呼び方
「話が脱線しちゃったけど」
ぱんぱんと手を叩き、話の軌道修正を図る私だった。
「脱線?」
こてんと首をかしげるシンシアちゃん。かわいい。……じゃなくて。そうかこの世界ってまだ鉄道がないのかな?
「エルフ語よ」
「エルフ語でしたか」
あっさり信じてしまうシンシアちゃんだった。おねーさん将来が心配よ。
「えーっと何の話だったかしら……そうそう、シンシアちゃんのお母様を治療するなら、私も同行しましょう」
「え? よろしいのですか?」
「いいわよ。気になることもあるしね」
「気になること、ですか?」
シンシアちゃんがちょっと訝しげな顔をして、
『……詮索しないように』
「はい!」
ティナに注意されて背筋を伸ばすシンシアちゃんだった。
そして、
『――緊急クエスト。「領主の妻を治療せよ」を受注しました』
私の方を向き、そんなことを口にするティナだった。おぉ、すごくMMOっぽい感じ。
「くえすと、ですか?」
「シンシアちゃん。ティナの言動はあまり気にしなくていいわ」
「あ、はい? ……エルフ的な特殊な何かですか?」
「そんなところ。じゃあ、街に行けばいいのかしら?」
「はい。この近くにうちが治めている都市がありますので。……あの、本当によろしいのですか? エルフの御二方がやってきますと無駄に注目されてしまうと思いますが」
『……主様の決定に文句でも?』
「いえ! ありません!」
『それと、主様はエルフではなく、ハイエルフです』
「そうでした! すみません!」
胸の前に右手の握り拳を当てるシンシアちゃんだった。こっちの世界の敬礼かしらね?
まぁこれはこれで仲は良さそうなのでいいとして。シンシアちゃんに案内してもらえるなら商都まで迷う心配もなさそうね。
すっかり忘れかけてたけど、ゲームのシナリオ通りに進めるならこの森から商都に向かい、いくつかの事件を解決して名を売り、勇者学校の先生に選ばれなきゃいけないからね。
もちろん魔王である私は勇者学校の先生をやるつもりなんてないのだけど……他の道を探すにしても、まずは人の集まる都市に向かうのが最適解であるはず。冒険者ギルドで冒険者として登録すれば冒険者証=身分証明書が手に入るし。生活していくにはお金を稼がなきゃいけない。
ではさっそく商都に……おっと、そうだ。せっかくクマを倒したのだから素材を回収しておかないとね。
「――解体」
私がスキルを発動すると、クマが解体されて素材になった。……下半身だけ。
うーん? スキルレベルが足りないから全部は解体できなかった感じかな? というわけでもう一度解体を発動。すると今度は上半身が解体された。
素材としてはルビーのような魔石と、毛皮、爪と牙。そして肉や内臓もひとかたまりになっていた。オオカミを解体したときには肉と内臓なんてなかったんだけどなぁ?
肉は食用だと考えるとして、内臓は……そういえばクマの胆嚢は生薬になるんだっけ? そう考えるとお肉も滋養強壮効果があったはず。なら『素材』として扱われても不思議じゃないか。
ちなみに毛皮は操糸で切断したせいかタオルケットみたいな感じになっていた。これは価値が下がってしまいそうだね……。原作通りなら冒険者ギルドで素材を買い取ってくれるはず。
ま、あとは実際に売ってみてかな。手で持ち運ぶのは大変なので空間収納に収納だ。
「は、ハイエルフさん! それ、空間収納ですか!?」
シンシアちゃんが目を丸くしていた。あれ? 持ってないの? ……そういえば空間収納(アイテムボックス)を使っていたのはプレイヤーなのだから、ガチャキャラは使えない可能性もあるのかしらね。
「えぇ、そうよ。珍しいのかしら?」
「はい、それはもう。空間収納を持っていれば色んなところから引く手あまたですし、王城でも働けるはずです。さすがハイエルフさんですね」
「へー」
まぁ王城で働くのなんて面倒くさそうだからどうでもいいとして。気になるのは私の呼び方だ。『ハイエルフさん』はいくら何でも変すぎるでしょう。シンシアちゃんを『人間ちゃん』って呼ぶようなものだ。
「エリカフィアーネ」
「え?」
「私の名前よ。長いからエリカと呼んでくれていいわ」
「よ、よろしいのですか?」
「もちろんよ」
「では、エリカ――様」
ティナにギロリと睨まれて慌てて軌道修正するシンシアちゃんだった、大人げないわよティナ……。
「はいはい、ティナ、睨まないの。シンシアちゃんも『様』なんて付けないで、呼び捨てでいいから」
「さ、さすがにそれは……。では、エリカさんで」
ちょっと頬を赤く染めるシンシアちゃんだった。うん可愛い。
『……話が纏まりましたら早速街に向かいましょう。エリカ様』
さらっと呼び方を『主様』から『エリカ様』に変えるティナだった。もしかして嫉妬した? ツンデレかな? こっちも可愛いぞ?




