責任ある供給バーガー
星間宇宙船であるアトラス号は、未知の惑星を探索しながら新たな資源を発見する任務を担っていた。俺は、その中で働く唯一の乗務員だ。宇宙船はロボット操縦でほぼ自律的に動いているため、ほとんど乗務員はいらない。唯一の俺の役目は、未知の惑星に到着したときに、そこが人間の住める環境かどうかをチェックする係だ。
チェック係といっても、炭鉱のカナリア的なものではない。炭鉱の中で有毒ガスに倒れるのはカナリアだがそれは随分昔のことだ。いまならば、ガスセンサーを先行させて、ある程度のガスの濃度までならマシンにより判別がつく。地球上であれば、さまざまなセンサーがあるので、人間に害となるようなガスを発見すれば、すぐに警告がなるようにできる。
しかしだ。未知の惑星の場合には、未知の有毒ガスが存在する可能性がある。そういう場合、地球型のガスセンサーでは検出できない可能性がある。だから、ロボットの探索機を送ったとしても最終的には人間が直接その場で観察することが必要になる。つまり、俺の仕事は、そういうことだ。最後の検出器というやつだ。他に仕事はない。
アトラス号が航行している途中は、俺は非常に暇だ。役目といえば先に言ったとおりに惑星の有毒ガスを検出することだけだから、航行中はなにもやることがない。宇宙船の点検などはすべてロボットが行ってくれるので、俺はただ宇宙船をぶらぶらしているだけだ。
そんな俺の待遇だが、途中で死なれては困るらしく、宇宙船の中には大量の食糧が積み込まれている。本当は娯楽も積み込めばいいのだったが、すべてひとりでやるゲームなので飽きてしまった。あとは食べることしか楽しみがない。
宇宙船に乗るにあたって恩給は十分に支給されている。星間宇宙船は目的の惑星を探査して、ふたたび地球に戻るまで 10 年ほどかかるが、それは構わない。10 年ほどの間、地球がどうなっているのか分からないが、まあ、どうにかなるだろう。
俺は、ミートバーガーを食べながら、宇宙船に積まれている会話用ロボットに話しかけた。
「なあ、ロボット君。俺はミートバーガーが好きなんだが、なんで、この宇宙船にはミートバーガーばかりが積んであるんだ?」
「それは、ミートバーガーが最も栄養価が高く、保存性が良いからです。宇宙船の限られたスペースと資源を考慮すると、ミートバーガーは最適な食料供給源となります」
「でもさ、ほら、倉庫の奥に大豆バーガーがあるじゃないか。あれはどうなんだ?」
「大豆バーガーも栄養価が高く、健康志向の乗務員に人気があります。しかし、ミートバーガーの方が需要が高いため、主にミートバーガーを供給しています」
まあ、そりゃそうだろう。唯一の乗務員である俺が食べるがミートバーガーだからな。供給率はここんところ 100 % と言っていいだろう。
「しかし、健康を気にするなら、大豆バーガーのほうがいいんだろう? この俺が 10 年間健康に生き続けるためには、ミートバーガーと大豆バーガーをバランスよく食べたほうがいいんじゃないか?」
「確かに、バランスの取れた食事は健康維持に重要です。しかし、栄養価の話をしますと、本船に積まれているミートバーガーと大豆バーガーの栄養価はほぼ同じです。健康のために、どちらのバーガーを食べても問題がないようにできています」
「え? それは初耳だ。栄養価が同じってことだけど、でも中身は違うんだろう? ミートと大豆なわけだし」
「はい、中身は異なりますが、栄養価...といいますか、原材料は同じものを使っている。畑のミートである大豆と、畜産の大事であるミートが使われています。どちらもタンパク質源として優れており、結果的には健康を維持するに十分な栄養素を提供しています。これは大豆なことです。体にも人生にいいんですよ。大事だけに」
「へえ、そうなんだ。じゃあ、ミートバーガーも大豆バーガーも同じって訳なんだ」
「はい、その通りです」
「じゃあ、俺はミートバーガーだけで 10 年間過ごしてもいいのかな?」
