逃げたのではない
「うーんうーん……」
「うーんうーん……」
訓練場で盛大にドッカンドッカンしたあと。
シンシアちゃんとフレヤちゃんは訓練場内の治療室内にあるベッドに横になっていた。まるで悪夢を見ているかのようにうなされている。
『やり過ぎです』
「えー? でもでも~、直撃はしてないし~?」
『魔王』
「魔王じゃないわい」
『残念ながら。――魔王とは生まれではなく、生き様です』
最初出会ったときと同じ言葉を言われてしまった。意味は真逆っぽいけど。今の私の生き様が魔王っぽいとでも? そんなバカな……。この数日だけで結構な人を救ったというのに……。
『エリカ様の今までの善行を10とすれば、悪行は100くらい行きますので』
「……さすがにそこまでじゃなくない?」
悪行っぽいことはフレヤちゃんを殴り殺しかけたことくらい、の、はず。山賊をぶち殺したり冒険者の足をスパーンしたのは正当防衛だし。
「そもそも勇者候補を二人も育てている私が魔王とか。それじゃあ私が未来の敵を育成しているドMってことになるじゃないの」
『……てっきりそういう趣味なのかと』
「どんな趣味やねん」
いやでもどうせ殺されるならシンシアちゃんとフレヤちゃんみたいな美少女に殺された方が? お得なのでは?
『…………』
絶対零度もかくやというほどの冷たい目を向けられてしまった。なんかごめんなさい。
「えーっと……」
シンシアちゃんとフレヤちゃんはしばらく動けそうにないから、ここで安静にしてもらうとして。私はどうするかなぁ。まだ冒険者ギルドに登録できてはいないから依頼を受けることはできないし。……あ、でも素材は買い取ってくれるんだっけ。
「ここはまたブラッディベアでも狩りに行きましょうか」
『ギルドマスターからは大人しくしていろと厳命されたのでは?』
「一匹か二匹くらいは大丈夫じゃない? 鎧の修理費で所持金ゼロになっちゃったし……。あと、試してみたいことがあるのよね」
『試してみたいこと、ですか?』
「うん。操糸手袋なんだけどね、これが上手く行けば新・必殺技になると思う。……ま、それは口で説明するより実際にやって見せた方がいいでしょう」
『また意味深な物言いを……しかし、よろしいのですか?』
「? うん、ティナには秘密にするようなことはないし」
新必殺技なのだから秘密にするべきなのだろうけど、ティナに今さら隠し事なんてねぇ。
『…………。……そうではなく、訓練場です』
「くんれんじょう?」
ティナが指差したのは治療室の窓。そこからは何の変哲もない訓練場を確認することができた。
うん、何の変哲もない。
ちょーっとだけファイヤーボールの爆発で地面がボコボコになっていたり、ちょーっとだけ壁が大きく焦げていたりするけれど。何の変哲もない訓練場である。
「…………。……シンシアちゃんたちを鍛えるためにこうなったのだから公爵閣下が快く直してくれるのでは?」
『魔王』
「こんなか弱いハイエルフを捕まえて」
『か弱い存在は訓練場をこんな惨状にはしません。しかも騎士が戦闘訓練をしても平気なように状態保存の魔法が掛けられているのに』
ちょっとティナが何を言っているか分からなかった。ふしぎだなー。
そんなやり取りをしていると、治療室にメイドさんが入ってきた。取り急ぎガンちゃんへと報告に走った人が戻ってきたみたい。
これはちょうどいいやとメイドさんにウィンクする私。
「メイドさん。私たちは急ぎ森へと向かわなければなりません」
「は、はい? 森でございますか?」
「えぇ、緊急事態です」
主に私のお財布が。
「緊急事態……」
なぜか顔を青くしたメイドさんに向け、私はグッと親指を立てた。
「シンシアちゃんとフレヤちゃんに伝えておいてください。――後は任せた、と」
主に訓練場の惨状を。何とかしてくださいお願いします。
「――承知いたしました。必ずやお伝えいたします。我が命に代えようとも」
なにやら使命感に燃える目をしたメイドさんだった。大げさだなー。
というわけで。
シンシアちゃんとフレヤちゃんの看病はメイドさんに任せ、私は森に向かうことにしたのだった。




