ロールプレイ
シンシアちゃんが深い眠りに落ちた頃。
ぱちりと目を覚ました私はそーっと上半身を起こした。シンシアちゃんが眠っている間に色々と確認しておきたかったからだ。
『おはようございます』
「はい、おはようございます」
ずーっと立っていたらしいティナに挨拶し返す私。
「……ティナも横になって休んだら?」
『いえ、横になったら女たらしの野獣に襲われる可能性が高いですので』
「……それ、もしかして私のこと?」
『ご自覚があるようで何よりです』
「なんでやねん」
出会ったばかりなのにすっかり仲良く(?)なった私たちであった。
「えーっと、とりあえず持っているスキルを確認しておこうかな」
視界の左上にあるスキルボタンを押すと、所持スキル一覧が表示された。ちなみに指で直接触れているわけではなく、視線でマウスを動かしている感じだ。
自動防御に自動防御結界。さらには自動回復に自動魔力回復、 毒分解も持っているのか……。防御系のスキル、充実しすぎじゃない? まぁ簡単には死ななそうなのはいいことか。
あと注目なのは千里眼。これは鑑定眼の上位互換というか進化スキルだったはずだ。相手の名前や保持スキルを見抜いたり、素材の価値を鑑定して安く買い叩かれるのを防いだりと、原作でもかなり重宝されていたスキル。
あとは剣技、体術、合気道といった戦闘系スキルもたくさん。これは全部レベル1だね。まぁ使用してないのだから当然か。おっと、山賊退治に使った操糸スキルは3まで上がってる。
その他にも料理とか錬金とか鍛冶とか交渉術とか……。なんというか、こう、なんだろう? この『初心者が後先考えずに取れるスキルを全部ゲットしました!』みたいなスキル構成は?
『エリカ様の後先考えなさをよく表現したスキル構成ですね』
お? 戦争か? 私だって原作ゲームではもうちょっと考えて……考えて……SPが余ったらとりあえず面白そうなスキルを習得していたわね。
『ふっ』
勝ち誇ったような顔をされてしまった。なんかムカつくぅ。
「……ん?」
スキル一覧を眺めていると、一番下に奇妙な文字列を発見した。
繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆縲らソサ險ウ縺ァ縺阪∪縺帙s
なんだこれ? 文字化け?
「……ティナ、これ、なんだと思う?」
私が疑問を投げかけると、ティナがやれやれとため息をついた。
『その画面はエリカ様しか見ることができません』
「あ、それもそっか。冒険画面は視界の端に浮かんでいるんだものね……。なんか、スキル名が文字化けしてるんだけど?」
『では、何らかのバグでスキル名が表示されていないのでは?』
「……まぁ、そんなところなのかな?」
文字化けをクリックして詳細を表示してみるものの、スキル説明も文字化けしていた。これはダメだ。何が起こるか分からないし放置しておこう。怖いし。そのうち文字化けも直るかもしれないからね。
「スキルのレベルはのんびり上げていくことにして……。次は魔法か」
なにせ初級雷魔法で落雷だものね。使い所は気をつけないと。
「えーっと、私の魔法適正は……火、水、風、土、雷。さらには聖魔法と闇魔法か。つまりは全部使えると。魔王、チートだなぁ」
いや魔王が聖魔法を使えるってどういうことやねんって感じだけどね。ゲームの設定上全員が覚えられる回復魔法は聖魔法にジャンル分けされるからこれはしょうがない。
ちなみに聖魔法が回復とか浄化とかの聖なる感じの魔法で、闇魔法は精神支配とか洗脳、呪いといったヤバい魔法がオンパレードだったりする。そのせいで闇魔法使いは警戒されていたのが原作ゲームだ。
で。初級魔法であんなド派手に落雷した原因はというと……。なんでだろう? ハイエルフの種族特性? あるいは注ぎ込んだ魔力が多すぎたとか?
たしかエルフは魔法を得意としている種族で、魔法に+補正が掛かったはずだ。細かい数字は忘れたけど。ハイエルフなのだからもっと+補正があっても不思議ではないと思う。
あとは注ぎ込む魔力を増やせば同じ魔法でも強力になる。プレイヤーの中では『タメ』とか『過充電』とか『エネルギー充填120%』と呼ばれていた小技だ。まぁ素直にワンランク上の魔法を使った方が早いので趣味というかお遊びでしかなかったけど。
私の仮説ではこの二つが重なり合ったことが原因なのだけど……。ティナの意見はどうだろう?
