ぱたり
『操糸のレベルが3に上昇しました』
幸いにして返り血を浴びることなく、私とシンシアちゃんは山賊たちを殲滅することに成功した。
「す、凄いですエリカさん! 人質を傷つけることなく次々と山賊たちを!」
「ま、まぁね」
キラキラと目を輝かせるシンシアちゃんの様子から、こんなことがこの世界では『日常』であるのだと理解する。
殺した人間は三人。
心は、驚くほど乱れていない。
正当防衛だったからか。
直接触れてないからか。
ハイエルフになったせいか。
魔王としての本質か。
どれかは分からないけど、シンシアちゃんを守れたのならまぁいいかと思える私だった。
「――ひっ」
と、引きつった声が聞こえた。どうやら人質になっていた少女が発したものらしい。まぁ後ろにいた大男の首が突然飛んで、頭から返り血を浴びたのだから当然か。
私とほぼ同時に人質の存在を思い出したらしく、シンシアちゃんが人質の少女に近づいていく。
「もう大丈夫ですよ! 怖い目に遭いましたね!」
シンシアちゃんがハンカチを取り出し、血まみれになった人質の少女の頬を拭おうとしたところで――私はシンシアちゃんの鎧の襟部分を掴み、強く後ろに引っ張った。
「ぐえ!?」
シンシアちゃんが美少女らしからぬ声を上げるけど、それどころではない。
――白刃が煌めく。
先ほどまでシンシアちゃんの首があった場所に、ナイフの刃が走ったのだ。
「な、な、なんですか!? ナイフ!? どうして!?」
人質であったはずの少女がナイフを振るい、自分を殺そうとした。そんな状況が理解できないのか助けを求めるように私を見るシンシアちゃん。
「――敵よ」
私は断言する。
断言できるのだ。
だって私たちを取り囲んだのは10個の赤い点。もし人質が山賊に無理やり連れ回されているなら、一つだけ青い点として表示されるはずなのだ。
なのに、それがなかった。
つまり、この少女は最初から敵だったのだ。
「たぶん、こういうときのために少女を仲間にしていたんでしょうね。厄介な相手が出てきたとき『人質』として使うために」
もちろん効果がある人間ばかりじゃないでしょうけど、シンシアちゃんみたいな子や騎士相手なら十分効果が見込めるはずだ。失敗しても『保護』した少女が奇襲の一撃をお見舞いできるのだし。
「そんな……」
シンシアちゃんが唖然とした顔で呟き、
(さすが魔王。あくどい手段はすぐに理解できるのですね。腹がお黒いことで)
わざわざ念話で辛辣なツッコミ(?)をしてくるティナだった。たぶん『魔王』という単語をシンシアちゃんに聞かれないよう気を使ってくれたのだろうけど、私に対しても気を使って欲しかったかなー、なんて。
「くそっ! なんなんだよテメェ!」
敵である少女が威嚇するようにナイフを振り回した。そんな彼女をシンシアちゃんが静止しようとする。
「お、大人しくしてください! 投降すれば命は助けますから! ……いえ山賊としての前科もありそうですから縛り首でしょうけど」
いや最後。正直か。素直な性格が変なところで出ちゃっているわね……。
さて、どうしよう?
すでに人を殺した私が今さら綺麗事を抜かしてもしょうがない。でも、だからといって少女を躊躇いなく殺せるかというとNoだし、取り調べのために一人くらいは生け捕りにした方がいい気がする。
シンシアちゃんなら魔法を使って離れたところから無力化もできそうだけど……やっていないのだから無理なのでしょうね。火魔法しか使えないなら無傷での生け捕りは難しいし、そもそも中級攻撃魔法を放ったばかりで魔力が空っぽの可能性もある。
「……あ、そうだ」
ここは私が魔法を使ってみよう。
冒険画面のままなので視界の右端に『アイテム』とか『スキル』、『魔法』のコマンドがある。その中の『魔法』ボタンを押してみると……魔法の一覧が表示された。攻撃魔法や防御魔法、補助魔法と分類されており、魔法名の横には消費MPも書いてある。
MPの量は問題なし。大規模攻撃魔法も連発できそうだ。ただし今使ったら山賊の少女どころか森まで消し炭になるので自重して……。ここは初級の攻撃魔法で無力化しましょうか。雷魔法なら身体を痺れさせて行動不能にできそうだし。
ちなみに補助魔法には麻痺とかがあるし、威圧スキルを使えば行動不能にできると思う。でもほら、一回くらいは攻撃魔法を使ってみたいじゃない? 敵相手なのだから遠慮は要らないし、万が一のことがあってもポーションがあるもの。
(やはり魔王)
魔王ではありません。エリカちゃんです。というかやっぱり心読んでない?
