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勇者候補、育てます。~私、魔王だけどいいのかしら?  作者: 九條葉月


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おもしれー男


 甲冑騎士は私の返事を待つことなく訓練場に向かってしまった。うーん、ここで無視すると逃げたみたいよねぇ。


 ハイエルフが逃げたとなるとティナからお小言を頂戴しそうだし、公爵家にも迷惑を掛けるかもしれない。というわけで、甲冑騎士の後に続いて訓練場を目指す私だった。


 一旦ギルド本部から出て、渡り廊下を使ってドームのような形をした建物に入る。


「おー」


 訓練場は中々の広さだった。イメージ的にはローマ時代のコロッセオ? 円形の闘技場というか、運動場みたいな広場の周りはちょっと高い壁に囲まれていて、その壁を取り囲むように階段状の客席が設置されていた。


「ずいぶんと規模が大きくない?」


 隣のシンシアちゃんに問いかける私。


「ここは元々、市民のための闘技場でした。奴隷による剣闘や殴り合いが主な見世物でしたが、最近は奴隷の取り扱いが改善されたので中断。今は訓練場として冒険者ギルドに貸し出しています」


 領主の娘のおかげか、スラスラと答えてくれるシンシアちゃんだった、『奴隷の取り扱いが改善』ということは、まだ奴隷自体はいるらしい。こわい。


 さて。闘技場の端には様々な武器が所狭しと並べられたスペースがあった。形からして本物。だけど、剣身に布が巻かれていたりするので殺傷能力を抑えた訓練用の武器なのだと思う。


 甲冑騎士はやる気満々な様子で武器を手にした。……なんというか、ものすごくデカい剣。いや大剣というものかな? 刀身の長さは甲冑騎士の身長を超えそうだし、刃の幅は握り拳二つ分はありそう。


 正直、漫画やアニメのキャラじゃないとまともに扱えなさそうなバカでかい剣だった。


『こちらの世界は身体強化(ミュスクル)がありますので。エリカ様もあとで練習した方がいいかもしれませんね』


「みゅすくる?」


『いわゆる身体強化魔法ですが、いきなり実戦で使うのは危険すぎますね。まずは練習してからでないと』


 つまり、今からではこの模擬戦に間に合わないと? 世知辛い。


「…………」


 大剣を軽々と肩に担いだ甲冑騎士がこちらに顔を向けてきた。さっさと武器を選べと催促されている、ような気がする。兜で顔まで覆われているので直感だけど。


「んー」


 武器を準備されたところで扱えるはずがないのだけど、まぁ一応見ておくかーくらいの軽い気持ちで確認していく。シンシアちゃんと雑談しながら。


 戦いとなれば初めて握る武器じゃなくて、魔法と操糸手袋を使うことになるのだけど……。思い出すのはクマを輪切りにしたり初級雷魔法で雷落としたり初級水魔法で木々を押し流しちゃったことだ。


「今さらだけど、私って手加減がよく分からないのよね」


「でしょうね」


 シンシアちゃんに即答されて泣きたくなる私だった。いやまぁ否定できないのが悲しいところなのだけど……。


「シンシアちゃん。あの甲冑騎士、攻撃魔法が直撃しても大丈夫そう?」


「たぶんマズいですね」


「じゃあ、あの時のクマみたいに輪切りにしても生きていられる系?」


「その状態で生きていられる生物がいるのですか?」


「うーん、吸血鬼なら心臓に杭を打ち込まない限り生きていそうだけど」


 原作ゲームにも吸血鬼はいたので、そのうち会うこともあるかもね。


 しかし困った。手合わせと言っても魔法は危なそうだし、操糸手袋も殺意が高すぎる。うーん、甲冑の防御力に期待して攻撃魔法をやっちゃうか……。


 そんなことを考えながら武器を確認していく。棍棒、槍、西洋風の両手剣……。


 両手剣の剣身にはやはり布がグルグルと巻かれ、殺傷能力が落としてあった。まぁ斬れなくても『鉄の棒』なので危険ではあるのだけど。


 そういえばスキルに『剣技Lv.1』があったなーっと思い出し、剣を握る。


「――いざ!」


 いきなり叫んで突撃してくる甲冑騎士。いやいや早くない!? こういうのってもうちょっと準備運動とか名乗りとかするものじゃないの!?


