チキン
その日の夜。
なんかよく分からないけど、やる気満々なガンちゃんがさっさと身分証明書を作ってくれた。いや、形としては『懐中時計』なので『書』じゃないけどね。
こういうときのために事前準備されていたという、細やかな装飾が施されたオリハルコン製の懐中時計。蓋の中心に施されているのがアルフィリア公爵家の紋章らしい。
蓋の裏側には彫られたばかりの文字が存在感を放っていた。その意味は『これを有するハイエルフ・エリカフィアーネ様に対する万善の対応をフィナーリン公爵家として求めるものである。彼女への敵対行為は我が公爵家への宣戦布告と見なす』だ。異世界風のパスポートかな?
あと、彫られた文字はもちろん日本語じゃないのだけど、不思議と理解することができた。不思議な感覚だ。
「これがあれば冒険者証も必要ないかしらね?」
客室のベッドに寝転がり、懐中時計を眺めながらティナに問いかける私だった。
『最強クラスの身分証明書ですが、逆に面倒ごとも引き寄せそうですね』
「あー、たしかに」
『それはそれとして冒険者登録をするのもいいかもしれませんね。どちらにせよ素材を売却するには冒険者証が必要ですし』
「そうだねぇ。冒険者にも興味があるし。明日にでも行ってみようかな? 活動資金も稼がないとだしね」
『おっと、資金と言えば――緊急クエストを達成しました。報酬として50万ゴールドと魔石が振り込まれます』
あー。なんか悪魔とか大爆発とかあって忘れていたけど、これは緊急クエストだったよね。
ちなみにガンちゃんによると、あれは悪魔じゃなくて魔族らしい。魔族……。ゲームで言うと各章のボスに多かったかなぁ。固いし速いし魔法を連発してくるからとにかく面倒くさいんだよね。素早いせいで肝心の聖魔法も中々当たらないし。
ま、あの程度の強さなら特に気にしなくてもいいでしょう。それよりお金である。マネーイズマネー。
「50万ゴールドってどのくらいの価値なのかな?」
原作ゲームだと中盤以降はお金も余りまくるし、何か買うにしても値段を気にせず購入するから物価の概念がなぁ。覚えてないんだよなぁ。
「宿一泊で2,000ゴールドといったところでしょうか」
「へー。そんなものかぁ」
50万あれば意外とのんびり生活できるかも? ……いやでも無限にお金が湧いてくるわけじゃないからなぁ。いつかお金は尽きるのだから稼ぎ口は確保しておかないと。クエスト達成すればゴールドが振り込まれるとはいえ、クエストなんていつかやり尽くしてしまうものだし。
あとは、魔石(ガチャ石)をゲットできたならガチャを引いてみようかな? 装備ガチャ画面に移動してーっと……お、10連できそうなくらい貯まってる。これはさっそくやってみないとね!
『貯めておくという選択肢はないのですか?』
「ない!」
『即答……』
ティナは呆れた様子だけど、まったくの愚問である。10連分の石が貯まっているのにガチャを我慢できる人間がいるだろうか? いやいない!
『たくさんいると思いますが。大部分の人間は我慢できると思いますが』
「つまり私は選ばれし人間! ――せぇい!」
乾坤一擲。全身全霊の力を込めてガチャを回す私だった。ポチッとな。
「おっ?」
なにやら回転するカードがキラキラと光り始めた。操糸手袋の時ほどじゃないけど、これはSSRとかURクラスのレア装備なのでは!?
光が収まり、カードの回転が止まる。描かれていた絵柄は……大剣? いかにも巨大で重そうな剣が一本描かれている。
ここで今までの流れならカードが変換されて、実物の大剣が出てくるはず。なのに、カードは変化することなく、カードのまま私の手に収まった。
「あれー? 珍しい……というほどガチャを回してないけど」
首をかしげているうちに続々と次のガチャ結果が出てきた。ポーション、ポーション、中級ポーション……やはりポーションガチャかな?
全体的に見れば散々な結果だけど、まぁ高レア装備が一枚当たったからO.K.でしょう。
問題は、大剣がカードのままで装備に変換されないことかな。一緒に回して当たったポーションとかはちゃんとカードから変換されたのに。
改めてカードを手にして、説明文を読んでみる。
名前は、大剣フレアグス。ランクはSSRで、フレヤ・レイナス専用装備。……フレヤ・レイナス?
どこかで聞いたことがあるなぁ? どこだったっけなぁ? な~んか喉元まで出かかっているのだけど……。うーん……。
「ダメだぁ」
こういうとき、いくら考えても思い出せないと私は今までの人生経験で学んだのだ。そのうち思い出すでしょ。カードのまま実体化しないのは専門装備で、フレヤという人しか使えないからという理由なのだと思う。
「ま、細かいことは明日考えるとして、今日のところは寝ようかな」
てやーっとベッドに仰向けになる私。ちなみに公爵家のベッドはふかふかで、逆に眠りにくいんじゃないかというレベルだった。まるで雲の上にいるかのようー。
『――では、失礼しまして』
自然な流れで私の横に寝転がるティナ。
私の横に!? 寝転がるティナ!?
「てぃ、てぃてぃてぃてぃてぃてぃなさん!?」
『? どうしました女たらし?』
「女たらしではありませんが!?」
『――ベッドが一つしかないのですから、合理的な判断だと思いますが?』
じっと私を見つめてくるティナ。なんだろう? この、なんか、これ以上何か言ったら全てが台無しになってしまう気がする。具体的に言うと『ご不満なようなので』とティナがベッドから出てしまう系の。
「そ、そそそそうだよね! ベッドが一つだものね! 是非も無し!」
そうそう仕方ない! 合法! セーフ! やっほう! いやーこれはドキドキしちゃって眠れないかもしれないわね! だって超絶美少女メイドがすぐ横にいるのだから――
◇
――目を覚ますと朝だった。
あれー? ティナが横にてドキドキワクワク寝不足展開や、ティナの寝息にドキドキワクワク展開や、ティナの寝言に振り回されたり温もりを感じたりするドキドキワクワク展開は? どこに行きました?
「――あー!? ティナさん! 抜け駆けですか!?」
と、そんな叫び声が。
視線を向けると、客室から寝室に繋がる室内ドアを開け放ち、わなわなと震えるシンシアちゃんの姿が。
今の状況。
メイドと一緒のベッドに入っている私。
うーん、言い逃れできなーい。犯罪者ー。いやいや犯罪じゃない。ティナの年齢は知らないけど、エルフだからたぶん成人済み。セーフ、セーフです。
「――おはようシンシアちゃん。いい朝ね」
きらりーんと歯を輝かせながらごまかす私だった。
「夕べはお楽しみだったということですか!?」
なんだか盛大な誤解をされているような? 残念ながら何もなかったはずよ! すぐに寝ちゃったし! たとえ眠れなくても手を出す勇気はないもの! ……あ、ちょっと泣けてきた。
『……ご安心をシンシア様。うちの主はチキンハートですので』
いつの間にかベッドから出て、ぴしっとした姿勢で断言するティナだった。ご主人様はそろそろ泣きますよ?
「なるほどチキンでしたか」
なぜか即座に納得するシンシアちゃんだった。おねーさんは泣きました。しくしくしく。




