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勇者候補、育てます。~私、魔王だけどいいのかしら?  作者: 九條葉月


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冒険者ギルド


 ガンちゃんから朝食に誘われたのでご一緒する。


 ちなみにエルフであるおかげかお腹は特に空いていないのだけど、それでもご飯は美味しくいただくことができた。


 エルフは菜食主義者なイメージがあるし、ガンちゃんたちも心配していたのだけど、ティナによればそれは人間が勝手に作り上げたイメージらしい。まぁ森の中で暮らすにしても動物性タンパク質なしの生活は厳しいでしょうからね。


 ガンちゃんとシンシアちゃんがいるので、一応報告しておくことにする。


「今日は冒険者ギルドに行こうと思っているのよ」


「冒険者ギルド、ですか?」


 少し訝しげな顔をするガンちゃん。


「えぇ。よく分からないけど、冒険者証を発行してくれるのでしょう? それが身分証明書代わりになるとか?」


「……しかし、身分証明書でしたらあの懐中時計で十分かと」


「あれだとちょっと強すぎるのよね。もう少し気軽に行動するには冒険者証くらいが丁度いいと思うのだけど」


 まさか「あんたらの身分証明書はトラブルも引き寄せそうだしー」とは口にできないので、テキトーにごまかす私だった。


「ははぁ、そういうことでしたか」


 一応納得してくれるガンちゃんだけど、私の耳を凝視していた。「その目立つ外見で気軽に行動するのは無理があるのでは?」と言われている。気がする。


「――そういうことでしたら! 私がご案内しますよ!」


 ガタッと立ち上がるシンシアちゃんだった。いいの?


「私も勇者候補になったときから冒険者として活動していますので! 手続きから冒険者の心得、さらには不届き者の排除など全てお任せください!」


「あ、うん。よろしくね?」


 シンシアちゃんの『私お役に立ちますよ!』圧に負けて了承してしまう私だった。





「おー」


 相変わらずの貧相な語彙力で感嘆する私。馬車から降りて目の前にあった冒険者ギルドは、いかにも冒険者ギルドという見た目をしていたのだ。


 建物としてはレンガ造りの三階建て。一階と二階の間の壁にデカデカと『冒険者ギルド』と記されている。


 一階の入り口に扉は付いておらず、中は酒場になっているようだった。物語の定番だとギルドの受付と酒場が併設されているので、たぶんそんな感じだと思う。


「――こんにちはー!」


 迷うことなくギルドの中に入り、元気いっぱいに挨拶するシンシアちゃん。私はちょっと外から様子見だ。


 さて。ここで物語の定番だと素行の悪い冒険者に絡まれるのだけど――


「おう! シンシア! 今日も元気いっぱいだな!」

「昨日は山賊を10人も()ったそうじゃねぇか!」

「また腕を上げたようだな!」


 お? なんか意外と好意的な感じ? 普通は『公爵令嬢』に対してもっと畏まった態度を取ったり「けっ、お貴族様のお遊びじゃねぇんだよ」と忌み嫌うものだと思うのだけど……。親しみやすいシンシアちゃんの人柄がよく分かる歓迎のされ方だった。


 と、なぜか意味深な様子で首を横に振るシンシアちゃん。


「ふっふっふっ、違いますよ! 私は五人叩き斬っただけで! 他は全部エリカさんがやってくださったのです!」


「いやいや五人斬れれば十分だろ」

「バケモノか」

「つーか誰だよエリカさんって?」


 冒険者たちのツッコミをスルーして、ギルドの外で待機していた私の腕を引っ張り、中に招き入れるシンシアちゃん。


「「「「「…………」」」」」


 なーんか、酒場にいた冒険者たちが静まりかえったわね。警戒と興味が半々、ってところかしら?


 ひそひそと。先ほどまでと違い小声で話し合う冒険者たち。


「……あの長い耳、エルフか?」

「シンシアがエルフに助けられたって噂は聞いたが」

「マジかよ? 人間嫌いで有名なエルフだぜ?」

「だが、あの長い耳はエルフじゃないか?」

「付け耳かもしれんぞ? シンシアが騙されている可能性は?」

「……あるな」


 ちょっと男子ー。いきなり失礼じゃなーい?


