1.6 食
匂いに釣られてやってきた通りには、レストランと思しき建物が数多く立ち並んでいた。
建物は石造の古い建築がほとんどのようだが、どれもメンテナンスが行き届いており、小綺麗な印象を受ける。
人工太陽の位置を見るに、おそらく時刻は昼過ぎ頃といったところだろうか。
その時間帯ゆえに通りは賑やかな様子で、並ぶ店のテラス席のあちこちでは会話が行き交い、ガラスの向こうに見える店内も盛況をみせている。
「随分賑わってるなあ」
「昼休憩の人が多いからね、ここから大学もそう遠くないし」
料理の様子を見るに、人工肉や合成食品等の姿は当然ながら見つからないが、根本的に食文化が変容している、といった様子はなく、いろいろなジャンルの飲食店が混在している。
コロニーの中でも温帯地域だから失われた食材等は少ないだろうし、品種も改良が繰り返された物だから当然といえば当然だろうか。
そういえば、ここ最近は多忙と面倒が重なって、ほとんどの食事をブロック状の完全栄養食で済ませていた様に思える。
久しぶりの『ちゃんとした食事』だと考えると、より一層腹が減ってくる。
俺の格好が目立っているのだろう、テラス席の一行が目線を俺に向けながら小声で何やら話していることに気づく。
近いうちにこの時代に合う服を入手しないとな。
しかし、今はとにかく食事にありつきたい。いろいろ美味しそうな食事を見たせいで余計に腹が減った。
「ところで、行き先のアテはあるのか?」
正直なところ腹が減ったからすぐ横の店に入ってしまいたいが、全く行動に迷いのないアンリの様子が気になったので聞いてみる。
「オススメのお店がこっちにあるの、ほらついてきて!」
通りをさらに外れると、街の喧騒は少し離れ、落ち着いた雰囲気のカフェのような施設がちらほら並ぶ。
しばらく歩いて人通りがかなり減った頃に、アンリが赤い看板を掲げる店の前で止まる。
「この国は他国よりご飯が美味しいって言われてて、さっきの通りにもハズレはないんだけど」
「確かに美味そうだったな、人工食より断然いい」
「人工食かあ……ううん。えっと、この国の中でも、隣町のクロエってとこが一番の美食の街って呼ばれててね」
「ここよりもか?正直なところ、あの通りの店は俺の時代と比べても遜色ないと思うよ」
「あら、そうなの?なら期待してていいよ、このお店はそのクロエから来たヒトがやってるの!」
—
店の形態としてはカフェやファミリーレストランに近い様相で、他の客は少ない。
店主は俺の格好について何か気にする様子もなく、「いらっしゃい」の一言で俺たちを迎える。
案内された席に座り、メニュー表を見るも、字の違いで微妙に読みにくい。
「すまん、注文任せていいか?」
「いいよ!どういうの食べたい?」
「アンリのおすすめで頼む。ああでも、肉料理は入れてくれ」
「おっけー!じゃあ、そうだなぁ……あ、お酒飲む?」
「いいや、昼には飲まないし、夜に飲む習慣もなくてね」
「りょうかい!」
ちょうど注文をとりに来た店員に対し、アンリは
「バターナッツかぼちゃのポタージュ、アズールビーフのロースト、バケット、あとタイムとレモンピールのハーブティを2つずつ」
と伝える。
バターナッツかぼちゃは名前を聞いたことはあるが、アズールビーフは知らない。
「ずいぶん豪勢だな。ところで、アズールビーフって何だ?」
「魔力で変異した牛の仲間って言われてるわ、皮が青いの」
「なるほど」
—
ナッツのようなコクと濃厚な甘味のあるポタージュに、わさび醤油が近いだろうか、キレのある特製のソースで味付けされたローストビーフ。
その両方の味を受け止めるバケット。
そして最後に、油脂分の重たさをさっぱり洗い流すハーブティー。
香りや素材の味をゆっくり楽しめて、食後もすっきり。
総合的にとても満足度が高く、旧時代と対極的な丁寧な時間に心を満たされる気分だった。
アンリのメニュー選びのセンスにも感謝せざるを得ない。
8000ルエンの会計を、今度は8枚の大きな銀貨——銀色だが、光沢は真珠のような不思議な光沢がある——でアンリが支払い、店を出る。これも研究協力のお礼と言うことでいいらしい。
とはいえ、流石に申し訳ない。
いつか、何らかの礼はしないとな……
と思いながら歩いていると、ふと浮かんだ、ちょっとした疑問を思い出す。
「なあ、ところで」
アンリの言う大学までの短い道のり。
「なあに?」
「あの店の窓ガラス見て思ったんだが、この街の板ガラスは全部同じ柄の装飾が入ってるよな。あれはなぜだ?」
食べながら外の景色を眺めていた際に起きた疑問だ。
「ああ!あれは日の光を力に変えるという、天使ユリアさまの羽がモチーフなの」
「ユリア……ふむ」
ユリア――E.U.R.I.A.。
聞き覚えのある名前だ。
確か、この世界の環境と生態系の管理・維持を司る、有人格アンドロイドで、その肉体の背中の羽はソーラーパネルで出来ているはずだ。
「聞き覚えがあるな。どうして今、その名前を?」
「大昔の『天災』で、太陽の光が消えて知識が失われたって話はしたでしょ?」
「ああ」
「その『太陽が消えた』をはじめ、世界が崩壊しかかっていたのをユリア様が繋ぎ止めたから、今の世界があって、今もユリアさまはそれを維持するため世界各地を見回っているの」
であれば、ユリアは何かしら過去を知っていると言うことになる。
どうにかして一度話して、過去に起きたことを教えてもらいたいものだ。
「ところで、『知識が失われた』って言ってたが、その割に発展してるな?」
「そうでしょ、どうしてだと思う?」
アンリは何故か得意げな様子だ。
「ううむ」
考えてみれば、中世レベルの技術など、とうに忘れ去られている筈だ。
知識が消えたら、もっと技術レベルは落ち、下手したら絶滅すると考えることもできる。
そもそもなぜそんな事が起きたんだ?
「この大学――この場所が、今の文明がある理由のひとつよ」
いつの間にか大学のすぐそばにまで来ていたようで、正門のすぐ奥には、何やら銅像が立っている。
正門をくぐり、近くでその銅像を見ると、見覚えのある面影であることに気づく。
これは……いや、アイツは。
あの本好きで、紙媒体至上主義者の彼だ。




