閑話 シンシア
――運命の出会いだ。と、シンシアは思う。
自分のすぐ横でお昼寝しているのは、『息を飲むほど』という表現が陳腐に感じられる美少女。いや1,000年も前に存在した国を知っているというのだから少女ではないのだろうが、それでも美少女としか言い表すことができなかった。
木漏れ日を反射してキラキラと輝く銀髪はふとした瞬間に心奪われそうになってしまい。ルビーのように光り輝く赤い瞳はいつまでも眺めていたくなるような不思議な魅力があった。
きめ細やかな肌は何人の侵略も許さぬとばかりに純白で。もはや作り物であると言ってもらえた方が安心できる美貌を携えている。
そんな美少女が今、シンシアの隣で何の警戒もせずに寝息を立てているのだ。
自分を信頼してくれているのだ、となぜかシンシアは嬉しくなってしまう。
神話の時代から活動していたと伝わるハイエルフで。1,000年も前の国を知っている長寿で。ものすごいポーションを気軽に使ってしまえるような存在で。ブラッディベアすら瞬殺してしまえる力を持っている。
あのとき、エリカはブラッディベアの一撃を食らって吹き飛んでいた。
しかし、エリカの実力から考えれば明らかに不自然だ。山賊にやったように離れた場所から首を刎ねれば良かっただけなのに……。
――そうか、とシンシアは気づく。きっと、私を庇ったからに違いないと。だってそれくらいしか理由が思い浮かばないのだから
自分がもっと強ければエリカに迷惑を掛けなかったのにとシンシアは申し訳ない気持ちになってしまう。
それと同時に、弱くなかったら問題なくブラッディベアを倒せてしまい、結果としてエリカとは出会えなかったはずなのだから……弱くて良かったと思えてしまう自分も確かに存在していた。
ブラッディベアの返り血を浴び、前髪をかき分けるエリカはゾッとするほど美しかった。本来なら穢らわしいはずの血すらも自らの美の一部にしてしまう……。正真正銘の美しさとは、まさにエリカが体現しているのだろう。
さらにそのあと、返り血を綺麗にしたエリカもこの世のものとは思えないほどに美麗だった。足元には魔法陣が光り輝き、きらきらと光の粒子が舞い踊る光景は、思わず声を漏らしてしまうほどであり。
しかも使ったのが『浄化』だ。
教会関係者であれば誰でも使えるものではあるが、使用者の力量によって効果の強弱がある。通常はその場の空気を僅かに清浄にできる程度であり、あのように魔物の血で穢れた白いドレスを漂白するなど、法王や聖女ですらできるかどうか……。
ハイエルフは聖なる存在であると大聖教によって伝えられているが、まさしく。エリカとは聖なる存在であり、だからこそあれほどまでの浄化を使うことができるのだろう。
そんな彼女であれば、きっと、母の病気も癒やしてくれるとシンシアは確信する。
ただ、一つだけ不安があるとするならば。
(私は、いったい、どうやって御恩に報いればいいのでしょうか?)
ブラッディベアの攻撃から身を挺して庇っていただいて。
傷を癒やすためにポーションまで使ってもらって。
山賊の襲来を事前に教えてくれて。危機も救ってもらい。しかもそのあとは騙し討ちからも助けてもらった。
そのうえ母の病気まで癒やしてもらったら……。
(もう、生涯を捧げて御恩をお返しするしかないのでは?)
誇り高き貴族であるシンシアは、そう考えてしまった。




