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神域調査は捗らないー葉山と氷室の不可思議案件報告書ー  作者: わだ平
氷室氷香の休日

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15/21

第十五話

 氷室氷香(ひむろひょうか)の朝は早い。午前5時25分。5時半にセットした目覚ましが鳴る少し前に目を覚ました。体内時計がこの時間に合わせられているようだ。カーテンを閉めた窓の外はまだ薄暗いが、鳥の鳴き声が聞こえ始めていた。

 ぐーっと伸びをして、ベッドから起き上がった氷香は、歯を磨き、顔を洗った後、スウェットに着替えて日課のランニングに出る。朝の冷たい空気を吸えば、身体が目覚めていくのが感じる。

 軽く汗を流したら、朝ごはんを食べ、部屋の片づけをする。掃除機をかけ、平日に溜まったゴミをまとめていく。片付けが落ち着いたところで紅茶を淹れ、お気に入りのソファーで読書を楽しむ。ここまでが、休日のルーティンである。

 ちなみに読んでいるのは、最近人気が出てきた作家、月山詩乃の新作ミステリー『真相はソースの中に』だ。彼女の作品は独特の構成、癖のあるキャラクターが魅力的で、氷香も月山がデビューした時からのファンである。

 そんな感じの休日は、いつもより時間がゆっくりと流れているように感じられる。氷香はこの何気ないひとときが贅沢に思えて好きだった。

 ちなみに今日の午後からは、友人達と隣町のショッピングモールに出かける約束がある。最近リニューアルされたばかりで、百を超える店舗に加えて、上層階にはレストランや映画館も入っている。近隣住民だけでなく、遠方からも人が集まる人気スポットだ。出張続きで、まだ一度も足を運べていない氷香は、密かに楽しみにしていた。



 日も高くなり、日差しも強さを増してきたころ、氷香は外行きの服に着替えて、駅前に向かっていた。本日の氷香のコーデは、白いカーディガンにロングスカート。黒く、長い髪と相まって、清楚さと落ち着いた雰囲気を漂わせていた。

 駅前の待ち合わせ場所に時間通りに到着し、友人二人と合流した。二人とも氷香の大学時代からの友人だ。

 氷香より少し背の低い、茶色いセミロングの女性は、藤原澪ふじわらみお。おっとりとした性格で、クラスのムードメーカー的な存在だ。

 背が高く、ショートヘアの少し気の強そうな女性は、高坂茜たかさかあかね

 

 三人で軽くショッピングを楽しんだあと、ショッピングモールの中にあるカフェで休憩を取る。明るく開放的な店内では、買物に疲れた夫婦や、若い学生カップルなどが人気の甘味を各々で楽しんでいた。


「ん~、甘くておいしい。ここのストロベリーショートサンデーは、雑誌にも載ってて結構有名なんだよね」

「ミオって本当に甘いもの好きよね。私はお酒のがいいかなー」

「確かにあかねにはそちらの方が似合ってる。私は、渋いお茶が飲みたくなってきたわ」

「氷香の趣味は相変わらず渋いわね……」


 氷香、ミオ、あかねの三人とも、性格も好みもまるで違っていた。学生時代は、サークルも別々だったが、なぜか気が合い、こうしてよく集まっていた。『うまが合う』といったところだろう。


「こうして三人で集まるのは久しぶりだね。とくに氷香はいつ誘っても忙しいって言うしねー」


 インスタに載せる写真を撮り終えたミオは(写真を撮るのを忘れて、先に一口食べてしまったことはお愛嬌)、イチゴをスプーンで一口食べたあと、おっとりした口調で話し始めた。


「しかたないわ。ここ最近、仕事で忙しかったんだから」


 それに応じる氷香もいつもより表情は柔らかい。仕事ではどこか気負っている彼女ではあるが、気心の知れた友人達と過ごす時間は自然と力が抜けるらしい。出てきた抹茶サンドを口へと運び、顔をほころばせた。


「仕事と言えば、あの人とはどうなったの?」


 あかねが何気なく氷香に尋ねた。


「あの人?」


 首を傾げて聞き返す氷香。恋多き女、あかねが言うからには、恋愛がらみであることは想像がつくが、思い浮かぶ人物はいない。学生時代から勉強ばかりしてきた氷香にとって、この手の話題はどうも苦手であった。


「ほら、いつも氷香の話に出てくる職場の先輩。だらしないけど、ほうっておけないとか、いつも言ってたじゃん」

「そうそう。電話とかメールで、氷香、いつもその人の話ばかりしてたー」


 ミオにも指摘されて、氷香はようやくその人物が、職場の先輩であり、相方である葉山葉一はやまよういちのことだと、氷香はようやくピンと来た。

 だが恋愛対象として思われるのは、いささか不本意であった。


「はぁ?あの人とは全然、そんなんじゃないわよ。ただの職場の先輩よ。むしろ迷惑ばかり掛けられているんだから」


 必死に否定する氷香。そんな反応が面白くて、ミオとあかねは顔を見合わせてくすっと笑った。


「本当に?氷香の仕事の話って、全部その人出てくるし。それに神域調査課って、優秀な人しか入れないでしょ。その先輩だって実は仕事がめっちゃ出来るんじゃないの?」

「そうそう。就職活動のとき倍率見てびっくりしたもん。氷香、こんなところ行くんだって!絶対その人もシゴデキでしょ?」


 興味津々に追及をやめない二人に対し、氷香は「やれやれ、わかってないな」といった顔で肩をすくめた。


「いい?そりゃ、仕事は出来ると思うし、学ぶことも多いわよ。まあ、だらしないのを除けば見た目だってそんなに悪くないけど……。でも一社会人としてどうなのって感じ。めんどくさがりだし、よくさぼるし、お酒好きだし。この前の出張の帰りだって、二日酔いで大変だったんだから。運転が荒いとか、めっちゃ文句言うし。運転するこっちの身にもなってほしいわよ。それに……」


 ほら、始まったとばかりに顔を見合わせてにやけるミオとあかね。そんな二人に気付かず、氷香は葉一の愚痴の延々と語り続けていた。


「やれやれ。ようやく氷香にも春が来たっと。私も早くいい男探さないとなー」

「だから違うって……」

「あかねは、この前カレシ出来たって言ってなかった~?」

「もうフッたわよ」


 氷香の否定も、二人にとっては格好の話題でしかない。テーブルにはにぎやかな笑い声が続いていた。女というものは、いくつになっても、こういう話題で盛り上がる生き物である。


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