閑話 公爵
シンシアの父・ガングードは執務室の窓から騎士団の訓練場を見下ろしていた。
愛娘であるシンシアから訓練場を使いたいと頼まれ、しかも指南役がエリカフィアーネであるというから了承はしたのだが……。
エリカフィアーネの『力』によってシンシアとフレヤは新しいスキルを得たという。
そのスキルの『れべる』を上げるために、訓練場で鍛錬をするのだという。
ハッキリ言ってまるで理解できていないガングードだ。スキルは生まれ持ったものが全てであり、後天的に獲得できるなどという話は聞いたことがない。さらには『れべる』を上げてスキルの効果を上げるなど……。
疑い半分であったガングードの視線の先では、エリカフィアーネが連続で攻撃魔法を放っている。人間であればとっくの昔に魔力欠乏症となって倒れているはずなのに、エリカフィアーネは頻度も威力も落とすことなくシンシアとフレヤを吹き飛ばしていた。
「うぅむ……」
愛娘とフレヤの無事が気がかりなガングードは、執務室の壁際で待機していた男に視線を向けた。公爵家の執事長であり、エリカフィアーネに命を救われた結果として若返ったセバスだ。
「二人は大丈夫だろうか?」
「今のところは。騎士団が仲介に入る様子はありませんし」
「それもそうか……」
ガングードは配下の騎士団に対し『二人に危機が迫れば命を賭けて守れ』と厳命してあった。そんな騎士たちが動かないのだから、セバスの言うとおり今のところは大丈夫なのだろう。
……ただ単にエリカフィアーネに恐怖して動けないだけの可能性もあるが、そこは自らの騎士を信じるしかないガングードだ。
「エリカフィアーネ様か」
なんとも読めない人物だ。
きちんとした身分証を用意したというのに、冒険者登録をしようとした。
冒険者ギルドでは手合わせでフレヤを殺しかけたという。さらには現代においては影響力が強すぎるポーションを、冒険者の前で使用したらしい。
そのせいで今日は冒険者からの襲撃を受けたという。それも当然だ。エルフの秘薬であるポーションを人前で使用すればこうなることくらいエリカフィアーネにも分かっていたはずなのに……。
エリカフィアーネの行動をまるで理解できないガングード。もしや何も考えずに動いているのではないかとさえ疑ってしまうが……それはないはずだ。1,000年も前の統一国家を知っているようなハイエルフが、そんな行き当たりばったりで行動するはずがないのだから。
「なにか、なにか理由があるはずだ……」
自分に言い聞かせるように呟くガングード。
そんな彼の言葉に、セバスが小さく頷いた。
「それに関してなのですが、様々な動きがありました」
「動き?」
「はい。まずは冒険者ギルドですが、ギルドマスターが王都に向かって出立しました。なんでも緊急の会議があるとかで」
「うむ……?」
ギルドマスターが王都で会議をするのは珍しいことでもないが、今の時期に会議の予定は入っていなかったはずだ。『緊急』というからにはよほど急ぎの議題があるのだろう。
緊急。
ハイエルフであるエリカフィアーネ関連だろう。
「――っ!」
そうか、とガングードの頭の中で全てが繋がった。
冒険者ギルドにおけるポーションの使用。
ならば当然ギルドマスターも目にしたはずだ。ポーションの実物と、その効果を。
そして王都でエリカフィアーネに関する会議が行われるなら、ポーションについても説明があるはずだ。ギルドマスターが直接目にした、確度の高い情報として。
「……妃陛下(王妃)の病はますます悪化し、ベッドから起き上がることもできないと聞く」
ガングードの発言にセバスも状況を理解したらしい。
「王都でハイエルフに関しての会議があるなら、国王陛下も興味を抱かれるはず。そこで万病を癒やすというポーションの話が出れば……」
「あぁ。国王陛下はエリカフィアーネ様と交渉し、妃陛下の病を癒やしてもらおうとするはずだ」
そして、その交渉内容はガングードも推測することができる。
