おねえさま?
ギルマスは慌ただしい様子で王都へと旅立った。ちなみに王都までは馬車で三日ほどかかるらしい。ゲームだと割と短時間で移動できていたけど、リアルだと大変だ。
上手いこと話が纏まるといいけどなーっと考えながらギルドの医務室へ。先ほど戦った甲冑騎士・フレヤちゃんはここに担ぎ込まれたらしい。千里眼で無事は確認できているけど、それはそれでお見舞いをしないとね。
「――あ、お姉様」
医務室に入るなり、そんな声が掛けられた。おねえさま?
室内にいたのは少し戸惑った顔をしたシンシアちゃんと、白い入院服のようなものを身に纏ったフレヤちゃん。目を開けている状態は初めて見るけど、やはり予想通りの美少女だ。
原作ゲームの彼女は男性の平均を超えるほどの高身長で、ロングスカートのメイド服やキツい目つき、そして大剣という装備も相まってかなり威圧感のある少女だった。
あと性格も『クレイジーサイコレズ』とでも言うべき感じで、シンシアちゃん以外の人間には当たりが強かったし。
対して。
今私の目の前にいるフレヤちゃんは……背丈こそ私の記憶にある高身長だけど、それ以外はずいぶん雰囲気が異なっていた。
基本的な顔つきは原作通りキツい感じなのかもしれないけど、なんだか表情が柔らかい気がする。トロンとしているというか。熱を帯びているというか。
メイド服を着込んでいた原作の彼女は常にぴしっとした姿勢、ぴしっとした態度だったのだけど、今はなんだか『くねくね』している。こう、憧れの先輩の前にいる女子校生、みたいな?
そして何より。『お姉様』ってなんだろう? 明らかに私に向けての発言だったのだけど……。
…………。
……いや、私の後ろにはティナがいるし、同じメイドとしての敬意を表し、ティナをお姉様と呼んだ可能性も?
『あなたいつか刺されますよ? 私に』
「ティナに刺されるの!?」
『あとシンシア様とフレヤ様からも』
「黒〇げ危機一髪じゃないんだから……」
そんなやり取りをしていると、軽い足取りでフレヤちゃんが私の目の前に移動してきた。まるで憧れの年輩の前にいる以下略。
おぉ、しかし、やっぱり身長高いわねぇフレヤちゃん。普通に立っているだけで見上げるほど。高身長女子というのもこれはこれで。いいものじゃないかしら?
『ぶすり』
まるで何かを刺すような擬音を口にするティナだった。なんでよ?
「お姉様! 先ほどは無礼な言動をして申し訳ありませんでした!」
まるで尻尾を振る子犬――いや、全力でじゃれつく大型犬みたいな態度のフレヤちゃんだった。
無礼な言動というのは、模擬戦前のことかしらね? 私の返事を待たずに訓練場に向かっちゃったし。
「いいのよ、フレヤちゃんが相手してくれないと試験にならなかったし。むしろごめんなさいね? 手加減間違えちゃって」
「なんてお優しい! それにこんなにも弱い私の心配をしてくださるだなんて!」
きゃあきゃあ。そんな擬音が聞こえてきそうなほど舞い上がってるフレヤちゃんだった。
……どうしたのこれ?
助けを求めてシンシアちゃんを見るけれど、彼女は諦めたように首を横に振っただけだった。いや諦めないでくれませんかフレヤちゃんの幼なじみなんだから。
「え、えーっと……その『お姉様』というのは?」
「はい! 私、自分より強い女性をお姉様と呼ぶことに憧れていたんです!」
「あー」
フレヤちゃん、かなり強いしねぇ。大剣を担いだまま突進してくる甲冑騎士とか並みの人間では相手にならないだろうし。原作ゲームでもその強さと使い勝手からシンシアちゃんよりも使用頻度は高かった子だもの。いや原作では甲冑なんて着てなかったけどね。
「……お姉様呼びはご迷惑だったでしょうか?」
しゅーん、っと。まるで叱られた子犬のようになるフレヤちゃんだった。いや見た目はやはり大型犬なのだけど。
何とか慰めないと。
と、考えるより先に私はフレヤちゃんの頬に手を伸ばしていた。
「いいのよ。私はこう見えてフレヤちゃんより年上だからね。お姉様と呼ばれることに何の問題もないわ」
「お姉様……」
「――それに、こんな可愛らしい子からお姉様と呼び慕われるのなんて、とても光栄だわ」
「お姉様……っ!」
売るんだ瞳で見下ろしてくるフレヤちゃん。うん、これはいい。子犬系高身長女子とか新たなる領域なのでは? 私の中の萌えをガリガリと拡張してくるわね。
「――てい!」
『――とお』
謎の声を上げながら。私とフレヤちゃんの間に割り込んでくるシンシアちゃんとティナだった。嫉妬?