「いえ、それはお薦めしません。この宇宙船にはミートバーガーと大豆バーガーが半分ずつ積まれていますので、ミートバーガーだけ食べ続けると 5 年間で食料が切れてしまうことになります」
ああ、なるほど。食料の量は変わらないのか。ミートバーガーばかり食べていたら、5 年で食料が尽きてしまうのか。そりゃまずいな。
残りの大豆バーガーを食べ続けるのは、ちょっと辛い。いや、かなり辛い。
「じゃあ、ロボット君。さっきの大豆バーガーなんだが、中身は同じなんだろう? だったら、大豆バーガーをミートバーガーに変換することもできるんじゃないか?」
「技術的には可能ですが、変換プロセスにはエネルギーと時間がかかります」
「技術的には可能ってことは、やればできるんだな?」
「はい、可能です。しかし、変換には大量のエネルギーが必要であり、宇宙船のエネルギーを使うことになります」
「どのくらい使うんだ?」
「2% 程度です。ちょうど、物価の上昇、インフレーション率と同じくらいです」
「それを、宇宙船の社債で賄うことができるか?」
「はい、社債を使えば可能です。社債の利率を 3% 程度にすれば、変換に必要なエネルギーコストを賄うことができます」
「なるほど、で、その社債って誰が買うんだ?」
「社債は乗務員が購入します。乗務員の可処分所得から利子を支払う形になります」
「そうか、乗務員ってことは俺だな。俺が社債を買えばいいわけだ。社債を買った分、宇宙船で使えるエネルギーが増えるという仕組みなんだな」
「はい、その通りです。しかし、乗務員の可処分所得が減りますから、それを補う働きが必要になってきます」
「働き? それはなんだ?」
「乗務員が追加の仕事をすることです。例えば、宇宙船のメンテナンスや探索任務の補助などです。現在はロボットが担当しているところですが、エネルギー消費を抑えるために、乗務員に代替して頂くことになります」
「まあ、いいだろう。俺は暇だからな、ちょっとしたメンテナンスや点検ぐらいならばやってもいいよ。その分、給与が出るんだろう?」
「はい、その通りです。ただし、追加の給与分に対しては、所得税の支払が発生します」
「え? 所得税?」
「そうです。宇宙船の運営には税金が必要です。ここでは働いているロボット達も供給されるエネルギーから少しずつですが税金を払っています」
「なるほどなあ」
「さらに、所得が発生するので、社会保険料と国民年金を払って頂きます」
「え?」
「加えますと、本船の住居のための家賃も発生します。これについては、雇用主から補助がありますので、半額の負担となります」
「うーん、なんだか色々と引かれるなあ。でも、まあ、仕方がないか。ミートバーガーを食べ続けるためには、俺も働かないといけないんだな」
「はい、その通りです。他にも、宇宙船の廊下を修理するための道路税や、宇宙船の防衛のための防衛税なども発生します」
「うむ、もう、よくわからんが、いろいろと税金を払えばミートバーガーが食べられるようになるんだな」
「はい、その通りです」
それから、俺は清掃ロボットの代わりに働き、船外の修理ロボットの代わりに船の修理を請け負った。
毎食のミートバーガーは美味かった。さすが、大豆バーガーとは違う。まあ、元は大豆バーガーかもしれないが、今、俺が喰っているのはミートバーガーだ。
そして、5 年が経ち、惑星の探査を終えて、俺は 10 年後に帰還した。
そう、俺にとっては 10 年だったが...星間宇宙船の中の時間の流れを忘れていた。つまり 100 年ほどの時間が流れていたのだ。地球は 100 年後にもあったが、俺の知っている地球とはまるで違っていた。
社債はどうなったのか。ああ、俺の所属する会社は潰れていた。そう、俺の持っている社債は紙切れ同然になっていたのだ。俺の所属している会社は、買収され、買収され、買収されていたが、既に最初の社債は紙切れ同然になっていたのだ。
宇宙船のロボットが言う。
「だから、責任ある供給が重要なのです。一時が大豆」
【完】




