第十三話
時間は進み、日がとうに沈んだころ。
月影亭をつつむ森は月の光に照らされ、その影を一層濃くしていた。
月影亭の灯りも今は消え、ひっそりと佇んでいる。
ただ一か所を除いて……
厳かな笛の音が、静まり返った宴会の間に響き渡った。
月影亭の広間には、今宵もホテルを訪れた神々がずらりと並び、壇上には、白と朱の衣に身を包んだ氷室が立っていた。
彼女の黒髪と凛とした表情が、彼女自身の存在を際立たせた。
どんっと、太鼓の音が一打、響いた。
その音に合わせて、氷室は一歩、また一歩と舞台に進み出た。
その所作は淀みなく、そして洗練された舞手のものであった。まるでこれまで幾千と、この舞を舞い続けてきたかのように。
そして今、その舞は『神楽』と呼ばれる儀式の中で、神性を帯び始めていた。
(氷室が舞を踊れたことにも驚いたが、まさか付喪神たちの力を借りることになるとは……。だが確かに、過去に宿を訪れていた付喪神たちなら、神楽も記憶しているはずだ)
神の不思議な力に導かれるように、楽器たちはひとりでに、記憶に刻まれた音を奏でていた。
その音に合わるように、壇上で氷室が——舞った。
袖が翻るたび、空気が震え、鈴の音が光の粒となって散る。舞は次第に速さを増し、氷室の足さばきが床を打つたび、見えない波紋が広がるようだった。
葉一は思わず息を呑んだ。普段の冷静で真面目な彼女からは想像が出来ないほど、情熱的に、しかし神秘的に舞うその姿に——ただ目を離すことができなかった。
やがて、舞が最高潮に達した瞬間。
彼女を中心に光の粒が奔流のように解き放たれ、部屋全体を満たしていく。その光は神々に纏わりついた黒いもやを打ち消し、やがて月影亭全体を包みこんだ。
——静寂。そののち、大きな歓声が神々より巻き起こった。
オキナ「おおー、これぞ神秘の輝き。あの娘、やるではないか」
ノンベエ「なんとも心地よい。酒が飲みとうなってきたわー」
ススビ「拙僧、この感覚は久しぶりでござる。力が漲るぞ」
キキョウ「やったわね、ツクシちゃん」
ツクシ「んっ!」
「ふぅー」と大きく息を吐いたのち、氷室は力尽きたようにゆっくりと倒れ込んだ。
葉一はすばやくその身体を支え、今だ興奮冷めやらぬ神々を横目に、ただ「よくやった」と呟いた。
葉一の手が彼女の頭をそっとなでると、彼女は安堵の表情を浮かべた。
——元来、神楽とは「神を楽しませる」という意味がある。古事記にはこう記されている。高天原で暴れるスサノオに嘆き悲しんだアマテラスオオミカミが、天の岩戸に御隠れになり、世界を闇が覆った際、オモイカネの案により、アメノウズメが舞を舞った。その時の神々の楽しそうな笑いに誘われて、アマテラスオオミカミが岩戸から出てきて、再び世界に光が戻ったという。
つまり、『神を楽しませる』から『神楽』ということだ。
その夜、月影亭では盛大に宴会が催された。酔った葉一とノンベエが、神気を取り戻した温泉であわや溺れるという珍事もあったが、館はかつてないほどの活気に包まれた。




