え?
「えーっと、ティナ。ここは夢幻のアレクサンドリアの世界なのかしら?」
『はい。そうなりますね』
「アレクサンドリアというと、画質はいいけどスマホの要求スペックが高すぎて『端末課金必須』とか『スマホが暑くなりすぎて指を火傷しそう』とか『国全体の保冷剤の売り上げを10%上げた』、『スマホを保冷剤で冷やすな危険(一敗)』とかの怨嗟の声を巻き起こした?」
『……はい、そうなりますね』
「な、なんで私がアレクサンドリアの世界に? 死んだ? もしかして死んだの?」
『私に尋ねられてもお答えしかねます。たとえば、主様は私がこの場にいる理由を説明できますか?』
「え、えーっと……初期キャラだから?」
『ならば私は「主様が主人公だからここにいる」とお答えするしかありませんね』
「あー、そっかそうなっちゃうのか……。私って、主人公なの?」
『私にとって、主様は主人公ですよ』
なんかめっちゃ良いこと(?)を言われてしまった。恥ずかしげもなく。
「うーん……」
なんかよく分からない。ほんとにゲームの世界? ゲーム世界に転生って、そんな漫画やアニメじゃないんだから。
でも、病院に担ぎ込まれた私が森で目を覚ますのは明らかにおかしいし、目の前にいるティナは日本人離れした美少女で、しかもエルフ。コスプレにしてもクオリティが高すぎる。
ティナは確かに生きていて。
木々の緑の鮮やかさも。木漏れ日の温もりも。鼻を抜けるような森の香りも。とても夢やゲームとは思えないほどリアリティがある。
だからきっとここは『現実』であり。
そうなると。
――私は、死んだのだと思う。
そもそも。
あれだけの致命傷を負った私が、身体に何の不調も感じることなく過ごせるはずがないのだ。
だから私は一度完全に死んで。こうしてこの世界に転生したのだと思う。
そんな確信をした、私は。
「……あー、とりあえず、身体を洗いたいかな」
なにせオオカミの頭を『パーン!』した際に返り血やら返り肉やらがこちらにも飛び散ってきたのだ。
そんな私の願いを聞いて、ティナは呆れたようにため息をついた。
『この状況で身体を洗いたいって……さすがの図太さ……。浄化を使えば綺麗になりますが?』
「らいに?」
私が呟くと、私の周囲が光に包まれた。え? なにこれ?
数秒か、数十秒か。光が収まると、私の服から返り血や返り肉は消え去っていた。ティナの言うとおりに。自分では見えないけどたぶん顔や髪に掛かった血や肉片も綺麗になったのだと思う。
……今さらだけど、私、ずいぶんと豪華な服を着てない? 白を基調としているドレスで、形や装飾はお貴族様が着ていてもおかしくはない豪華さだ。赤褐色のコルセットがなければウェディングドレスとしても通用しそうなほど……。
「えーっと、ティナ。鏡ある?」
『少々お待ちください』
ティナが右手を脇に伸ばすと――その腕が、途中で消えた。まるでどこか別の空間に行ってしまったかのように。
『どうぞ』
と、ティナが謎の空間から腕を引き抜くと、その手には鏡が握られていた。
「えーっと、なにそれ?」
『手鏡ですが。優秀なメイドとは主の身だしなみを調えるための道具を常に携帯しているのです』
「いやそうじゃなくて、その手鏡、どこから出したの?」
『空間収納です』
「すとれーじ?」
『主様も使えるはずですが……そうですね、まずは素材を空間収納に収納してみてください』
ティナが指差した先には先ほど解体したばかりのオオカミの毛皮などが。
『収納したいものに向けて手を伸ばし、空間収納と唱えてみてください』
「こう? ――空間収納」
私が呪文を唱えると、手を向けていた毛皮やら牙やらが突如として消えた。これで空間収納ってやつに入ったのかな? 原作ゲームのアイテムボックスみたいな?
『取り出すときは、取り出したいものを思い浮かべながら空間収納に手を突っ込んでください』
「こうかな?」
空中に向けて手を伸ばすと、腕は途中で消えた。一見すると切断されたみたいだけど、感覚はちゃんと残っている。
毛皮、毛皮と思い浮かべてみると何かを掴んだ感覚が。腕を引き抜くとちゃんと毛皮が握られていた。おー、便利ー。
『大きいものは空間から直接地面に落とすことも可能です』
「へー」
私が意味もなく毛皮や牙を出し入れしていると――ティナが少し呆れた様子で鏡を手渡してきた。
『どうぞ』
「あ、はい」
そういえば鏡だ。自分の姿を確認しないと。
一度、二度と深呼吸してから鏡を覗き込んでみる。
――別人だ。
私の記憶にある『私』じゃない。完全に、別人だ。
木漏れ日を反射してキラキラと輝く銀髪。
ルビーのように光り輝く赤い瞳。
本来の私よりもさらに白く、きめ細やかな肌。
ティナよりもさらに横へと長く伸びた耳。
そして何より、ハリウッド女優すら超越しそうなほどの美貌。
外見年齢は17歳くらい?
美少女だ。
圧倒的な美少女だ。
もちろんそれもまた驚愕に値するのだけど……私はそれよりも驚かなければならないことがあった。
この外見。この特徴的なドレス。間違いない――
「――私、ラスボスだ」
グルグラスト13世。
原作ゲームにおいて世界を滅ぼさんとする魔王であり、ゲームの主人公と生徒たちの敵。打ち倒されるべき舞台装置。
そんな彼女が、鏡の中で、唖然とした様子で目をぱちくりさせていた。