『ただ単に、エリカ様の手加減が下手なだけですね』
「ぐふぅ」
容赦ない指摘に心がグサッとなる私だった。
心で涙を流しつつSPを確認。このゲームはスキルを使えば使うほどレベルが上がっていく系なので、SPはスキルを獲得するときに必要となる。まぁSPを使って無理やりレベルを上げることもできるけど、もったいないのでよほど急いでいる時じゃないとやらないかな。
オオカミとブラッディベア、そして山賊相手でそれなりにレベルが上がったらしく、SPもそこそこ貰えていた。
ただし、今は使用しないで取っておく。緊急で特定のスキルが必要になるかもしれないし、スキルレベル上げしなきゃいけないときがあるかもだからね。……それに、急いで取るべきスキルはもう持っているっぽいし。
あとはさっきティナが言っていた魔法の短縮設定をやってみる。
本来は『冒険画面』 → 『魔法選択画面』 → 『初級の雷魔法を選択』 → 『呪文詠唱』 とやって初めて魔法を発動できるのだけど、それを呪文詠唱だけで行使できるようになるらしい。
メタ的な発言をすればキーボードのショートカットキーで魔法を発動できるようになる、みたいな? いや『夢幻のアレクサンドリア』はPCゲーじゃなくてスマホゲーだからキーボードなんてないけどね。
ピコピコやっていると短縮設定が終わったので、これからは呪文詠唱だけで魔法を発動できるようになったはず。なので、試しにやってみることにした。
「――水よ、流れよ!」
腕を伸ばし、呪文詠唱したのは一番静かそうな初級の水魔法。あまりうるさいとシンシアちゃんが起きてしまうからね。
そう、あくまで初級魔法。
だというのに水は鉄砲水のような勢いで放たれ、腕を伸ばした先の木々や茂みを根こそぎ押し流してしまった。わぁ、水魔法って比較的攻撃力が低い魔法のはずなんだけど……。
ちょっと大きな音が立ってしまったのでシンシアちゃんの様子を確認。……よし、可愛い寝息を立てているわね。セーフ。初級魔法でこの威力は完全にアウトだけど。これは少しずつ手加減の練習をしないとだね……。
あと、今のうちにやっておくべきことは――
「――ティナ。設定をすり合わせておきましょう」
『設定ですか?』
「うん。これから街に向かうなら色々と質問されるかもしれないし」
『なるほど、冴えてますね』
なんか副音声で『エリカ様にしては冴えてますね』と言われた気がするけど華麗にスルーして、っと。
「さっきシンシアちゃんに説明したように、私は『大いなる目的』のために行動していて、1,000年ぶりくらいに人間の世界にやって来た。だから人間社会の常識はまるで知らない。って感じでどうかしら?」
もちろんその『大いなる目的』は語らず、意味深にごまかすのだ。そういうの得意である。
『よろしいかと。何か助言が必要なときは念話を使用しますので』
さっきから何度か頭の中に直接声が響いていたヤツか。内緒話には最適だね。
「原作ゲームに準ずるならこれから商都に行って、色々と事件解決。そこで名を上げて勇者学校の先生に――という感じだと思う」
『そうなりますね』
「まぁでも魔王が勇者学校の先生になるのはヤバいわよね」
『……エリカ様ならやっても不思議ではありませんが』
ティナは私をなんだと思っているのか。やだよそんな火口に向かってヒモなしバンジーやるみたいなこと。
「でもまぁ、文化的な生活を送るなら商都に行った方がいいし……しばらくは商都で活動しようと思う」
『問題ありません。ですが、一つ注意していただきたいことが』
「注意?」
『はい。エリカ様はハイエルフですので。人間に対して敬語を使うのはやめてください』
「え? そんなもんなの?」
『当然です。これからアリシアの父と会うかもしれませんが、絶対に敬語は使わないようにしてください。不遜な態度を崩してもいけません。それは、たとえ人間の国王に謁見するときも変わりません。なぜならそれがハイエルフ、人間の王侯貴族よりも格上の存在だからです』
「え、えー? 公爵どころか国王相手でも……?」
中身は小市民なんだから、ストレスで胃が死にますよ?
そんな私のチキンハートを察したようにティナが付け加える。
『ハイエルフという種族の、ロールプレイです』
「ごっこ遊びか」
ならしょうがないわね。全力でハイエルフを演じないと。即座に納得する私だった。
『……単純』
ボソッとつぶやくティナだった。聞こえているわよー?




