1.7 足跡
「えっ」
思わず言葉がこぼれる。
「うん?どしたの?」
正門から本館らしき建物に続く道のど真ん中、中庭に何か見覚えのある造形の銅像が立っている。
「まさかな……」
男性にしては少し長めの髪。見覚えのある意匠のジャケット。
近づいてみて見たところ、少し老けているような気もするが、彼に違いない。
ジャンプドライブの発動——『天災』の直前に言葉を交わした、数少ない友人の彼だ。
「……アンリ、これは?」
念の為に聞くと、半分予想外の答えが返ってくる。
「この街と大学の創設者、クレイオ・レーザルートさまの銅像ね」
「レーザルート?」
名前は知っていた通りだが、苗字がアンリと同じ?
俺の記憶と合致しない。
「うん。クレイオさまは私のひいひいひー……えーっと、遠いご先祖さまね」
改めて彼女を見やると、髪色が彼と同じ亜麻色をしていることに気づく。
考えてみればアンリ——アンリエッタ・レーザルートも、どこか彼に似ている節がある。
ニュアンスは少し異なるが、どちらもゆるい性格で、学問には誠実だ。
アンリが本当のことを言っているのなら、彼は俺が寝ているうちに婿入りでもしたのだろうか。
彼の性格なら、「苗字はレアな方にする」とか言うだろうし、全く腑に落ちないと言うことはない。
「とはいえ、銅像まで建つとはな……」
呟くと、アンリは驚きに若干期待が混じったような声で言う。
「えっ、もしかして知り合いだったりするの?」
「ああ。アイツは俺の友達だよ」
「ほんとに?」
彼女は飛び上がるように驚くと、慌てて滑り落ちそうになったベレー帽を押さえる。
「本当だよ。感覚的にはつい数時間前まで駄弁ってたんだけどな」
冷凍睡眠から覚めてから、まだ4、5時間くらいだろうか。
その直前の記憶は、ジャンプドライブのカウントダウン。
感覚的には見たばかりの人間の銅像、それも年季が入ったものを見るというのは不思議な感覚だ。
ただ彼は、その種の自己顕示欲はあまりない方だと思っていたのだが。
大方、周りから持ち上げられて仕方なく、といった所なのだろう。
一拍置いて、彼女に尋ねる。
「彼は今、どうなってるんだ?」
あの地下の惨状を見るに、俺のように冷凍睡眠にこぎつけた者は少ないだろう。
400年近く経っているのだ。そうなっていると考えるのが普通だ。
しかし彼女の答えは、少し意外なものだった。
「天災直後の混乱した人々に生き残るための教育を施し、この街を築いたの。でもある時、突然姿を消した」
「突然?」
「うん。……あ、そうだ!」
「どうした?」
「私の研究室に、クレイオ様が残したものがいくつか保存されてるの。ムカイなら何か分かるかも!ついてきて!」
「あ、ああ」
- - -
本館は中世の大学らしい様相で、ファンタジー味のある建物だったが、それに混じって所々に回路基盤のような旧文明の機械類がモチーフであろう意匠が施されており、少し不思議な雰囲気を醸し出している。
アンリの案内に沿って廊下をしばらく歩くと、あるドアの前で立ち止まった。
「ここよ!」
アンリが慣れた手つきでドアを開け、こちらを手招く。
「さっそく取ってくるから、ちょっと待ってて!」
ドアを潜ると彼女は資料の並ぶ棚の陰で、何やらがさごそと物を探し始めた。
「ああ」
言われるがまま、近くの椅子に腰をかけ、研究室の様子を眺める。
研究室というよりは実験室や作業場といった様子の、広いが色々な器具類でごちゃごちゃとした部屋が見える。
史料の棚や顕微鏡らしき研究器具類など考古学者らしい物のほか、セレスタイン結晶などの魔法関連の道具もあった。
見た目では用途が全くわからない道具の中には、セレスタイン結晶が嵌め込まれているものもある。
魔力なる超常なエネルギーを蓄える鉱物として、今の世界には割と広くに使われている物なのだろう。
よく見てみると、史料を置いてある区画に、従者ユーベルが運んだのであろう、地下でドローンからサルベージした21世紀型のライフルも置いてあった。
あんなものがコロニーに持ち込まれていたのも、それがドローンに載っていたのも説明がつかないが、考えても今の情報では分からないだろう、などと考えていると、アンリが「あったー!」と歓声を上げた。
アンリは見覚えのある鞄をこちらに持ってきて、目の前のテーブルに静かに置いた。
「これが、彼が残した鞄なんだけど、どうしても開かなくて」
置かれたのは、文書の運搬に使う、よくあるロック付きのケース。
体内のナノマシンに格納されている遺伝子情報の認証で開くタイプだ。
出生時に入れられる物だったから、今の時代の人々は壊さない限り開けれないだろう。
所有者が登録したIDを認識すれば開くタイプだから、彼がもし俺のIDを登録していれば開くはずだ。
考えづらい可能性だが、試してみる価値はあるだろう。
「触ってみてもいいか?」
「うん、問題ないよ」
頷いて、センサー部であるケースの持ち手を、少し強く握る。
開錠試行のためのジェスチャーだ。
1秒にも満たない、沈黙。
すると、持ち手の内側が緑色に光り、カチッという小さい音と共に鍵が開いた。




