第二十二話
——息を切らせながら、氷香とツクシは建物の廊下を走る。綾小路の事務所を出たあと、いくつかの映画の世界を経て、ようやくもとの映画館に戻ってきていた。
「ようやくここまで戻ってきた。あと少しだから、頑張ってツクシちゃん!」
「んっ。でもあの人たち、大丈夫かな」
「心配ないよ。綾小路尊と厳島玲奈だよ!むしろ追ってきた人たちの心配をした方がいいかもね……」
シリーズを通して原作を読んできた氷香は、二人のことをよくわかっていた。あの程度の騒ぎでは、彼らにとってピンチにすらならない。
やがて目的の部屋に辿りつく。
息を整え、そっと扉を押し開けると、中央に古い映写機が鎮座していた。扉が無事に目的の場所に繋がったことに二人は胸を撫でおろす。
——『映写室』
2010年代以降、映画館は急速にデジタル化が進んだ。フィルムは、デジタルの記録媒体に置き換わり、映写機は、全国の映画館から姿を消した。
だがここには、数千回と映画を写し続けてきたであろう映写機が存在している。映画館が神域化したことで、人々の記憶やイメージが具現化したのだろう。
そして、その隣にいるのは、この怪奇現象の黒幕——魘魅だ。
小柄で小太りの男は、入ってきた氷香たちに気付くことなく、映写機の光を浴びながら、次の作品を思案していた。
「くくく、次はやはりサメか、ゾンビか……。吾輩の想像力は底なしだ!」
「とんだC級映画ね。才能ないんじゃない?」
「げげぇー!?なんでお前らがここにいるんだ!」
甲高い悲鳴が映写室に響く。
「ど、どうやって吾輩の最高傑作から抜け出したんだ!?」
「うるさいわね。少し黙りなさい。自己満足の監督気どり野郎」
「か、監督気どり……?」
「あなたの映画なんてもううんざりよ。駄作中の駄作。観ているこっちが恥ずかしいわ」
「なんだとぉー!」
「さっさとその映写機を止めて、この件は終わり。あなたはクビよ」
せっかくの休日だったのに、さんざん巻き込まれた氷香は、ついにキレていた。
「そ、そんなことさせるか。もう一度、眠らせてやる!」
魘魅は両手を振り上げて術を放とうとするが、それよりも早く、氷香は一気に距離をつめて、柔道の一本背負いの要領で魘魅を投げ飛ばした。
「ぐえっ」
つぶされた蛙のような声をあげて床に転がる魘魅。それでも諦めず、震える手を氷香たちに向ける。
「今よ、ツクシちゃん」
「んっ」
今度はツクシが両手を魘魅に向けると、魘魅の身体を光が包み込まれた。
その背後に、複雑に絡まった紐のようなものがあらわれる。
「な、なんだぁ?吾輩から何か出てるぞぉ!?」
「……『欲』の結び目、見えてるよ」
ツクシは静かに手に持った櫛で空を梳くように動かす。その瞬間、魘魅から出ていた紐が、ゆっくりとほどけ始めた。まるで、絡まった髪がゆっくりと梳かれていくように。
「な、なにを……っ!? やめろ、それは吾輩のー!」
ツクシは櫛を構え、気を整える。そして横一文字にに梳いた——
バサァッ。
魘魅の欲の結び目は一気にほどける。魘魅の身体がびくんと跳ね上がり、目を大きく見開き、次の瞬間、糸の切れた人形のように力を失った。
「あ……」
魘魅は崩れ落ちる。
「魘魅は人の欲望を糧にする。それをほどいた。しばらく動けない」
「さすがね、ツクシちゃん!」
「ん!私は櫛から生まれた付喪神。これくらいどうってことない」
誇らしげに胸を張るツクシに氷香は微笑んだ。
「あとはこのスイッチで映写機を止めるだけね」
氷香が映写機のスイッチを落とした瞬間、世界が光の粒子となって崩れ始める。神域化が解消され、映画館は本来の姿に戻っていく。
魘魅の身体もチリのように崩れ、最後に右手だけを残して、静かに消滅した。




