は密かにその想いを胸にしまった。
「後始末はやっておくから、今日はもう休め。報告は明日でいい」
「いえ、私も手伝います。……あ、そうだ、少し待っていてください」
そう言うと、氷香はミオとあかねの方へ向かう。二人は少し離れたところから、氷香と葉一の様子を見ていた。
「あの人が例の仕事の人?聞いてたのと雰囲気違うね?もっとだらっとした人かと思ってた」
「うん、結構かっこいいじゃん。今度紹介してよ」
「何言っているのよ、ミオもあかねも。まあ機会があったらね。それより、ごめん。二人とも。私、用事できたから、先に帰ってくれる?」
「うん、全然大丈夫だよ」
「OK。わかった」
友人二人にそう言い残し、小走りで葉一のもとへ戻る氷香。その背中を見送りながら……
「ありゃ、完全にあれだね」
「あれだねー」
「氷香にも春が来たか。私もどっかにいい男いないかね?」
「あかねは男運ないからなー」
「くそー、今日は飲むぞー」
「おおー」
夕暮れの映画館前に、女子たちの掛け声が響いた。
報告書
【映画館に発生した映像具現化現象にかかる報告書】
判定:第二種神域化、危険度「A」と判定。
概要:市内映画館にて、上映中の映像が現実化し、観客が異界化した空間に取り込まれる事案が発生。
原因は、小鬼「魘魅」が映画館全体を神域化し、観客の想像力を媒体として複数の映画世界を具現化させていたもの。氷室調査員および付喪神「ツクシ」により神域は解除され、観客は全員無事に帰還した。
場所・時間:●●市内、某映画館(名称伏せ)、午後4時頃
調査結果:
1.神域化の発生
映画館全体が「観客の想像力を媒体とする神域」と化していた。
扉を開くたびに、開扉者の思考・記憶・イメージが反映され、異なる映画世界へと遷移する構造が確認された。
2.原因となった怪異の正体
小鬼「魘魅」。人の“欲”を糧とする性質を持ち、観客の期待・恐怖・興奮などを吸収し、映画世界を強化していた。神域解除後は存在を維持できず、消滅。
3.協力者について
付喪神「ツクシ」が氷室調査員に随伴。
魘魅の“欲の結び目”を具現化したうえで、櫛にで解き、無力化した。神の御業の一つと思われるが、詳細は不明。ツクシ自体に危険性はなく、むしろ有益な協力者である。
——追記
氷室調査官については、前回の「月影亭」(報告書No.●●●)と合わせて、二度の神域対処の実績がある。これは神域調査員としては異例である。この実績を元に、神域対処課への適性が認められるものと思料する。神域対処課への異動について検討致したい.。