「ふっふっふっ、皆さんもエリカさんの美しさに戸惑っているようですね!」


 なぜかドヤ顔のシンシアちゃんだった。おねーさん、たぶん違うと思うなー。


『分かります』


 分かってしまうのかティナさんよ。あなたがツッコミを放棄すると事態が収拾付かなくなるのですが?







「あなたたちにエリカさんは渡しませんよ!」


 まるで空気の読めていない発言をしたシンシアちゃんが私の腕を組み、ずんずんと酒場の中を進んでいく。


 冒険者たちの戸惑いの目がこちらに向けられる。やめてー、私こういう注目のされ方したくないー。


 そんな私の心の叫びは通じることなく。妙な空気になった酒場を突っ切ると、その先には受付のカウンターがあった。いかにも仕事ができそうな、眼鏡が似合うスーツ姿の若い女性が座っている。きっと冒険者たちにも人気があるんだろうなー。ちょっと現実逃避気味にそんなことを考える私だった。


「ミーシャさん! 冒険者登録をお願いします!」


 なぜか私の代わりに申請手続きを始めようとするシンシアちゃんだった。


「と、登録ですか……。冒険者ギルドはあらゆる人を受け入れますけど……あの、失礼ですがエルフですよね? 本当に人間の世界で冒険者登録を?」


 当然の戸惑いを見せる受付さん。そんな受付さんの前にシンシアちゃんがズイッと身を乗り出した。


「ミーシャさん! 違いますよ! エリカさんはエルフではなく、ハイエルフです!」


 ざわり、とギルドの中がざわめいた。どうやら私が考えていたより『ハイエルフ』とは珍しい存在らしい。


「……ハイエルフ?」


「はい! ほら、普通のエルフであるティナさんとは耳の長さが違うでしょう?」


 なぜか自信満々な様子で私とティナを横に並べるシンシアちゃん。


 その様子を見物していた冒険者たちが一斉にひそひそ話を始めた。


「おいおい、やっぱりあのメイドもエルフかよ」

「エルフって誇り高いことで有名だろ? それがメイドをしてるって……」

「そんなことができるの、エルフより格上だというハイエルフでもなけりゃ無理なんじゃ……」

「じゃあ、やっぱりあの女は本物のハイエルフ……?」


 うん、まぁ、エルフがメイドをしてるって訳わかんない状況だよね。

 冒険者たちと同じような結論に至ったのか、受付さんの頬が明らかに引きつった。


「ハイエルフって、神話の時代から生きているという?」


「はい! ……いえ、エリカさんがそうかは知りませんけど、グラトス帝国の生き証人らしいですよ?」


「1,000年前の大帝国……。えっと、その、本物ですか? 本当にハイエルフなんですか?」


「――アルフィリア公爵家が、身元を保証します」


 その身元保証というのは『公爵家が後ろ盾』という意味で、『ハイエルフであると保証する』という意味ではないのでは? 分かっていないのか、狙ってやっているのか……。


「……なるほど。よーく分かりました」


 受付さんはニッコリと微笑んだあと、にわかに立ち上がり、受付カウンターの奥にある部屋に駆け込んだ。たぶん事務所とかそういう感じ。


ギルドマスター(ギルマス)! 無理ですよ! 私の手に負えません! 助けてください!」


 自分の職権を越えていることは即座に上司へと相談。優秀な受付さんみたいね。


『ただ単に面倒ごとを丸投げしただけでは?』


 私を面倒ごと扱いするの、やめてもらえません?


「――冒険者相手に受付が泣かされてどうするんだ!」


 おぉ? 受付さんが駆け込んだ部屋から怒声が。なんかもう声からして偉丈夫だと分かるわよね。


「ったく、教育が足りなかったか……」


 そんなことを呟きながら、奥の部屋から出てきたのは――マッチョだった。


 禿げ上がった頭。

 服の上からでも見て取れる、盛り上がった筋肉。

 顔に大きく残された古傷。

 そして、半泣きの受付さんを軽々と引きずっている(パワー)


 うーん、正直、街で見かけたら目を逸らす系の人だわ。


 そんな極道――じゃなかった、ギルドマスターが興味深そうな目を私に向けてきた。


「おう嬢ちゃん。お前さんが冒険者になりたいって人間か?」


「人間じゃなくてハイエルフだけどね」


「はっ、残念だが冒険者ギルドは種族や人種による差別はしねぇ。エルフだろうが魔族だろうが、試験に合格すれば今日から冒険者だ」


「おー」


 いかにも中世的な世界観で差別をしないとは。中々に先進的な組織なのでは?


