第十八話
目を覚ました氷室を見て、ツクシは安堵の表情を浮かべた。
「やっと目を覚ました。急に寝てしまうから心配した」
「あれ?ツクシちゃん?なんでここに?」
ツクシは氷室がかばんにしまわれている包みを指さした。その包みには、ツゲで出来た美しい櫛が収められていたが、今は空になっている。包みに収められてれていたはずの櫛は、今ツクシに姿を変えていた。この櫛は、先日のホテル「月影亭」の騒動のとき、ツクシが氷室に渡した分霊だ。この櫛を依り代にして、ツクシは姿を現わすことが出来るのだ。
ちなみに「月影亭」事案以降、ツクシは何度か氷香の前に姿を現わしては、珍しいお菓子を持ち寄って、お茶会を開いていた。すっかりお茶友達だ。今日も、美味しいお菓子があれば、ツクシと分けようと思って、櫛を持ち歩いていた。
「そうだ、ツクシちゃん。駅前に美味しい菓子屋さんを見つけたの。今度一緒に行こうよ」
「ん。でも氷香、まだ寝ぼけてる。今、それどころじゃない」
「え?」
ツクシの言葉で、氷香の霞みがかった思考が少しづつ鮮明になった。ここは映画館。たしか友人たちと映画を観ていて、急に眠気に襲われた……
「そうだった!二人は?」
慌てて隣を確認すると、二人とも寝息を立てていた。ただぐっすりと眠っているだけのようだ。あかねの膝の上には、食べかけのポップコーンを入ったカップが置かれていた。周囲を確認すると、彼女らだけではない。他の客も一様に眠り込んでいるようだ。
「よかった。みんな無事ね」
氷香は、みんなの無事を確認出来て安心する。
「でも、あかねだけならまだしも、ホラー好きのミオや他の観客まで寝てしまうなんて、不自然よね。何が起こっているの?」
そういえば、眠くなる前に、腰に着けている『無風鈴』の音が聞こえた気がした。とすると、これは……
「怪奇現象……?」
氷香がつぶやきに、ツクシが首肯する。そのとき、スクリーンの方から甲高い男の声が聞こえた。
「おやおや?吾輩、全員眠らせたと思ったのに、まだ二人も起きてるではないかー」
氷香とツクシがスクリーンを見ると、そこには小太りの背の低い男が映し出されて、こちらを見ていた。
「全く、寝ていないのはだれであるか?げげ、付喪神ではないか。まためんどくさい奴が紛れ込んでいるであーる」
小男は心底いやそうな表情を浮かべて、ツクシを見る。ツクシも小男を見て、露骨に嫌な顔をする。普段、おっとりしているツクシにしては珍しい。
「その話し方……、やっぱり、あいつの仕業だった」
「ツクシちゃん、あの変なしゃべり方の人、誰だか知ってるの?」
「ん、あれは魘魅」
「えん……み?」
「魘魅は人を惹きつけて、夢中にさせ、最後には呪い殺す小鬼。弱っちいけど、すごく嫌な奴。昔、旅館で悪さしようとして、オキナに追い出された」
「なんですって。じゃあ、あいつも狂い神なの?」
「魘魅は狂い神、違う。日本に古くから住んでる。でもこんなに沢山の人を捕える力なんかなかった」
黙って二人のやりとりを聞いていた魘魅は、にんまりとする。
「その通りであーる。ここまで来るのは苦労したのである」
魘魅は芝居がかった口調で、泣くような真似をして、話し出した。
「あのにっくきジジイに力を奪われて、追い出されたあと、来る日も来る日もちんけな小動物の魂を食い、少しずつ力を蓄えてきたのである。そして今や、吾輩はあのときの吾輩ではない。映画という強く人を惹きつけるものを利用すれば、こんなにも大勢の人を同時に捕えることが出来るのであーる」
「映画館に集まる人の感情を利用したってこと?」
「魘魅、すぐやめる。そうじゃないとまた追い出す」
「断るである!お前たちこそ自分の立場をわきまえるである。ここは吾輩のテリトリー。お前たちを吾輩の最高傑作の映画に招待するであーる」
「何する!?」
ツクシの忠告を無視して、魘魅が指をパチンとならす。
次の瞬間、景色は切り替わり、氷香たちは別の場所にいた。




