二十三話
やがて粒子のざわめきが収まると、そこは無造作に段ボールが積まれた物置のような場所だった。かつて映写機が置かれていた場所だが、今はその役目を終えており、LEDの豆電球が常夜灯のように部屋を薄暗く照らしている。
「ツクシちゃんのおかげね。ありがとう」
「ん、後で甘いお菓子ね」
「りょーかい!」
親指を立てて、ツクシに了承の合図を送る。
少し落ち着いてきたところで、氷香はここが資料室として使われていることに気が付いた。積まれている段ボールからは、過去の映画のパンフレットや、台本など様々な資料がのぞいていた。
「この部屋、なんだか『死霊の住む資料室』に出てきた部屋みたい……」
「それって氷香が観てた映画?」
「うん。資料室に住みついた死霊が人を襲うやつ」
「そんなに似てる?」
ツクシは映画を観ておらず、実際の映像はわからないが、なんとなく不気味に感じていた。
「雰囲気だけね。ほら、丁度あの棚の影になっているところなんか……ん?」
「どうしたの?」
「今、なにか動いたような?」
「え?」
目を凝らすと、棚の影に人影が揺れた。よれた服装の男性のような影が、ゆらゆらと立っている。
「えっ?うそ?死霊?」
その人影が氷香たちに向かってが飛び出してきた。
「「きゃああああああーーーー」」
「うおっ!」
二人の悲鳴に驚いた人影が棚にぶつかり、積んであった資料が覆いかぶさった。
「いてて」
人影が、頭をさすりながらうめき声を上げた。その声には聞き覚えがあった。
「葉山さん?」
電気つけると、薄暗かった部屋が照らされた。そこにいたのは葉山葉一であった。葉一はばつが悪そうな顔で立ち上がった。
「大きな声出すなよ。びっくりするだろう」
「こっちのセリフです。こんなところで何しているんですか?」
「氷室が怪奇現象に巻き込まれているのがわかったから駆けつけたんだが……、ってなんで、ツクシ……様までいるんだ」
葉一は、付喪神であるツクシが氷香の横にいるのを見て目を丸くした。『月影亭』調査のときに会って以来の再会だ。
「ツクシがどこにいようとも、ツクシの勝手。葉山こそ来るの遅い。もう全部終わったあと」
ツクシの言葉に、葉一はすまなさそうに頭を下げた。
「遅くなってすまなかったな」
「いえ、来ていただきありがとうございます。ですが、どうして私が怪奇現象に巻き込まれているとわかったんですか?」
「それは……」
「それは、わしから説明する!」
入口を見ると、背の低い白衣の女性が腰に手を当てて立っていた。年齢は読みづらく、二十代にも、三十代に見える、不思議な雰囲気をまとっている。
「ああ、この人は技術開発課の秋葉さん。一応、課長だ」
「技術開発課……では、この人が私たちの神域調査の道具を開発している方ですか。あの壊滅的なネーミングセンスの……」
「失礼な奴らじゃな。まあ、よいわ」
秋葉はにやりと口角をあげた。
「改めて、わしは秋葉篝。よろしくな。さて、話を戻そう。お前たちが使っている無風鈴の『りんりんちゃん』、実は特別製じゃ。夫婦貝って知っておるか?この貝は特定の相方と生涯を共にして、離れたり、危険が迫るとお互いに感知できる。お前たちが使っている無風鈴の素材には、生涯連れ添った夫婦貝の殻を使っておる」
「そんな機能があったんだ……。怪奇現象の開始を知らせるだけかと思ってた」
「俺もさっき聞いたところだ」
氷香の呟きに、葉一も頷く。
「ちょうど道具のメンテナンスで、技術開発課に寄ってたときに、鈴が鳴ったんだ」
「それで駆けつけてくれたんですね。でも、なぜ秋葉課長まで?」
「試作品がちゃんと作動するかどうか見るのも、開発者の務めじゃ」
秋葉はそう言いながら、部屋の隅々まで見回す。
「おや、これは魘魅の右手じゃな。かなり貴重じゃぞ。貰ってもよいか?」
「現場検証が終わってからだ。というより、それが本当の狙いだろう」
「さて、どうじゃろうな」
葉一たちのやり取りの横で、ツクシがふわぁ、と大きなあくびをした。
「氷香、ツクシ眠い……」
「ツクシちゃん、頑張ったもんね。ゆっくり休んで」
「ん、葉山もまた」
「ああ」
ツクシは櫛の姿に戻り、氷香はそれを大切にしまい込む。
「そろそろ観客が目を覚ますころじゃないか?」
「ああ、そうだった!私、行かなきゃ」
「わしはここに残る。もう少し現場検証したいからの」
「あんたは、魘魅の素材が欲しいだけだろ」
秋葉を残し、葉一と氷香はその場をあとにした。




