あれ?
ギルマスとのそんなやり取りをしている間も、甲冑騎士は起き上がってこなかった。ちょっと不安になる私。まさか剣身が布に巻かれた状態で、金属鎧をぶん殴ったところで死にはしないと思うけど……。
『ちなみにフルプレートは刃を通さないので、甲冑の上から殴り殺すために棍棒が用いられたという経緯があります』
ちょっとティナさん? 不安になる豆知識を教えてくるのやめてもらえません?
ヤバいかも、と胸が嫌な意味でバクバクしてきた私は吹き飛ばした騎士の元へ向かった。ギルマスと一緒に。
騎士の元にはすでにシンシアちゃんや見学していた冒険者たちが集まり、なにやら慌ただしくしていた。
「くそっ! これはひでぇ!!」
「呼吸が荒い! ヘコんだ甲冑が内臓を圧迫しているんだ!」
「吐血したぞ! あばらが折れて内臓に刺さってんじゃないか!?」
「早く鎧を外さねぇとヤバいぜ!」
「……ダメだ! 外れねぇ! 衝撃で歪んだか!?」
あれ? これ、マズい感じでは?
人だかりの後ろから背伸びをして甲冑騎士の様子を確認。……うーん。胴体部分の鎧が丸太でぶん殴られたみたいにヘコんでいるわね。たぶん胴体の厚さが半分くらいになっているぅ……。
胴体の鎧は前後で分割されていて。上半身を挟むように装着してから脇の金具で固定する方式らしい。で。ぶん殴った衝撃で金具が動かなくなってしまったっぽいわね。
「とりあえず、鎧を引っぺがせばいいのね?」
ハイエルフのパワーなら金具ごと引きちぎれるんじゃない?
冒険者たちをかき分けて騎士の元へ行こうとする私。……と、シンシアちゃんとギルマスが割り込んできた。
「エリカさん! ダメです! 止まってください!」
「やめろやめろ! お前のバカ力で引っぺがしたら肉体まで剥がれかねん!」
肉体が剥がれるってなんやねん。
まぁギルマスはとにかく、シンシアちゃんから止められたなら止まりますよ私は。というわけで引っぺがすのは一時中断。別の方法を考えましょう。
とりあえずポーションをぶっかけてみる? いやでも鎧がヘコんだままだからダメか……。治しても圧迫はされ続ける……。やはり引っぺがすしかないのでは?
(エリカ様。鎧の金具部分だけ操糸で切断すればいいのでは?)
と、念話でティナがアドバイスしてくれた。なるほど。
それならいけそうだと判断した私はシンシアちゃんに頷いてみせた。
「この鎧はお高そうだけど、人命には変えられないわね。私が鎧を切断するわ」
「や、やめてください!? 中の人まで輪切りですよ!?」
「大丈夫よ、輪切りにはしないから」
「信頼できませんが!?」
推しから全力で信頼できない宣言されてしまった。ぐはっ。
『そりゃあ初級雷魔法で落雷させたり、模擬戦でぶち殺しかけたのですから。信じろという方が無理な話でしょうが』
まるで私が悪いみたいな言い方――うーん、完全に私が悪いわねぇ……。
まっ、ここは結果を見せればO.K.でしょう。というわけで、操糸手袋から魔力の糸を伸ばし、鎧を固定している金具を切断した私だった。美技!
冒険者たちの手によって鎧が外され、胴体が露わになる。
……ん? こんな重い鎧を着込んでいる割には華奢な身体をしているわね?
まぁこの世界は身体強化があるらしいし、肉体を鍛える必要もないのかと納得した私は胴体に直接ポーションをかけてあげたのだった。初級じゃちょっと治りそうもなかったから、昨晩引き当てたばかりの中級ポーションを。
「おぉ!?」
「傷が! 治っていくぞ!?」
「なんだそれは!?」
「エルフの秘薬か!?」
「ん? エルフの秘薬……?」
「――まさか、ポーションか!?」
ざわり、と周囲にざわめきが広がった。
「はいはい。そんなのどうでもいいから、まずは鎧を外してあげなさいよ」
胴体の鎧を取り外すのに全力だったせいか、兜や腕、足の甲冑もまだ装着されたままなのよね。セバスさんに使った感じだとポーションで治したあともすぐに意識を取り戻すわけでもなさそうだから、甲冑を外して寝やすいようにしてあげないとね。
「いやいや、どうでもいいって……」
「ポーションだぜ? 伝説の秘薬だぜ?」
「まぁハイエルフからしてみればどうでもいいのかもしれないが……」
「一本売るだけで一財産稼げるだろうになぁ……」
なんかぶつぶつ言いながらも鎧を外していく冒険者たちだった。
腕の鎧が外される。……細いわね。
足の鎧が外される。……細いわね。
そして、顔と頭全体を覆っている兜が外された。
…………。
…………。
…………。
……女の子?
