くんずほぐれず
私たちを襲った冒険者たちは騎士団によって連行されていった。……ポーションでの治療? やりませんが何か?
怖い目に遭ったわねぇ~今日はこの辺で解散しましょうか~と提案しようとしたところで。シンシアちゃんが追い詰められたような目を向けてきた。
「おねーさん。お願いがあるのですけど」
「お願い?」
「はい。――私を、鍛えてはくれませんか?」
「鍛えるって……。十分強くない?」
この前は山賊を五人も斬り伏せたし、さっきは矢が飛んできても即座に臨戦体勢を整えた。普通の人間なら矢に恐怖して右往左往するのでは?
「ダメです! 私は『勇者候補』なのですから! もっと強くならないといけないんです! この前も! 今も! おねーさんに助けてもらってばかりですし!」
「……シンシアちゃんは公爵令嬢なのだから、戦いは他の人に任せればいいんじゃない? いくら勇者候補とはいえ別の人が勇者に選ばれる可能性はあるのだし」
「公爵令嬢だからこそ! 私は戦わなきゃいけないんです!」
「……んー?」
公爵令嬢だから戦わなきゃいけないって、どういうこと?
イマイチ理解できないでいると、事情に詳しそうなフレアちゃんが説明してくれた。
「ハイエルフであるお姉様にはご理解いただけないかもしれませんが……人間の貴族には『高貴なる者の責務』というものがありまして」
「……あー、なんか聞いたことがあるかも」
「そうでしたか。さすがです。……貴族とは元々戦の際に王の下へと馳せ参じ、先陣に立って戦うからこそ領地と爵位を与えられた者なのです。つまり、魔王が現れたのなら人々の先頭で戦わなければなりません。戦うからこそ貴族は貴族たり得るのです」
なーんか、元の世界でもそんな話を聞いたことがあるような?
まぁ貴族のあり方自体は否定しないけど……。
「それはあくまで貴族家の当主のお話でしょう? ご令嬢が戦場に立って戦う理由にはならなくない?」
「普通のご令嬢ならそれでもいいのでしょう。ですが、シンシアは『勇者候補』に選ばれました。ならば戦わなければならないと考えているのでしょう」
「ふぅん、そんなものなのねぇ……」
理解しがたいけど、そもそも庶民だった私に理解しろって言う方が無理な話なのかもしれない。たとえばこっちの世界の人間にあっちの世界の人権やらなんやらの話をしても納得してくれないだろうし。
……そういえば。
「フレヤちゃんはもう勇者候補に選ばれたの?」
なにせこの子も原作ゲームにおけるガチャキャラ。つまりは勇者候補であるはずなのだ。でもな~んか今のフレヤちゃんは他人事みたいな話し方をしているのよね。
私の問いかけに、フレヤちゃんは目を丸くして驚いていた。
「へ!? まさか! 私にそんな力なんてありませんよ!?」
「あれ? そうなの? そんなはずはないんだけど……。勇者候補って誰が選ぶの?」
「現代では大聖教の聖女様が神託を受けるのです」
「神託ぅ? でもフレヤちゃんが選ばれてないんでしょう? その聖女、本物? テキトー抜かしてんじゃない?」
「ちょ、ちょっとお姉様! 大聖教や聖女様を否定するような発言は! もっと小声で!」
小声ならO.K.らしい。いいんだそんな感じで?
まぁ、大聖教や聖女の胡散臭さは一旦置いておくとして。私は改めてシンシアちゃんに向き直った。
「別に鍛えるのはいいのだけど」
原作ゲームだとまさしくシンシアちゃんたち勇者候補を育てていたのだし。いや『魔王』だから勇者学校の指南役になるつもりはないけれど、シンシアちゃんが死なない程度に鍛えるくらいならね?
「ほんとですか!?」
「えぇ、本当よ。本当なのだけど……人って、どうやって鍛えればいいの?」
もちろん私には『師匠』として人を教え導いた経験はない。
それに、シンシアちゃんにゲームのシステムであるレベルの概念がなかったりSPを認識できない可能性もある。その場合はどうやって強くしていいか分からないのだ。
これがゲームならひたすら敵を倒してレベリング。レベルアップ報酬とかでSPが貯まったらスキルを獲得して、スキル使用で経験値を貯めて――という感じに強くしていくことができる。
でも、もしそういうものがなかったら……どうすればいいのだろう? 『ここはこうやって剣を振るのじゃ!』みたいな教え方はできないし。
「……そういえば、おねーさんは手加減という概念がない人でした……」
強くならなきゃと焦っていたせいか完全に失念していたらしい。面白いくらいに青ざめるシンシアちゃんだった。山賊や冒険者を相手にしたときよりも怖がってない? 気のせいかしら?
「お、おねーさん、やはりこの話は無しで……いえ! 自分から頼んでおいて断るのも失礼すぎますか!」
真面目だなぁ。
私が妙なところで感心していると、シンシアちゃんは『ぐりん』という効果音を付けたいような勢いでフレヤちゃんに首を向けた。
「フレヤちゃん! 私と一緒に弟子入りしましょう!」
死なば諸共、みたいな?
「え? 無理」
即断即決で断るフレヤちゃんだった。泣いていい?
私からの視線に気づいたのかフレヤちゃんが慌てた様子で弁明してくる。
「い、いえ! お姉様のことは尊敬していますし、強さに憧れてもいます! しかし敬愛と弟子入りは別件と言いますか……また剣の一振りで死にかけるのはちょっと……」
「フレヤちゃんも勇者候補らしいじゃないですか! なら一緒に鍛えましょう!」
「無理! じゃなかった、私勇者候補じゃないし! 聖女様からの神託もないもの!」
「あんな神殿に引きこもって偉そうにしている聖女と、おねーさんの言葉、どちらを信じるのですか!?」
「それはもちろんお姉様だけど! それとこれとは話が別!」
くんずほぐれず。
全力で道連れにしようとするシンシアちゃんと、全力で逃げようとするフレヤちゃんだった。私そろそろ泣いていいんじゃない? あと、酷い言われようの聖女も泣いていいと思う。
◇
しばらく『わちゃわちゃ』としたあと。
「――高貴なる者の責務!」
「――高貴なる者の責務!」
剣を空に掲げ、お互いの剣先を『かしゃーん』と打ち合わせるシンシアちゃんとフレヤちゃん。三銃士とか桃園の誓いみたいな? 高貴なる者の責務を胸に抱き、魔王討伐のために強くなりましょうって感じ?
「えーっと、話は纏まったかしら?」
「はい! これからよろしくお願いしますおねーさん! フレヤちゃん共々!」
「よろしくお願いしますお姉様! シンシアちゃん優先で!」
あれこれ纏まってないのでは? お互いを身代わりにしようとしてない? 気のせい?
「あー……。まぁ、こんな路地で話をするのもなんだから、どこか落ち着ける場所に移動しましょうか」
明日から試しにタイトル変えてみようと思います。なんか勇者学校が始まらないので……
勇者候補、育てます。~私、魔王だけどいいのかしら?
よろしくお願いします