「えーっと……」
魔法選択画面で初級の雷魔法を選択。初級なら喰らっても一時的な麻痺を起こすくらいだからね。
『ちなみに短縮コマンドを設定しますと呪文詠唱だけで魔法発動が可能です』
へー。あとで試してみよう。
「……シンシアちゃん。初級の雷魔法で動きを止めるから無力化よろしく」
「え? あ、はい!」
シンシアちゃんが頷いてくれたので呪文詠唱開始だ。とはいえ初級なのですぐに終わるけど。
「――雷よ、轟け!」
原作ゲームなら『パチッ』と軽い麻痺を起こす程度の簡単な魔法。
だというのに、私が呪文を唱え終わると急に暗雲が立ちこめ、雷鳴轟き――山賊の少女に向けて一直線に稲光が走った。
「あばばばばばばばばばっ!?」
激しく感電し仰け反る少女。……あれー? 初級はパチッとするくらいのはず。なんでこんな本格的な落雷が?
『手加減間違えたのでは?』
初級雷魔法よ? 間違えようがなくない?
「す、すごいですねエリカさん……。初級雷魔法でこの威力……。やりすぎ――いえ、さすがハイエルフです……」
シンシアちゃんにドン引きされて私の心は死にました。ぱたり。
◇
盗賊の少女は気絶していたので、念のためポーションをかけてから拘束する。ちなみに縛るために使った縄はティナが出してくれた。
それらが終わって一息ついていると、少し申し訳なさそうな様子でシンシアちゃんが問いかけてきた。
「すみませんエリカさん。ここでしばらく待機してもらうのって大丈夫でしょうか?」
「? 大丈夫だけど、どうしたの?」
「山賊の討伐を騎士団に報告しなければいけませんので。これから商都に行って騎士団に報告し、騎士を引き連れてここまで戻ってくるよりは、ここで使い魔を放って騎士を呼んだ方が早いですので」
「そういうことなら問題ないわ」
「ありがとうございます。では――」
シンシアちゃんが髪を挟んでいたヘアピンを外し、何事か呪文を唱えると――ヘアピンが小鳥に変身した。おー、原作ゲームでも存在したアイテム。リアルだとこんな感じなのかぁ。
シンシアちゃんは使い魔に向けて今の状況を簡潔に説明したあと、空に向けて放った。これからあの使い魔が騎士団に報告し、騎士を連れてきてくれると。
商都までどれだけ離れているか分からないけど、騎士が準備をしてこちらに到着するまでは結構時間が掛かるはず。
「……じゃあ、お昼寝でもしましょうか」
「お、お昼寝ですか?」
「だって暇だもの」
「暇って……」
それに敵が近づいて来ても警告音で知らせてくれるみたいだし。シンシアちゃんも疲れているだろうからここは騎士が到着するまで体力回復に努めた方がいいと思う。
「でも……」
『……私も警戒していますので、ご安心を』
「いえ、しかしですね……」
『それとも、私の警戒では不安だと?』
「い、いえ! 安心です! 大安心! シンシア・アルフィリア、お昼寝します!」
こっちの世界風の敬礼をしてからシンシアちゃんも地面の寝転がったのだった。ちなみにここはいい感じの芝生になっているので汚れる心配はないと思う。まぁたとえ汚れても浄化で綺麗になるんだけどね。
有言実行。お昼寝をするために目を閉じる。
……そういえば、ここはゲームの世界で、私は魔王なのだけど。普通の睡眠とかできるのかしらね? 今のところ食欲とか生理現象とは無縁なのだけど。




