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勇者候補、育てます。~私、魔王だけどいいのかしら?  作者: 九條葉月


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チュートリアル?

『――――の世界へようこそ!』


 そんな声で目が覚めた。


「ん……?」


 まだ頭がぼんやりしている中、ゆっくりと周囲を見渡す。


 森。

 私は、森の中にいた。

 鬱蒼としている割には明るく、気温も適度で、湿度も低い。なんだか都会の人が想像するような爽やかで現実感のない森だった。


「……んー?」


 おかしい。私は殺されかけて(・・・・・・)病院に担ぎ込まれたはず。自分でも『これは死ぬな』と確信するほどの深手。命拾いしたとしてもしばらくは入院生活確定なはずなのに、どうして森の中にいるのだろう?


「もしかして死んだ? でも、死んだなら三途の川に行くんじゃないの?」


 どういうことだろうと首をかしげていると、


『――夢幻のアレクサンドリアの世界へようこそ!』


「わっほぃ!?」


 後ろでそんな大声を上げられ、ビクッとしてしまう私だった。ぼんやりしていた意識が一気に覚醒する。そういえば、さっきも同じ発言を聞いて目を覚ましたような……?


 おそるおそる、後ろを振り返る。


 ……メイドさん?


 クラシックなロングスカートスタイル。

 まるで作りものような美少女。

 横に伸びた耳からして、いわゆる『エルフ』というものだと思う。

 エルフなのに黒髪赤目というのは珍しいかもしれない。


 そんな黒髪を腰まで伸ばしたメイドさんが、しれっとした無表情でこちらを見つめてきていた。


 ……あれ? このメイドさん、どこかで見たことがあるような……?


『夢幻のアレクサンドリアへようこそ!』


 しれっとした無表情のまま。きゃぴっとした声を上げるメイドさんだった。なんだこのギャップ。これが最新の萌えとでも言うのか?


「え、えーっと? いらっしゃいました?」


 いや『いらっしゃいました』はおかしいかな? ようこそって言われたらなんて答えればいいのだろう?


 私がどう返事をしたものかと悩んでいると、黒髪メイドさんは続けて口を動かした。


『チュートリアルを開始しますか?』


「ちゅ、チュートリアル?」


 それってゲームとかで最初に基本操作を教えてくれるやつだよね? スマホゲーだとチュートリアルの後にガチャが引けるようになるのが定番だけど……。


『チュートリアルを開始しますか?』


 先ほどと同じ言葉を繰り返すメイドさん。


「いや、チュートリアルって? そもそもここはどこなんですか?」


『チュートリアルを開始しますか?』


「いや、質問に答えて――」


『チュートリアルを開始しますか?』


「…………」


 あ、これ、『はい』を選ばないと先に進まないヤツだ。それなりにゲームをやってきた私は察してしまうのだった。


「はい、やります」


『では、チュートリアルを開始します』


 メイドさんが私の背後を指差した。


 嫌な予感。


 チュートリアルといえば操作の練習も兼ねて戦闘をするのが定番だよねーっと考えながら後ろを振り向くと……やはりというかなんというか、こちらに向けて駆けてくる動物を発見した。


 力強くもしなやかな四肢。

 鋭い犬歯。

 敵意に満ちた双眸。

 一見すると犬っぽいのに、明らかに犬とは違う殺意の固まり。


 あれは、間違いなく……。


「お、オオカミぃいいぃいいっ!?」


 いやオオカミは無理でしょう生身の人間が勝てる相手じゃないよ!? 武器! せめて何か武器はないの!?


 メイドさんに助けを求めようとしたときにはもう、オオカミは地面を蹴り、私に向けて飛びかかってきていた。


「あ、これ、死んだ――」


 迫り来る牙から逃れるように、反射的に左手で顔を庇う。


 もちろん防具もない腕でオオカミの攻撃を防げるはずもない。憐れな私の左腕は食いちぎられて――


 …………。……あれ?


 痛くない?

 確かにオオカミが私の左手に噛みついているのに、痛くない。


 オオカミとしても予想外だったのか、目を丸くして驚いたあと何度も何度も噛みついてくる。


 でも、痛くない。

 出血もない。

 まるで自分とは無関係の映像を画面越しから見ているように、痛みはない。


『オートスキル・自動防御(スクトゥテーラ)が発動しました』


 人がオオカミに襲われているというのに、平然とした様子を崩さないメイドさんだった。


「す、すくとぅてーら……?」


『チュートリアル・1。「オートスキルを発動せよ」をクリアしました』


「は、はぁ?」


『続いて任意スキルを発動してみましょう』


 な、なんか本当にゲームのチュートリアルっぽいような?


『オオカミを睨んでみましょう』


「に、睨むって」


 おそるおそる、オオカミを見てみる。……うわぁ、怖いぃい。噛まれても痛くはないけど肉食動物が目の前にいるのは怖いぃい。獣のニオイがするし生暖かい息がぁ……。


≪がう!?≫


 お? オオカミが動きを止めた。それこそ時間が止まってしまったかのように。


『任意スキル・威圧(ズウィン)が発動しました。一定時間、相手の動きが止まります』


「ず、ずうぃん……?」


『チュートリアル・2。「任意スキルを発動せよ」をクリアしました』


「あ、はい」


『続けて攻撃してみましょう』


「攻撃って言われても……」


 オオカミは動きを止めているので慌てる必要はないけど……。あ、でもいつ動き始めるか分からないから急がないと。とはいえ攻撃手段がなぁ。素手で一体どうしろというのだろう? アイアンクロー?


『デコピンしてみましょう』


「で、でこぴん?」


『デコピンしてみましょう』


「デコピンって、親指で中指を弾いて、おでこに当てる遊びのこと? 子供がよくやっている……」


『デコピンしてみましょう』


「あ、はい」


 このままだと話が進まないなと察した私は、オオカミのおでこを中指で弾いてみた。もちろん怖いので、腰が引けた状態で。


 ――ぐちゃあ、とでも表現しようか?


 オオカミの頭が、吹き飛んだ。私に噛みついた口部分を残したまま、目から上部分が。まるでスプラッター映画のように。


 飛び散る血液。散乱する脳漿。指先に残る生々しい感覚。


「ぎ、ぎゃあぁあああああぁああっ!?」


 なんでデコピンで頭が吹き飛ぶのぉおおぉおおおぉおっ!?


 想定外すぎるグロ映像に、私は意識が遠くなっていくのを感じたのだった。




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