「フレヤちゃん! 回復したばかりなのですから安静にしませんと!」
『エリカ様。そろそろ刺しますよ?』
ティナさん、ティナさん、もうちょっとオブラートに包んだ言い方はありませんでした?
◇
とりあえず、フレヤちゃんは安静にということでベッドに横になってもらい。私たちは椅子を三つ用意してベッドの近くに腰掛けた。
「エリカさん! 私も特別な呼び方をしたいです! エリカおねーさんとか!」
元気いっぱいに挙手するシンシアちゃんだった。
「呼び方は何でもいいけど、ちょっと長くない?」
「では、おねーさんで!」
「名前がどっか行っちゃった……まぁ可愛いから良し」
「か、かわいいって……」
たった一言で照れ照れするシンシアちゃんだった。うん可愛い。
『では私もお姉様で』
しれっとした無表情のティナだった。こっちも可愛い、けど。
「フレヤちゃんと被らない?」
『……なるほど、これが「釣った魚に餌をやらない」というものですか』
「人聞きが悪いわねぇ」
『ですが、いいでしょう。他の人間がお姉様やおねーさんと呼ぶ中、一人だけ名前で呼び続けるというのも特別感がありますからね』
なにやら早口でまくし立てるティナだった。ご納得いただけまして何よりです。
「えーっと……フレヤちゃん。体調は大丈夫?」
千里眼で確認済みとはいえ、コミュニケーションの一環として問いかける私だった。
「はい! 肉体的にも精神的にも問題はありません! ……むしろ大丈夫だったでしょうか? 伝説に謳われるポーションを私などに使っていただいて……」
「フレヤちゃん。『私など』なんて言い方はいけないわ。私はフレヤちゃんを助けたいと思い、ポーションを使ったのだから」
「お姉様……っ!」
顔の前で腕を組み、キラキラとした目を向けてくるフレヤちゃんだった。好感度がぎゅんぎゅん上がっていく音がするわね?
これはマズい。
具体的に言うとシンシアちゃんとティナからの刺すような視線がマズい。そろそろマジで刺されそう。なぜだ……可愛い高身長女子と楽しく会話しているだけなのに……。
なにか、なにか穏当な話題はないかと視線を漂わせていると、発見した。胴体部分が大きくヘコんだままの甲冑を。
「あの甲冑、壊れちゃったわね。弁償するわ」
「いえ、古いものですし、別に……」
フレヤちゃんはそう口にしたけれど、幼なじみであるシンシアちゃんが待ったを掛けた。
「ダメですよフレヤちゃん。あれ、家宝じゃないですか」
え? 家宝?
驚く私の様子に気づかず首を横に振るフレヤちゃん。
「別にいいわよ。たしかに我が家が没落する前から所有していたものだけど、今までも普段使いしていたのだし」
没落? 没落と言うからには元々良い家柄のお嬢様だったということよね? フレヤちゃんにそんな設定あったっけ?
……あー、そもそもシンシアちゃんが公爵令嬢だものね。そんな彼女の幼なじみなら貴族令嬢でもおかしくはないのかな?
フレヤちゃんは気にしていなさそうだけど、それでも『家宝』と聞くと罪悪感が凄いわね。
修理にいくら掛かるか分からないけど、緊急クエストの報酬50万に加えてブラッディベアなどの素材売却30万も手に入ったのでたぶん足りると思う。
というわけで、フレヤちゃんが回復してから甲冑の修理を依頼しに行こうと決めた私たちだった。まぁ体調に関しては千里眼で大丈夫なのは分かっているけど、念のためにね。