 正直、私は剣の振り方なんて知らない。剣技スキルを思い出したからついつい手に取ってしまっただけで。剣なんて素人が扱えるものじゃないでしょう。


 いけない! このままではシンシアちゃんに情けない姿を見せてしまうわ!


『もう手遅れだと思いますが』


 ティナの辛辣なツッコミは聞こえないふりをして、まずは距離を取るために後ろに飛んでみる。


 お、お、おお!? なんか飛べた!? いや飛行ってほどじゃないけど、訓練場の半分くらいの距離を一足飛びで移動することができたのだ! なんだこれ!?


『ハイエルフなのだからその程度の運動能力は当然です。もちろん身体強化(ミュスクル)は未使用ですね』


 凄いねハイエルフ!? いやまぁオオカミの頭をデコピンで吹き飛ばせるのだから当たり前かな!?


「エリカさん凄いです!」

「なんて跳躍力だ!」


 シンシアちゃんとギルマスが驚愕の声を上げる。とりあえず情けない姿は見せなくてもよかったみたいだ。


「おのれ! 逃げるとは卑怯な!」


 甲冑騎士は諦めることなくこちらに突進してくる。いや甲冑騎士が一直線に突撃してくるのって怖いなぁ!? どうしようどうしようどうしよう!?


『……せっかく剣技スキルを持っているのですから、レベルを上げてしまえばよろしいのでは?』


 そっか! スキルレベルは経験値の他にSPスキルポイントで一気に上げることもできるものね! とりあえずレベル5くらいまで上げればいいか! えーっとスキル一覧から――


「ぬぅうううんっ!」


 わぁもう来た!? はやくはやくはやく……あ、間違えた。操作ミスでレベルMAX(レベル10)にしちゃった……。もったいな――


 ――すべてが分かった。


 どのように剣を振ればいいのか。どのように身体を使えばいいのか。どんな風に見極め、どんな風に呼吸し……どうすれば『敵』を倒せるのか、私には全て理解できたのだ。


 甲冑騎士は突撃の勢いを殺すことなく大剣を振りかぶり、私目掛けて振り下ろしてくる。相手からの反撃を恐れないその一振りは相手から平静さを奪い、冷静な対処をさせないという効果がある。


 でも、私には無意味だった。

 なぜなら全て分かっているから。


 相手が剣を振り下ろすよりも、私が剣を振り抜く方が早いと理解できる(・・・・・)。ならば、あとはその通りにやればいいだけだ。


「――甘い」


 私の声が聞こえたのかどうか。

 甲冑騎士の腹部に、私が左手で振るった剣がめり込んだ。


 ほぼ同時に剣を握った左手に違和感が。なんというか……砕けた(・・・)感触があったのだ。剣の持ち手部分(グリップ)、いわゆる柄が。


「ぐ、ぅうううぅううううっ!?」


 私の一撃に耐えきれず、訓練場の周りを囲む壁にまで飛ばされ、激突し、土煙を上げる甲冑騎士。かなりド派手だけどたぶん平気でしょう。甲冑着ているし。いざとなればポーションもあるし。


 それよりも、今は剣の柄の違和感だ。


 おそるおそる、左手に視線を落とす。


 やはりというかなんというか……剣の柄が、砕けていた。粉々に。たぶん私が握りつぶしてしまったのだと思う。


 柄を失った剣身が地面に落下する。布でグルグル巻きにされていたので突き刺さりはしなかったけど、もう剣としては使えそうもない。


 これはマズい。

 これは弁償しなきゃいけない流れなのでは?


 ぎぎぎ、と首をギルマスの方に向けると、ギルマスは唖然とした顔で甲冑騎士を見てから、私に視線を移した。まるで私を批難するかのような目が向けられる。


 これはごまかさなければ!


「ちょ、ちょっとギルマスー。この剣、壊れてたんじゃないのー?」


「んな訳あるか!? このバカ力!」


 剣の柄を握り潰す系ハイエルフに対して何とも勇気あるツッコミであった。おもしれー男。



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