ガチャ
「え、えー? わたしラスボスじゃない? 主人公たちに倒される役じゃない?」
どういうことよとティナを見るけど、ティナはなぜかドヤ顔で胸を張っていた。
『ご安心を。魔王とは生まれではなく、生き様です』
魔王キャラでも善い行いをすればセーフと? なんでやねん。そもそも魔王というだけで討伐されちゃうし……。
…………。
……いや、黙っていればセーフなのでは?
だって原作ゲームで魔王が登場するのなんて終盤も終盤。「まさか魔王がこんな美女だったなんて!」という驚きと共に立ち絵が公開されたのだ。しかもゲーム中では『善』の存在とされてきたエルフの上位互換・ハイエルフだし。
つまり、この世界の人間は魔王がどんな外見をしているのかすら知らないし、『善』の存在であるハイエルフが魔王だなんて夢にも思わないのだ。
これは、いけるのでは?
魔王と名乗らず、魔王っぽいことをしなければ。魔王とは無関係に生きていけるのでは? しかも私が魔王として行動しなければ原作ゲームで巻き起こった悲劇も全て回避できるのだし。
(よし、魔王になるのは全力で回避するとして)
あとはどうやって生きていくか、か。さすがにこの森で採集生活するのは無理。そんなスキルも知識もない。キャンプですらブームの時に一度やってみて「二度とやるか!」となった軟弱者なのだ私は。
となると、街での暮らしとなるのだけど……。生活のためのお金を稼ぐために就職しないとか。原作ゲームの職業で、今の私でもできそうなのは……冒険者とか? あとはどこかの商人か職人に弟子入りするとか……。
ちなみにティナによると私は『主人公』なので、勇者学校の先生になるという道もあると思う。でもまぁ、無理だよね。魔王なのに勇者を育てるとか。
私がそんなことを考えていると、ティナが両手を打ち鳴らした。まるで何かを思い出したかのように。
『そうでした。チュートリアルが終了しましたので、名前の変更が可能です』
名前の変更って……ますますゲームっぽい……。いやゲームだと開始直後に名前を設定できるのが多かったかな?
「ちなみに今の私の名前は?」
『はい。「魔王グルグラスト13世」です』
「そのまんまじゃん! 変更します! 嫌だよ会う人会う人に『どうも、魔王グルグラスト13世です』なんて名乗るの!」
『では、変更する名前をどうぞ』
「名前……」
改めてそう問われると、どんな名前がいいのだろう? そもそもこの世界の普遍的な女性名って? いや人間とエルフだと命名基準も違う可能性も……。
……違うか。
無理をしなくても、私本来の名前を名乗ればいいのか。
「――エリカ」
漢字で書けば、絵梨花。それが私の本当の名前だ。
『なるほどエリカですか……』
ティナは深く頷いたあと、
『エルフらしくありませんね』
容赦なくダメ出ししてきた。私の本名ぅ……。
『そうですね、ここはエルフ風の名前に改造して「エリカフィアーネ」と名乗るべきでしょう』
「えりかふぃあーね」
誰やねんそれ、というのが正直な感想だった。
『……親しい人間にはエリカと呼ばせればよろしいかと』
まったくワガママな主だぜ、みたいな顔で妥協された。なんだろう、なんかこの、なんだろう?
『さて』
お前の意見なんて聞かないぜ! とばかりに再び両手を打ち鳴らすティナ。メイドさんなのに強すぎるというか、私が弱すぎるというか。そもそも私とティナの関係って『ご主人様とメイド』でいいの?
『名前の変更も終了しましたので、いよいよガチャ機能が解放されました』
「お! ガチャ!」
疑問を放り捨て、まんまと喜んでしまう現金な私だった。でもしょうがないじゃん? ガチャが解放されたなら数々の魅力的なキャラクターたちと出会えるのだから! 生で! 私の推しのシンシアちゃんとか!
『初回特典として10連分の魔石が配布されました』
「スマホゲーのお約束だね! じゃあさっそく……ガチャって、どうやるの?」
『まずはホーム画面を呼び出してください』
「えーっと、ホーム画面」
私が繰り返すと、目の前に液晶画面のようなものが浮かび上がった。タブレットくらいの大きさで、半透明。そのままずばり『夢幻のアレクサンドリア』のホーム画面だ。
あ、本来のホーム画面では『担当キャラ』といってお気に入りのキャラクターを表示できるのだけど、今は誰もいないのでその点は異なっているね。
『続いて、「ガチャ」のボタンを押してガチャ画面に移動してください』
「はーい」
ホーム画面の左端には『担当生徒』や『アイテム』、『授業』、『冒険』などのボタンがあり、ガチャのボタンは一番下にあった。
そのボタンを押すと、原作ゲームそのままのガチャ画面が表示された。
……ちょっと違うのはまず『装備ガチャ』画面が出てきたことかな。本来なら『キャラガチャ』画面にピックアップキャラが表示されるのだけど。
でもまぁそんなのは些細な違いだ。画面を横にフリックしてキャラガチャ画面に――移動、しない。あれー? なんでー? 原作ゲームだと移動できるはずなんだけど?
「ティナ。キャラガチャにいけないんだけど?」
『未実装です』
「……未実装?」
『はい』
「なんで? スマホゲーにキャラガチャは必須じゃないの? というか原作ゲームにはあったし」
『よく考えていただきたいのですが――』
ふーやれやれと小さく首を横に振りながら、ティナは言った。
『――ガチャを回しただけで人間が現れるはずがないでしょう?』
「それはそうだけどさぁ!?」
あまりにもあんまりな物言いに『ガビーン』っとなってしまう私だった。




