ビョウカボン
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
う~ん……む、もうこんな時間か。夕方じゃないか。
あれ~ちょいと昼寝しようと思ったら、こんな時間まで眠っちゃうなんて、疲れが溜まっていたかなあ。
こーちゃんは……ああ、執筆中? それともひと区切りついたかな? ちょっとコーヒーブレイクでもしない? ここんところ、ブラックにも慣れてきたからね。なんにも入れなくてもイケるよ。
いや~、夜にも寝て、昼にも寝る、とかやっているとすぐに次の夜が迫ってきて困る。昼夜逆転というか、コアラとかナマケモノの領域じゃないかね、これ。仮にも「動物」と分類されているから、動きが多い生活を送りたいものだけど。
けれども、動かない動物がいるならば、かわいい恐竜もいるわけであり、魔女な男もいるわけだ。実際、魔女狩りの時代とかは、一部の男も魔女とされたって聞いたことあるよ。
字面のイメージとは反するもの、というのはこの世にはしばしばあるもの。そいつにどんな悪意があったか、あるいはカモフラージュだか分からないけれど、注意が必要なものがあるかもしれない。
これはちょっと派生で、例外なケースかもしれないけど、こーちゃんが好きそうなやつな気がする。聞いてみない?
オアシス。
聞いてイメージするのは、のどの渇ききる灼熱の砂漠を歩いている中、思いがけず出くわした水場、というところかな? 地獄で仏とはこのことだろう。
ひたすらにそれを欲し続けても、すぐにはかなわず。我慢に我慢を重ねたのちにようやく手に入るものこそ、その味、ありがたみが染みわたるものだ。
それが砂漠でなく、部活の運動の後などであっても同じ。僕の友達も、その日の練習は炎天下のことで汗が吹き出るとともに、のどがぐんぐんと渇いて仕方なかったらしい。
その活動、最後の休憩タイム。すでに持参した水筒の中身を飲み干していた友達は、水道場へダッシュした。
ひねった蛇口から飛び出る水をがぶ飲みしていく、というのは運動部あるあるシチュエーションのひとつだろう。青春の1ページにすら思えてくる。
けれども、友達の地元にはひとつ。水分補給の際の注意ごとがあった。
「ビョウカボンの生えているところで、水を飲んではいけない」
ビョウカボン、というのは古くから伝わっている言葉だけれど、正体は判然としない不可解なもののひとつだ。おそらく「生える」という表現から植物のことだろうし、友達がそのとき見かけたのも植物の形だったらしい。
運が悪かったのが、友達は最初蛇口以外に目もくれず、がばがばと水を二度、三度のみ下した後だったらしい。
流しのすぐ脇、壁に隠れ気味のところに咲いていたその花は、赤いヒガンバナそっくりのいで立ちをしていた。ところが、その姿をとらえたとたんに、友達の頭が内側から警鐘を発するかのごとくワードを連呼し始める。
ビョウカボン、ビョウカボン、ビョウカボン……と。
そう、ビョウカボンはそれを見たものに、存在を強く訴えかけるもの。姿かたちはそのときどきによって異なるために、定まった物体としては伝わっていないんだ。
その友達が見たヒガンバナそっくりのビョウカボンは、友達がとっさに蛇口をひねって水を止めたときにはすでに遅く。目に見える早さでにゅにゅっと背を伸ばしたビョウカボンは、次の瞬間には友達の視界からぱっと消えてしまったんだ。
ビョウカボンを見た、と顧問の先生に訴え出る友達。先生もまた「ほんとか?」と尋ね返したあと、じっと友達の目を見てきたそうだ。
顧問の先生もまた、過去にビョウカボンに出会ったことがある。その際に一度でも影響を受けた者は、他者に対しても本当にビョウカボンが接触してきたかどうか、分かるのだと。
「どうやら、ほんとうらしいな。分かった、すぐ帰りなさい。おうちの人に指示をあおいで慎重に過ごすように」
早退を許可された友達は、すぐに家へ帰って家族に相談。ビョウカボン対策を練りました。
ビョウカボンの前で水を飲むことが、なぜ恐ろしいとされるのか。
それはビョウカボンがその瞬間に、種を相手の内臓の中へ送り込んでしまうからなのだとか。
ビョウカボンの種の成長は早い。何も手立てを打たなければ半日のうちに芽吹いて育ってしまい、植え付けられてしまった存在自体が「ビョウカボン」になってしまう、といわれているのだとか。
姿の消し方から察せられるように、ビョウカボンはこの世の理とは異なるもの。もしビョウカボンになってしまえば、この世のものは元の存在を急速に忘れてしまい、ビョウカボンとしか認識できなくなってしまうとか。
しかし、間に合うならば対処はポピュラーなもの。
事情を話した友達は野菜やこんにゃくなどなど、食物繊維をたっぷり含んだものを片っ端から取らされていく。
これは便のかさを増すとともに、内臓の掃除もしてくれるものたち。そしてビョウカボンはこれを大の苦手としているときている。
友達がこれらをどんどんと食べていると、みるみるうちにお腹が痛いくらいに張ってきてトイレへ駆け込むことになる。
そうして排泄されていった便には、あのときに見たヒガンバナもといビョウカボンの茎にそっくりな形のツタが、ぎゅうぎゅうに巻き付いていたとか。
それが完全になくなるまで、食べては出すことを繰り返し――不思議と中身がなかなか尽きなかったあたり、身体の防衛反応かもしれないと話していたな――ついには、茎らしきものがまったく絡まなくなったらしい。
そうすれば、ひと安心。けれども顧問の先生がそうだったように、友達もまたその時からビョウカボンを見抜けるようになる。
ビョウカボンに毒された人の目をのぞき込むと、その虹彩の中に茨の長いツタがぐるぐると渦巻いているのが見えるのだとか。
オアシスという天国から、地獄へ突き落すビョウカボン。余裕のないときも、頭の片隅へ入れておきたいな。