「試験って何をするのかしら?」


「まずは登録用に保有能力(ステータス)を鑑定。そのあと訓練場で模擬戦だな。実力が認められれば晴れて冒険者だ」


 ギルドマスターが受付のカウンターに置いたのは――透明な水晶だった。


 お、これも物語の定番、『触れるだけでステータスを鑑定してくれる水晶』なのでは? 物語によって性能は違うけど、名前や職業(ジョブ)を鑑定できるのは基本で、凄いものでは保有スキルや犯罪歴まで表示されるものもあるのだ。


 そして、鑑定用水晶の定番と言えばもう一つ。主人公が触れた瞬間に誤作動したり割れたりして、周りの人間が「すげー!」「なんだコイツ!?」と驚愕するのがお約束となっているのだ。


「これ、触るだけでいいのかしら?」


「あん? エルフが使ってる鑑定用水晶は触れるだけでいいのか? 高性能なもんだな……。触ったあとに魔力を流してくれ。そうすれば鑑定ができる」


「はーい」


 私はお約束を大切にする女。ここは全力で魔力を流し込み、必ずや水晶を爆発四散させてみましょう!


『頑張りどころを間違えているのでは?』


 間違えていません。オールジャパニーズピーポーのロマンです。


 ハイエルフ(わたし)の鑑定結果が気になるのか、シンシアちゃんや冒険者たちが集まり、私と水晶に注目している。つまりは観客も十分ということだ。


 よーしやるぞー! と、気合い十分に指をわきわきとさせたところで――水晶から『ピー!』という機械音が鳴り響いた。水晶から機械音?


≪機能停止しました≫


 水晶からこれまた機械っぽい声が。機能停止? その割には喋ってるじゃん。


≪機能停止しました。無理です。こんなバケモノに触られたら爆発四散します≫


 バケモノとは失礼な。いや爆発四散させるつもりは満々だったけど。


 まぁ爆発四散させても代わりはあるだろうから大丈夫でしょう。機能停止に構わず触れようとすると――水晶がガタガタと震え始めた。命乞い?


 こんな事態は初めてだったのか、ギルドマスターと受付さんが小声で相談を始めた。


「おい、どうするよ?」


「どうするって……鑑定用水晶が爆発四散すると言っているのですから、本当に爆発四散するのでは?」


「マジかよ……それはそれで見てみてぇな」


「やめてくださいよ。鑑定用水晶って高いんですよ? 新しいのが来るまで新規の冒険者登録ができなくなりますし。最近はただでさえ冒険者の数が足りないのに……」


「だが、鑑定しないと冒険者登録させてやれないぞ? そういう規則だ」


「規則なんてギルマスの特権で無視すればいいでしょう? ほら、外部特別協力者制度とか」


「なるほどその手があったか」


 うむ、と頷いたギルマスがこちらを向いた。


「鑑定は中止だ。あとは一応訓練場で実力を見せてもらおうか。模擬戦の相手だが……」


 ギルマスが集まった冒険者を見るけど、冒険者たちはサッと視線を逸らしてしまった。やはりあれかなー? こんな美少女相手では本気で戦えないから遠慮しているのかなー?


『はいはい』


 おざなりなツッコミだった。しくしくしく。


 と、私は嘘泣きをしていると、


「――私がやろう」


 かしゃん、という音が響いた。


 音がした方を向くと。そこにいたのは甲冑騎士だった。


 いわゆるフルプレートと呼ばれる総金属製の甲冑。ヘルメットで頭部を全て覆っているので顔は分からない。


 声はくぐもっているし、顔は見えない。なので性別が男か女かすら分からないけど……身長が高いし、そもそも女性の筋力ではフルプレートを着込んで動くことは難しそうなのでたぶん男性だと思う。


「あ」


 と、声を上げたのはシンシアちゃん。


「知り合い?」


「あ、はい。幼なじみの冒険者です」


 公爵令嬢の幼なじみの冒険者? なにそれ、キャラ濃くない? いや甲冑姿の冒険者って時点で十分すぎるほどキャラ濃いけどね。

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