――国王にポーションを譲り渡し、対価として魔王討伐への協力を求める。
何とも自然な流れであるし、王としても受け入れやすい提案だ。なにより『王妃の病を癒やすために無理難題を受け入れた』とはならないのが素晴らしい。なぜなら魔王討伐は国家の総力を挙げて取り組むべきものであり、すでに国としても動き始めているからだ。
さらに言えば、王妃の病を癒やせば『弟子』であるシンシアが王太子妃として活動する上での後ろ盾となるだろう。
王家と、王国一の経済力を持つアルフィリア公爵家の婚姻は魔王と戦うならば是非とも成し遂げなければならないことだ。
おそらく、エリカフィアーネはシンシアから王太子との婚約関係がうまくいっていないことや王妃の病気などを聞き及び、今回の『策』を思いついたのだろう。現代の人間社会への理解が不十分ながらも、人間そのものを理解していることによる謀略……。なんという恐ろしさであろうかと身震いしてしまうガングード。
……もちろん、あのポンコツがそこまで考えているはずもない。
「そしてもう一つなのですが。先ほど騎士団から報告がありました」
「? なんだ?」
「お嬢様やエリカフィアーネ様たちを襲った冒険者たちですが……『ウロボロス』の関係者であることが判明しました」
「なに!? 確かなのか!?」
――ウロボロス。
魔王信奉者によって結成された組織であり、密かに暗躍し魔王復活を目指しているという。10年前の王都連続爆破事件や5年前の大神殿ポーション盗難未遂事件もウロボロスの仕業だとされている。
そのパーソナルマークは、ポーションの入ったガラス瓶を紋章化したもの。その由来としてはかつて魔王が魔族に対してポーションを使用し、多くの魔族を救ったからだとされている。ゆえにこそウロボロスはポーションそのものも神聖視しているという。
そんな『噂』であればいくらでも出てくるが、組織の構成員などについてはまるで分かっていなかったはずだ。だというのに、なぜセバスは『関係者』であると断言できたのか……。
ガングードの疑問を察したのかセバスが事情を説明する。
「エリカフィアーネ様のお力添えです」
「なに?」
「あのお方が切断した冒険者の足。その足の甲にウロボロスの紋章が掘られておりました。――魔力を通して初めて反応する、特殊な刻印です」
「……なるほど」
治癒魔法のために魔力を通したからこそ判明したというところか。
そしてエリカフィアーネの真意を遅まきながら理解するガングード。ポーションを出せばウロボロス関係者も釣り出せると踏んだのだろう。なにせウロボロスは魔王だけでなくポーションも信仰の対象となっているとされているのだから。
そして実際に、ウロボロスの構成員である冒険者たちが釣れた。
さらには足を切断することによってあの冒険者たちがウロボロス関係者であるとガングードたちにも分かるようにしたと。なんという深遠な考えであろうかと感心するしかないガングードであった。
……実際のところ、あの冒険者たちはウロボロスに見切りを付け、ポーションを売り払うためにエリカたちを襲っただけであり、もちろんエリカもそこまで考えてはいない。
だが、ガングードの中では全ての事象を手中で操る『ハイエルフ・エリカフィアーネ』の姿が確固たるものとして固定された。
実際はただのポンコツなのであるが。
「しかし、ウロボロス関係者を自ら尋問せず、我らに任せたのはどういうことだろうか?」
「おそらく我々にも手柄を与えようとしたのでしょう」
「……ふっ、せめて役に立ちたいという私の思いを察していただけたか」
もちろんエリカはそこまで考えていない。
しかし『ハイエルフから仕事を任せてもらえた』と勘違いしたガングードは勇んで指示を飛ばした。
「――ヤツらの尋問を急がせろ。闇魔法の使用も許可する」
「はっ」
闇魔法。
ここで使われるものは――自白の魔法である。無論、本来であれば王国の法で禁止されているものではあるのだが……。ガングードは治安維持のための特例を適応することにしたのだ。