身長が高いから男だと思っていたけれど。
こんな全身鎧を着て動けるのだから男だと思っていたけれど。
声がくぐもっていたから男か女か分からなかったけれど。
胸がなかったから気づかなかったけれど。
まさか、まさかの。甲冑の中にいたのは若い女性――いや、少女だった。
シンシアちゃんよりは少し色味の薄い金髪。無駄を一切こそぎ落としたかのようなスレンダーな体格。気を失っているから目を閉じているけれど、その視線がとても冷たく、それはそれで魅力的であることを私は知っている。
……うん? 私は知っている? なんで? こんな全身甲冑娘が知り合いのはずがないというか、こっちの世界の知り合いなんて限られているというか、知っているとすれば原作ゲームに登場するキャラクターであるはずというか――
「フレヤちゃん! よかった! 傷が治って!」
感激の声を上げながら甲冑娘の手を握るシンシアちゃん。
幼なじみであるとシンシアちゃんは言っていた。
フレヤちゃん、とシンシアちゃんは呼びかけた。
そして、昨日装備ガチャで専用装備を引き当てたばかりの――
――思い出した。
原作とは格好が全然違うから気づかなかったけど。やっと、現実と知識が一つになった。
常にシンシアちゃんの側にあり、幼なじみのメイドとして登場したガチャキャラ。大剣使いのメイドとしてコアなファンを獲得した人気者。ちなみに性格はご主人様以外には辛辣系。
――フレヤ・レイナス。
レア度こそ☆4(上から二番目)だったけど、使いやすさから多数のプレイヤーが使用していた子だ。まぁ☆4は最終進化をしても『聖武器』をもらえないので☆5(最高レア)のシンシアちゃんと比べると攻撃力では劣ってしまうけどね。
しかし、キャラガチャを引いていないのにガチャキャラ二人目と遭遇かぁ。まぁシンシアちゃんの幼なじみで、勇者学校ではメイドとして侍っていたのだからここで出会っても何の不思議もないのだけど。
たぶん、キャラクターたちはこの世界に本当に存在しているからこそ、キャラガチャそのものが存在しないのだと思う。だってガチャを引いたら同じ人が何人も出現しちゃうしね。
◇
一応千里眼で確認したけれど、フレヤちゃんのケガは無事に治ったみたいだった。
ただ、気を失ったままなので担架で運ばれていったけど。
フレヤちゃんと付き添いのシンシアちゃんを見送ってから私はギルマスの方を向いた。
「ところで試験は合格なの?」
忘れかけてたけど、元々私は冒険者登録のための試験としてフレヤちゃんと戦ったのだ。
私からの問いかけを受け、ギルマスが面倒くさそうに頭を掻いた。
「…………。……保留だ」
「ほりゅうぅ~?」
「そんな顔をするな。お前さんの力はもう俺の一存じゃ取り扱いを決められん。まずは王都に行って冒険者ギルド長の意見を聞かねぇと」
「ギルド長……って、ギルドマスターより偉いの?」
「おう。冒険者ギルドで一番偉い人間がギルド長で、俺たちギルドマスターは各支部の支部長ってところだ」
「なんかややこしくない?」
「歴史ある組織なんてそんなもんだ」
「へー。意見を聞くのって時間掛かりそう?」
「さぁなぁ。事が重大だってなったら各支部のギルドマスターも呼び寄せて会議ということになるかもしれんし」
「えー。ここに来る途中でオオカミとクマを倒したから、素材を換金してもらおうと思ったのに」
「クマ? ワイルドベアか? ……あー、そうだな。こっちの都合で待たせるんだから融通は利かせるよ。クエスト受注はダメだが、素材は買い取るよう話を付けておいてやる」
「さっすがギルマス、話が分かるわね」
グッと親指を立てる私だった。
◇
ギルマスと一緒にギルドの受付まで戻り、素材の買い取りをしてもらうことにする。
「はい、じゃあこれで」
空間収納からオオカミとブラッディベアの素材を取り出す。
と、なぜか騒然とするギルマスたち。
「おいおい、こりゃあ……」
「……シルバーウルフと、ブラッディベアの素材ですね」
「マジかよ。シルバーウルフはとにかくブラッディベアだと……? ワイルドベアじゃなくてか?」
「ですが、この爪と牙の大きさは……」
「……まぁ、フレヤを片手で吹き飛ばしたんだから、ブラッディベアも倒せるか」
コソコソ話が一段落したところで値段を尋ねる私。おいくらですかー?
「そうだなぁ。ブラッディベアの毛皮は特に高値で取引されるし、50万くらいか?」
お、結構いい値段。
しかし受付さんが待ったを掛けた。
「ダメですよ。シルバーウルフはアゴから上が吹き飛んでいますし、ブラッディベアは細かく裁断されてます。やはりその値段を出すなら全身綺麗な状態で揃ってないと……30万くらいですね」
だいぶ値引きされたけど、宿の宿泊代が2,000ゴールドだと考えれば悪くないのでは? 何より簡単に倒せるのがいいよね。
「じゃあ、森に入ってブラッディベアを狩り尽くしますかー」
普通の人にとっては危険な魔物なんだから絶滅させてもいいでしょう。と、やる気満々な私にギルマスが待ったを掛けた。
「やめとけ。あまり大量に狩りすぎると価格が暴落する」
「あー、『経済』ってやつですね」
「そう、ハイエルフには馴染みが薄いかもしれんがな。まずはこの毛皮を販売してみて、様子を見ながら少しずつ――というのが一番儲かるやり方だ」
「なるほど」
納得しているとギルマスがズイッと顔を寄せてきた。
「――いいか? 俺はこれから王都に行って、ギルド長と会議をしなきゃいけねぇ。だから俺が帰ってくるまで大人しくしていろ。俺がいるときなら多少のことはもみ消してやるから」
「おぉ、堂々たる隠蔽宣言。でも、大抵の厄介ごとは何とかできるわよ?」
「お前さんが良くても、こっちが大迷惑なんだ」
「なるほど」
前世では品行方正な一般人だった私としては、他人に迷惑を掛けるのは自重しましょう。
「……ほんとに分かってるのか?」
「分かってますよ、失礼ですね」
抗議のためにぷくーっと頬を膨らませる私だった。
『歳を考えろ』
ティナから急に辛辣なツッコミが!? そんな言われるほど歳取ってないわよ!?




